第25話、イヴの山荘

 少し歩くと、俺たちはイヴの住んでいるという洋館風の山荘へと行き着いた。

 昼間にも目にした建物だが、夜の闇の中で見るとひときわ雰囲気がある。

 まるでフランケンシュタインのような怪物が住んでいそうな、佇まいだった。


「あっ、ちがうよ。日比谷くん。フランケンシュタインは人造人間を作り出した博士の名前で、怪物の名前ではないんだよ」


 俺の思考をちゃっかり読んだのか、早希がそう説明する。


「じゃあ、ツギハギの怪物のほうはなんて呼称したらいいんだ?」


「うーん、フランケンシュタインの怪物、もしくは、名前のない怪物、って呼ぶのが正しいのかな。でもドラキュラ伯爵以外のヴァンパイアも、ドラキュラって呼ばれることがあるし、大衆文化としては間違っていないのかも」


 そんなことをペラペラ話すのは、たぶん早希の緊張しているときのくせなのだ。

 歩いているうちに、いつの間にかパラパラと雨粒が落ちてきて、ひと降り来そうな予感がしていた。


「……あっ、雷」


 ピカっと遠くで光るのが見えた。

 遅れて、ゴロゴロと空が唸る音がする。


「雨が本格的に降り出す前に、さっさと上がらせてもらうぜ」


 瑠花は雷が怖いのか、とりわけ先を急いでいる様子だった。


「うん、ちょっと待って。玄関開けるね」


 山荘の大きな扉には、なぜか頑丈に鎖で施錠されいた。

 巨大な鍵を小さな手で握りしめて、イヴは鍵を開けていく。

 そして、ギギギィ……と軋んだ音を立てながら、扉は開いた。

 イヴは、鍵をしばらく見つめたかと思うと、どういうわけか、その場に捨ててしまった。


「おい、なんで捨てるんだ?」


「この鍵はもう必要ないかな、って」


 なんでだよ、お前の自宅だろうが!


「唐突に、バイオネタを挟むのはやめろ! 伏線だと勘違いするだろうが!」


 こういうメタっぽいツッコミも、俺としては不本意なんだよなあ……。


「とりあえず、はやく上がろうぜ」


「イヴちゃん、お邪魔します」


 早希は律儀にそう声をかける。

 洋館だというのに、履物を揃えて脱いでしまいそうだ。

 山荘の中は、外から見るよりもずっと立派な造りをしていた。

 本格的な西洋建築のようだった。

 玄関はそのままロビーに通じていて、そこには大きな暖炉があった。

 ちゃんと煙突に繋がっているらしい。

 その周りに小部屋のドアが並んでいるのが、目に入る。

 いったい全部で何部屋あるんだろう。


「わぁー、立派なおうちだね。イヴちゃんは一人で住んでいるの?」


 奏が、目を丸くして言う。


「……ううん、お父さんと」


「そのお父さんは、どこにいるんだ?」


 そう聞かれると、イヴは困惑したようにクロネコを見つめた。


「今は会えないの。だけど心配ないよ。あっ、お風呂を沸かすね」


 すぐに質問をはぐらかして、用事を作って立ち去ってしまう。

 何か、家庭に問題を抱えているのだろうか。


「あっ、その奥の書斎の扉だけは、絶対に開けないでね、お兄ちゃんたち」


 途中で一度立ち止まって、そう忠告した。

 イヴの私室か何かだろう。


「それで、朝まではここに居させてもらうとして、……夜が明けたらどうするんだ?」


 ロビーのソファへと腰を下ろした瑠花が、そう言って俺たちを見つめた。


「うーん、たぶん日の光の下ではゾンビも活動できないと思うんだけど。それも現時点では、仮説でしかないし」


「もしそうなら、自力で歩いて下山することはじゅうぶん可能だな」


 山奥とはいえ、市街からバスで数時間ほどの距離なのだ。


「助けを待つって手もあるんじゃないか?

 合宿期間が終わってもアタシたちが帰って来なかったら、さすがに周りも気づくだろうし。案外、もう救助が来てるのかも」


 ……助けはたぶん来ない。

 それを俺と奏は知っている。

 しかし、今の段階ではそれをみんなに言うべきではない。

 この目で確かめるまでは、断言はできない。

 そのまま結論でないまま、作戦会議はお開きになった。

 どちらにせよ、俺たちは疲れ切っていた。

 今夜はもう、何もすることはできない。

 休息が必要だった。

 することと言えば、準備してもらった風呂に順番に入ることくらいだ。

 イヴから貸してもらった服に着替えた奏は、ソファーに身をゆだねて、かわいい寝息を立てている。

 そして、次第に夜は更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る