第24話、合流

 泣きじゃくる奏をあやしながら、俺は気まずい思いで俺は立ち尽くしていた。

 制服を濡らしてしまった奏のために、俺は上着を脱いで彼女に着せてやった。

 小柄な奏と俺とではかなり身長さがあって、俺のジャケットは奏の身体をすっぽりと覆い、見るべきでないところをうまく隠している。

 となると今、傍らの奏はほぼ全裸にジャケットを羽織っているという際どい格好な訳だが、それもなんというかどうでも良く思えてくる。

 色々なことが、ありすぎたのだ。

 もっと、考えなければいけないことがたくさんあったはずなのだが、その全てを先ほどの奏の決壊が洗い流してしまったようだ。


「……マナマナ。さっきの、他のみんなには話さない方がいいと思う」


 グズりながら、奏が呟いた。


「さすがに、その様子のことを説明するのに話さないわけにはいかないだろ。大丈夫だよ、早希も瑠花も小学生じゃねえんだから、こんな状況だし、きっと気にも止めねえよ」


「ちがうよ! おもらしのことじゃなくて……。ほら、電話が繋がらなかったこと」


 そう言われて、ようやく合点がいった。


「たしかに、その方がいいかもしれないな。今、話すにはショックが大きすぎる」


「うん、ちゃんと確認できるまで、内緒にするべき。もしかしたら、電話回線の方のトラブルかもしれないんだし」


 何だかんだ言いつつ、コイツもちゃんと考えているんだな。

 俺は、奏にちょっと感心した。

 天然なのか、養殖なのか、とにかく妙なキャラクターではあるが、だからといって気遣いのできないわけではないのだ。

 自分のことよりも先に、まず周りのみんなのことを考えられる、そういう奴なのだ。

 その点をもっと強調できたら、瑠花ともわかりあえると思うんだけど……。


「おい、奏! 今の聞こえたか?」


 俺は考えを中断して、周囲を見回した。


「うん、だれかの話し声みたいな。あっ、だれかこっちに来る!」


 数人の足音が聞こえたと思うと、暗闇の中から人影が姿を現した。

 もしやゾンビか、と思わず身構える。

 しかし、それは杞憂に終わった。

 見えてきた顔は、早希と奏のものだった。

 少し離れていただけだというのに、妙に懐かしくて俺はすぐさま駆け寄った。


「どうしたんだ? 早希さん、瑠花、お前ら、無事だったんだな!」


「あっ、日比谷くん……と、千倉さん?」


 俺と、その隣の奏を目にした早希の顔が途端にこわばって固まった。


「日比谷くん! こんなときに女の子に手を出すなんて……控え目に言って、最低です!」


「えっ? あっ、いやこれは……」


 突如として、早希に怒られた俺は、目を白黒させた。

 左右を見渡すと、奏の濡れてしまった制服が無造作に脱ぎ散らかされ、泣き腫らして目を赤くした奏は、俺の上着を羽織っている。

 ……あー、なるほど。

 そういうことかぁ……、ってとんでもない酷い誤解のされ方してるじゃねえか!


「あの、早希さん! あなたは思い違いをしてるんです!」


「言い訳無用です!」


 弁明するも、冷たく突き返されてしまう。


「瑠花! お前は俺のこと、信じてくれるよな?」


「……アンタ、女の敵だな」


 助けを求めるも、瑠花は俺に軽蔑のこもった眼差しを向ける。

 えぇ……、俺のこいつらからの信頼は、そんなものだったのかよ。


「おい、奏! お前から、ちゃんと説明してくれよ!」


「ケ、ケダモノーッ!」


「なんで、お前までいっしょになって小芝居に加わってんだよ!」


 悪ノリする奏の頭をポカリと軽く叩く。


「ふっふふ、すいません、冗談です。日比谷くんと千倉さんが無事でよかった。ただ、あまりに心配させるものだから、そのお返しにちょっとからかったんですよ」


 俺の狼狽っぷりを見て、早希がおかしそうに笑みをこぼす。

 それを見て、やっと俺の中に安堵が広がった。


「やめてくださいよ。ガチでシャレにならないですよ。マジで」


 ぶっちゃけ、鬼に出くわしたときより心臓バクバク言ってたぞ!


「アタシはまだ、ちょっと疑ってるけどな」


「いや、そこは信じろよ!」


 そんな無意味な会話を繰り広げているうちに、早希の背後にもう一人だれかいることに、俺は気づいた。


「あっ、キミは……昼間会った」


 黒猫を抱えた現実味の薄い少女は、俺の顔まじまじと見つめて微笑んだ。


「あっ、お兄ちゃん。久しぶり」


 鈴のように澄んだ声でそう囁く。


「この子、イヴちゃんって言うのよ。途中で出会ってそれで合流しようとしてたの」


「ああ、イヴちゃん。お前がここまで連れて来てくれたんだな」


 そう言って、俺は黒猫の頭を撫でる。


「あっ、ちがうよ。猫の方の名前はクロネコ。こっちの女の子の方が、イヴちゃん」


 すぐさま早希が俺の勘違いを訂正する。

 なるほどこの少女、イヴという名前なのか。

 たしかに日本人離れした彼女の雰囲気には、その奇妙な名前がよく似合っている気がする。


「じゃあ、お兄ちゃん。私のお家に連れて行ってあげるね。ついて来て」


 名前を間違われて少しふくれっ面になったイヴは、そう言って俺の前に進みでる。


「ああ、お願い。はやく、奏のやつを風呂に入れさせてやりたいからな」


 全員が再び集合した俺たちは、イヴの住んでいるという山荘へと向かって歩き出した。

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