第36話、意外な事実

 目の前の、カインと名乗る奏そっくりの人物は崩れた肉塊の残骸へと手を伸ばした。

 すると、肉片の間から白い人間の手が引きずり出される。


「まさか……冷! 冷なのか?」


 俺が慌てて肉の間からその身体を抱き起こすと、冷は小さく唸った。

 ……生きている!

 身体のどこにも、大きな怪我は負っていないようだった。


「良かった……てっきり死んだのかと、思ってた。まだ消化されてなかったのか!」


「肉壁がうまくクッションになったようだ。……学、ちょっとそこをどけろ」


 カインがそう言うので、俺は脇に避ける。

 すると、カインは先ほど俺が落とした拳銃を拾い上げると、意識を失っている冷の額へと向けた。

 そして、おもむろに撃鉄を起こす。


「何をするんだよ!」


 俺は驚いて、カインと冷との間に立ちふさがった。


「……この女は、私が殺す」


 カインは俺を見つめると、銃口を向けたまま、淡々とした口調で言った。


「どうしてだよ? せっかく救えたじゃないか?」


「この女、非処女だろう。ウイルスへの免疫がないのなら、さっきの接触で確実に感染している。目を覚ました時には、すでに本来の彼女ではなくなっているはずだ」


 カインは、淀みのない口調で説明する。

 まるで、そうしたことに慣れ切っているといった口ぶりだった。

 さっきも、まるでルーティンのように、銃口を冷へと向けたのだ。


「非処女だから……非処女だから、殺すのかよ?」


「ああ、そうだ。頭部を適切に破壊さえすれば、ゾンビにならなくて済む。それを、この彼女も望むはずだろう」


 そこをどけろ、とカインは目で合図する。

 しかし、俺はどうしても冷の前からどけるわけにはいかなかった。


「駄目だ! 俺はここからどかない!」


「わからず屋だな、学は。理解してくれよ? こいつはもう感染してるんだよ、手遅れなんだ。だから……」


 俺は首を振って、カインの話を退ける。


「お前、さっき言ったよな? もう奏を悲しませるな、って。だからだよ、だから俺はお前にそんなことはさせたくない!」


「じゃあ、どうするんだ? ゾンビになったら? それをお前がトドメを刺すのか?」


 目を釣り上げるカインに、俺は頷いた。


「……ああ、そうするよ。俺がやる」


 それを聞いたカインは、一瞬固まった。


「お前、本気で言ってるのか?」


「ああ……、今回のこれはすべて俺のせいだ。それくらいの覚悟は……」


 その時だった、俺の背後からくーくーという可愛らしい音が聞こえてきた。


「これは、いびき? 冷は寝ているのか?」


「ちょっと、待て。……これは」


 冷へと近寄ったカインは、驚きを浮かべたかと思うと次の瞬間には、笑い出していた。

 呆れ果てたと言ったような、笑い方だった。


「どうしたんだ?」


「こいつ、感染なんかしていないみたいだ。なぜかっていうと、……こいつ、男なんだ」


「は?」


 カインの言葉に、俺の目は点になる。


「ほら、嘘だと思うんなら、自分で確かめてみろよ」


 そう言うと、カインは俺の手を取ると、そのまま冷の股間へと押し当てた。


「なっ……、なにすんだよ!」


 そして、俺は唖然として、冷を見た。

 依然として、冷は可愛らしい顔で寝息を立てている。

 その冷の股間に……、男の膨らみの感触がたしかに存在したのだった。


「冷が、男? そんな、まさか……」


 絶叫する俺の脳内で、龍崎博士の声がこだまして聞こえてきた。


『このウイルスは、の性交の経験があるものにしか感染しないのだ……』


 なるほど、昼間に俺が見たあの光景は異性間の性交ではなく、同性間のものだったのだ。

 つまり、冷は女性相手には童貞で、そのためにウイルスに感染しなかったというオチだ。


「馬鹿らしくなった。私は、先に帰る。そいつの後始末は、学に任せるよ。ちゃんと山荘までエスコートしてやれよ」


 そう言うと、カインは俺たちの前から歩き出した。


「そうだ、私が出ている時の一切のことを奏は覚えていないから、聞いても無駄だ。奏には、知らせないでいてほしい」


 最後にそう囁くと、奏のパジャマ姿は闇の中へと消えてしまった。

 取り残された俺は、自分が救った男の寝顔を困惑した顔で見つめるのだった。

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