第27話、そして明かされる
「なんだよ……なんなんだ、これは!」
目の前の壁に一面に映し出されているのは、天文部の合宿が行われたキャンプ場で間違いなかった。
画面越しに、施設内のあちらこちらで人影が
ゾンビたちの姿だ。
すべて見られていた、ということか。
俺たち天文部員は、ここからずっと監視されていたのだ。
……しかし、何のためにだよ?
ここから俺たちを観察していたやつが、ゾンビ騒動そのものを起こした黒幕なのだろうか。
そして、怯えて逃げ惑う俺たちの姿を見て、自分の快楽を満たしていたのだろうか。
まるでゾンビ映画でも見るかのように。
そうすると、イヴは、あの少女は、そいつらとグルだった、ということだ。
彼女は、俺たちを助けたと見せかけて、心の底ではこの胸くそ悪いショーの観客のひとりだったのだ。
言いようのない不快感が、俺の胸へと這い上がってくる。
そして、次に湧いてくるのは、純然たる怒りの感情だった。
「……畜生」
忌々しげに、俺は呟いた。
こいつらは、完全に俺たちのことをゲームの駒のように扱っていたのだ。
ゾンビと戦う少年少女たち、はたして誰が生き残るか?
もしかしたら、生存者を予想して、賭けでもやっていたのかもしれない。
……狂ってやがる。
同じ人間のやることとは思えない。
俺は書斎の机の上にあったものを、乱暴に叩き落とした。
万年筆や古い顕微鏡、大小様々な定規が床に散らばる。
その落下した音を、遠くで鳴る雷の音がちょうど覆い隠した。
俺は次に
「……待ちたまえ、少年」
その瞬間、俺の背後から男の低い声が聞こえてきた。
さっき、壁越しに聞いたのと同じ声だ。
中年男性のよく通ったバリトン。
しかし、振り返ってもどこにも声の主の姿は見えない。
「無知は罪ではないが、無知ゆえに誤った行動をするのは罪だ。少年、俺が説明してやろう」
男の声が、そう続けた。
しかし、依然として姿はどこにもない。
「おい、どこにいるんだよ! 隠れていないで、出てきたらどうなんだ!」
俺はわけが分からず、そう叫ぶ。
「ふん……最初から、俺は隠れてなどいないさ。ただ少年、お前に見えていないだけだ」
書斎の床に敷かれた絨毯の一部が、揺れるように動いた。
そこに何かがいるのだ。
黄色い小さな二つの目が、宙に浮かんで俺の方を見つめている。
そこにあるのは、真っ黒な毛皮の子猫、クロネコの姿だった。
「猫が、喋った? ……そんな、まさか」
俺は混乱した頭で、どうにか整合性を見出そうともがく。
「そのまさかだ。……自己紹介をしよう。俺は、
たしかに、クロネコから男の声が発せられているように聞こえる。
「お前の名前は、クロネコじゃないのか?」
「ふん……それは、この猫にあの小娘が付けた名前だ。俺は、龍崎茂というれっきとした人間だ。いや、今は生前の龍崎茂という人間の痕跡とでも言ったほうが正確か」
意味のわからないことを、黒猫はまるで講義中の大学教授のような口調で話し続ける。
……龍崎茂の痕跡だって?
どういうことだ、それは。
「……わかるように、説明しろよ」
「ふん……そう急かすな。順を追って説明してやろう。そうだ少年、まずお前の誤解を解いてやらねばならないな。俺は……そうだ。正義の味方だ。いや正確には、正義の味方だった……と言ったほうがいいか」
……正義の味方?
正義の味方と言ったのか?
この黒猫が……正義の味方だって?
「ああ、そうだ。ふん……世の中に絶対善は存在しないが、絶対悪は存在する。無差別殺人、社会秩序の破壊、それらを目論む奴らは絶対悪だろう。そんな奴らに対抗しようとしている俺たちは、正義の味方を名乗る資格はじゅうぶんに有すると自負している」
回りくどい言い方で、猫は滔々と語る。
俺は、すぐに話についていけなくなった。
「お前たちの、仕業じゃないのか?」
「ふん……逆だ。俺たちは、奴らがウイルスを撒くのを阻止しようとしていたのだ。今回は、上手いことしてやられたわけだが」
猫は淀みなく答える。
「じゃあ、これはなんだよ? お前たちが、キャンプ場を監視していたんじゃないのか?」
俺は、部屋の壁一面の液晶を指でさす。
「……ああ、そうだ。天文部の中に奴らの工作員が紛れ込んでいた。それが、合宿中にウイルス散布のテストを行うのだと目星をつけていてな。それを見張っていたのだよ」
そこまで言うと、猫は声を落として髭をヒクっと動かした。
「まんまと、裏をかかれてしまったが、な」
「本当に、お前は知ってるんだな。 教えてくれ。今、俺たちに何が起こっているんだ?」
俺が黒猫に改めて、そう聞いた。
「ふん……急かすな、と言っているだろう。わかっている。朝までで教えてやろう。このウイルスと、それをばらまいた奴らについて、俺が知っていることを……」
そうして、クロネコもとい龍崎博士は、語り始めたのだった。
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