第20話、昔話と少女

 部屋の中をせわしなく行ったり来たりしている瑠花を眺めて、私はため息をつきました。

 彼女が動くたびに、傷んだ床が悲鳴のような不快な音を立てています。


「ねえ、道明寺さん。日比谷くんが心配なのはわかるけど、少し落ち着いたら?」


 だいぶ痛みの引いた足をさすりながら声をかけると、瑠花は途端に顔を赤らめます。


「ち、違うよバカ。だれが、日比谷のことなんか……」


「あ、それなら。千倉さんの方?」


 私が囁くと、瑠花は小さく頷きました。

 彼女は見た目とはうらはらに、なかなか素直なかわいい性格の子なのです。


「揉めていたみたいだったけど、以前に千倉さんとの間に何かあったのかしら?」


「なんでそんなことを、部長に話さないといけないんだよ。世話焼きもそこまでくると、さすがにお節介だぜ」


 瑠花は口をとんがらせます。


「そう……。それなら私は、無理にこれ以上聞かないけど」


「……中学の頃、いっしょだったんだよ。アタシと千倉」


 あ、やっぱり聞いてほしいんだ。

 やはり彼女は、とてもわかりやすい子です。


「でもアイツ、途中でいなくなったんだ。学校から……」


「いなくなった、って……。それって、転校したってことなの?」


 その意味するところが理解できず、私は聞き返しました。


「そうじゃないと思う。だれにもそんなこと言ってなかった。アイツはだれにも何も言わず、ある日突然いなくなったんだ……」


「ある日、突然?」


 私は瑠花のその大げさな口ぶりに、首を捻りました。


「そう、それで高校で千倉に再会した時、アイツは俺のことを少しも覚えていなかったんだ」


「忘れちゃってた、ってこと?」


「アタシのことも、アタシとの約束のことも全部何にも覚えてなかったんだぜ、アイツ。酷い話だろ?」


 瑠花は、忌々しげに言葉を切りました。

 それにしても、奇妙な話でした。

 奏は日比谷とは小学校の頃の幼なじみで、そのことはちゃんと覚えていたのです。

 しかし、それよりも最近のはずの中学時代のことを忘れているとはどういうことでしょう。

 それに、奏は少し変わったところのある子ですが、そんな薄情な性格ではないはずです。


「だから、部長もあんまり千倉のことを信用しない方がいいぜ? 裏切られるのはアタシたちだからさ」


 そんな奏の言葉に、私は頷きかねます。

 二人の間には、なにか大きな誤解があるように思えてなりません。

 詳しく話を聞こうと口を開きかけたその時、少女の声が私たちの会話に割って入りました。


「お姉ちゃんたち、こんなところで何をしているの?」


 鈴を転がすような声が、囁きます。

 驚いた私と瑠花は、声のする方を瞬時に振り返りました。

 そこにいたのは、まるでこの世の者ではないような……という形容が大げさに思えないほどに、現実味の薄い美少女です。

 いつの間に部屋へ入って来たのか、まったくその気配はありませんでした。


「ここはその昔、一家心中があった別荘で、もうずっと使われていないはずなの」


 私たちを不思議そうな目で見つめて、少女はそう呟きました。


「……一家心中?」


 瑠花が幽霊でも見るような目で、少女を見つめ返します。


「うん、窓を釘で打ち付けて炭酸ガスで窒息死。ちょうど、今お姉ちゃんがいるあたりに六歳になる長女の亡骸が転がっていたんだって」


 少女がたどたどしい口調で語るのを聞いて、瑠花はその場から飛び退きました。


「あら、ごめんなさい。お姉ちゃん。今のは、ただの冗談よ」


 そう言う少女の顔に、あどけない笑顔が浮かびます。


「……キ、キミが日比谷の言ってた昼間の少女なんだな? 無事でよかった」


 瑠花は、ほっと胸を撫で下ろしました。

 そうすると、日比谷と奏はどうやら行き違いになってしまったようです。


「この先のキャンプ場で事件があって、私たちあなたを探していたのよ」


「そう……。それじゃあ、お姉ちゃんたち。私のお家に案内してあげる」


 少女は手招きすると、真っ白なワンピースの裾を翻して歩きだしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る