第37話、一夜明けて

「ほら、いい加減起きないと……ねえ、日比谷くん! 日比谷くんったら!」


 惰眠を貪っている俺の枕元で、騒がしい声が何度も名前を呼ぶのが聞こえる。

 もう少し……もう少しだけ、このまま眠らせてくれ……。

 俺は、布団にもぐり込む。


「ダメだよ、日比谷くん! もう朝なんだから、無理やり起こしちゃうよ!」


 そんな声とともに布団が引っ張られて、俺の安息が乱された。


「遊……お兄ちゃん、疲れてるんだ。もう少しだけ、眠らせてくれよ……」


 むにゃむにゃと呟きながら、俺は枕元の人物の腰を掴んで抱き寄せた。

 体温の高い妹の身体は、布団を奪われた俺にとって、格好の湯たんぽがわりだ。

 抱き枕のように押さえ込むと、俺はそのまま睡眠を続け……。

 そのとき、身体に回していた俺の腕が、むにゅうっと弾力のある膨らみに触れる。

 ……あれ? 遊にしてはずいぶんボリュームがある?


「きゃああああああぁぁぁ! この痴漢!」


 並々ならぬ叫び声を耳にし、俺は思わず飛び起きた。

 寝起きの俺の前には、顔を真っ赤にした早希の姿がある。


「大丈夫ですか、早希さん! 何かあったんですか?」


「何かって……今、私日比谷くんにベッドに引きずり込まれて、胸揉まれたんだけど?」


 早希は、俺をキツい目で睨む。


「いやその、寝惚けていたんですよ! 早希さんを、妹と間違えて……」


「日比谷くんは妹さんに、毎朝そんなことをしてるんですか?」


 弁解しようとしたのに、火に油を注ぐことになってしまった。

 早希は信じられないと言った目で、俺を睨みつけたままだ。


「ふぁああ〜、うるさいなあ。……起きちゃたじゃないか」


 そのとき、俺の足元で丸まった毛布がモゾモゾ動いて、そこから冷が顔を出した。


「あっ、おはよう。学くん、いい朝だねー、ふぁああ〜」


 冷は俺に、ニッコリ微笑みかけると大きなあくびをする。

 ……そうだった。

 昨夜、連れて帰って、そのまま俺の部屋に寝かせていたのだ。


「日比谷くん、あなたって人は……。知らない間に、女の子と同衾していたなんて……」


 早希は、ふるふると小刻みに震えている。

 ヤバい……これまで、見たことがないほど怒っているらしい。


「日比谷くん! 1グーゴル点減点です!」


 1グーゴルは、10の100乗だ!

 原子の数とか表すのに使うやつだ!

 ヤベえ! 俺の好感度、完全に終わった!


「誤解だ、早希さん! こいつは冷は、こう見えて男なんだよ!」


 きょとんとしてる冷を指さして、俺は必死に主張した。

 ここで早希ルートが消滅すると、ストーリー進行上困ったことになるんだよ!


「まさか、そんなわけないじゃないですか!」


 早希は冷を一瞥するも、まったく信じてくれそうもない。


「なにしてんだよ、アンタたち。朝から騒がしいじゃんか?」


 修羅場と化した寝室に呑気な声が響いたかと思うと、扉から瑠花が顔を出した。


「あっ、瑠花ちゃん」


「えっ……お前、冷じゃんか? 無事だったのかよ」


 二人は顔見知りらしく、心底嬉しそうに声をかけ合う。


「ねえ、道明寺さん。日比谷くんってば、この子を男の子だなんて言うのよ?」


「ああ、そうだぜ。コイツこんな見た目で男なんだよ。何て言ったっけ? ああ、男の娘か」

 

 早希は一瞬、フリーズする。

 少し間が空いて冷静さを取り戻した早希は、今度は冷の下半身へと恐る恐る手を伸ばした。


「ええと……冷さん。ちょっとごめんね」


「ひゃんっ!」


 冷がくすぐったそうに身をよじるのと同時に、早希の口から特大の絶叫が上がった。

 こうして、騒動の発生から一夜明けた二日目がスタートしたのだった。

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