第33話、童貞、危機一髪
俺と冷の二人は、手を繋いだまま、キャンプ場の中を身をひそめながら進んでいた。
冷が、怖いからという理由で、握手した手をそのまま離してくれないのだ。
しばらく握っていても、冷の手は少しも汗ばむことなく、その柔らかな感触が心地よかった。
まるで、恋人同士でお化け屋敷にでも入っているかのような雰囲気だった。
しかし、俺は冷を見るたびにあることについて考えてしまって、まともに視線を合わせられなくなってしまっていた。
……それは、園山冷が非処女であるということだ。
ここで前置きしておくが、俺は断じて処女厨ではない。
もちろん、俺が童貞であるため、その面の経験の豊かな異性に対して気後れしてしまう面もなくはない。
とはいえ、別段、俺は異性に処女性を求めたりはしないつもりである。
冷が非処女であるということを俺がことさらに気にしているのは、あのクロネコもとい龍崎博士の話が念頭にあるからだった。
……ブラッディ・チェリー。
『このウイルスは、異性間の性交の経験があるものにしか感染しないのだ……』
つまり、俺とは違って目の前の冷は、ウイルスへの免疫を持っていないのだ。
もしかしたら、すでに冷は感染しているのかもしれない。
さりげなく俺は、傍らの冷の顔を覗き見るが、おかしな様子はどこも見られなかった。
まだウイルスに感染していないのだろうか、それとも、感染から発症までに間隔が空いているだけなのだろうか。
俺には、そこらへんの詳しいところがよくわからなかった。
ただひとつ、俺にとって確実なのは、せっかく見つけることができた唯一の生存者を、なんとしても助けたい、という感情だった。
そのためには、どうしても冷をゾンビたちと接触させるわけにはいかない。
「……大丈夫。お前は、俺が守る」
俺は、冷にそう囁いた。
「ありがとう。ボク、本当にキミに感謝してる。だって、命の恩人だから……」
冷は、やけに艶めいた口調でそう答えた。
変に意識をしてしまっているからなのかもしれない。
冷の一挙一動は、妙に俺の心を掻き乱した。
視線が合いそうになって、俺は慌てて冷から顔を背ける。
「ねえ、見て。……ちゃんと見て、ボクの顔」
そんな俺に、冷が囁いた。
頬にかかる吐息が、不思議と甘く感じられる。
「ねえ、ボクってどう見える?」
「……どうって、何が?」
俺が視線を戻すと、冷はこちらをジッと見つめていた。
「だって、さっきから、そんなふうに視線を逸らすから。ボクがヘンに見えるのかなって」
「いや、そんなことないよ。……ふつうに、可愛い」
俺は、思わず本音を漏らす。
「そう? 本当に、そう思ってる?」
「ああ、お前はヘンじゃない」
できるだけ、素っ気なく答えてみる。
「じゃあ、それなら……」
そのとき、握っている冷の手にギュッと力が加わった。
そして、冷の顔がこちらへ迫ってくる。
……なんだよ、突然この状況?
ヤバい、ヤバいぞ。
だって、性交経験者にしか感染しないウイルスが蔓延っているんだぞ。
そんな状況で、こんな……。
冷が俺の胸に、空いているほうの手を置く。
そして、優しく撫で回す。
ゾクリ……と、背筋に震えが走る。
このままでは、俺の童貞が……奪われてしまう!
俺が貞操の危機に直面したその瞬間、ドスン……という衝撃が地面に走った。
少し前に聞き慣れた振動だった。
「待て、冷。……邪魔が入った」
俺は、身体にまとわりとく冷を振り払うと、音のする方へと向き直る。
そこにいたのは、あの肉塊の異形種だった。
しかも、どこかで食事を摂ってきたのか、さっきよりもひと回り大きくなっている。
隣の冷が、かん高い悲鳴をあげたのとほぼ同時に、肉塊はこちらへ向かって転がり始めた。
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