第18話、犬猿の仲

「ゴホッ……ゴホッ……これは、酷いな」


 長い間、誰も足を踏み入れていなかった山荘の中は、埃と湿気った悪臭とが充満していて、俺は思わず咳き込んでしまった。


「ここに、朝まで隠れるっていうのは、ちょっと勘弁したいですね」


 奏が顔をしかめてそう呟く。

 たしかに快適な環境とは言い難いが、俺としてはゾンビたちに囲まれるよりははるかにずっとマシだった。


「でも、日比谷くんはここに住んでいる子に、会ったんだよね? それなら、その子のところに匿ってもらえると助かるんだけど」


 目にした中で一番朽ちていない椅子に腰を下ろした早希が、俺に声をかける。

 そうだ、あの昼間に出会った少女。

 あの子は、今どうしているんだろう、ゾンビに襲われていなければいいのだが。


「ここら辺にある洋館風の建物に入って行ったんだ。そうだ、手分けして探してみよう」


「手分けして……、ってのはこういう場合、死亡フラグじゃないか? みんなで固まっていた方が、絶対いいだろ」


 瑠花が、俺の提案にすぐさま反論する。

 たしかに、もっともだ。

 パニック映画のセオリーから言うと、バラバラになると一人一人順番に襲われる展開が目に見えている。


「しかし、そうするなら早希さんはどうしようか。 脚の具合は、少しは良くなったか?」


「うーん、骨や腱は傷ついてないから、もう少し休めば歩けるようになると思うんだけど。今はまだ無理かなあ……。私は、ここで待たせてもらうよ」


 早希は、自分の怪我の具合を見て答えた。


「じゃあ、二手に分かれましょう。名取ちゃんを一人にしていくわけにもいきませんし。ここに残る人と、そのロリを探す二人組に」


おおむね同意見だが、あの少女をロリと呼ぶのはやめろ」


 俺は奏に小さくツッコミを入れる。

 ロリってのは、一般生活で常用していい単語じゃねえ。


「で、どうする? グーパーでもするか?」


「いや、アタシが部長とここに残るよ。その方が、バランスいいだろ?」


 瑠花がそう言って、早希の肩に手を置く。

 そして、瑠花は奏を見てボソっと呟いた。


「……それに、千倉と二人きりなんて願い下げだからな」



「なんですか? 道明寺さん、聞き捨てなりませんね……」


 それを聞きつけた奏が、瑠花を睨む。

 また、二人の間にバチバチと見えない火花が散り始めた。

 うーん……、この二人になにか因縁でもあるのだろうか?

 犬猿の仲という言葉があるが、たしかにスラリとした瑠花はどことなく犬に似てるし、一方の奏は小猿そのものだ。

 いがみ合う二人の姿は、傍目にはなかなか様になっている。


「コラッ! 日比谷くん。なんで喧嘩してる女の子二人を黙って見てるのかしら。ダメだよ、男の子なんだからちゃんと止めに入りなさい」


 早希に、ダメ出しされてしまった。

 そんなことを言われても、こいつら怒っていると迫力あっておっかないぞ。


「まあまあ、二人とも。こんな状況だし喧嘩はやめようじゃないか。三人寄れば文殊の知恵と言って……」


「日比谷は、黙ってろよ!」


「マナマナは、黙っててください!」


 二人にほぼ同時にそう言われて、俺はすごすごと引っ込んだ。

 男に女の喧嘩を止めろなんて、全くもって無茶振りもいいところだ。


「いいか? 千倉は、こいつは……たった一人の親友との約束を簡単に反故ほごにするような奴なんだよ!」


「なんですか、それ? 全然、私には何のこと言ってるのかわからないんですけど?」


 そして、睨み合う両者。


「ほら見ろ、覚えてすらいないんだぜ」


「もういいですよ。こんな人に構っていても仕方ありません。マナマナ、もう行きましょう。はやく探索を始めないと」


 奏が先に視線を逸らして、俺の腕を引っ張って外へと向かった。

 それを見て、瑠花が露骨に舌打ちをする。

 約束とか聞こえたが、いったい二人の間に何があったのだろうか。

 結局、瑠花と奏とが喧嘩別れをするような形で、俺たちは二手に分かれることになってしまった。

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