第14話、正義の味方は遅れてやって来る

 正義の味方というのは、いつもギリギリで助けに来てくれるものです。

 私は小さい頃、ブラウン管を通して見つめるアニメの正義の味方たちにいつも不満を持っていました。

 どうして、もう少し早く来てくれないのかしら、って。

 でも、いつしか私は理解しました。

 なぜ正義の味方は遅れてやって来るのか。

 それは、ギリギリまで諦めない人間しか、たとえ正義の味方であっても救うことができないからなのです。

 救われたいと最後の最後まで願い、待ち続ける者のところへ、正義の味方は来るのです。

 だから、私は諦めませんでした。

 薄れゆく意識の中、目の前に迫った白柳先生の顔を両脚で押しのけて、力の限りに叫び声を上げました。


「だれか、私を助けて!」


 しかし、私の叫びは暗い廊下に虚しく反響します。

 誰からも返事は返ってきません。

 いったい、他の部屋の子たちはどうしているのでしょうか。

 まさか……。

 最悪のケースが、頭を過ぎります。

 もしかしたら、他のみんなもすでに白柳先生のような状態になっているのだとしたら。

 残っているのは、私一人なのだとしたら。

 でも、私は諦めません。

 まだ何かできることがあるはずです。

 ギリギリまで粘り続ける者だけを、正義の味方は助けてくれるのですから。

 制服のポケットをまさぐると、中からコインが一枚出てきました。

 外国語のような奇妙な文字が彫られた、変わった形のコインです。

 たしか、夕方の天体観測のときに落ちていたのを拾って、制服のポケットに入れていたのでした。

 これでどうにか、白柳先生の注意を移すことはできないだろうかと私は考えます。

 そして、あることを思いついた私は、指先でコインを弾きました。

 飛び出したコインは、窓枠に当たりカーンと大きな音を立てます。

 案の定、白柳先生はそちらに気を取られ、顔を私から離してふり返りました。

 今が絶好のチャンスです。

 私はその隙をついて、逃げ出そうと両脚に力を込めました。

 瞬間、激しい痛みが私の右脚を襲います。

 うまく力が入らず、立ち上がることができませんでした。

 どうやらさっき先生と揉み合った際に、脚を痛めてしまったようです。

 これでは、逃げ出すことはできません。

 白柳先生は再びこちらに向き直りました。

 今度こそ万事休す、です。

 万策尽き果てたと思ったそのとき、窓の外で誰かの声が私の名前を呼びました。


「……早希さん? 早希さん! まだ、この中にいるのか!」


 こちらに二人の足音が、向かって来るのが聞こえてきます。

 やはり、助けは来るのです。

 正義の味方は、お約束通りギリギリでやって来ました。


「日比谷……くん?」


 暗闇の中から現れた人影に、思わず私は声をかけました。


「よかった。早希さん! 無事なんだな」


 目の前の日比谷くんは、小さなコインを握りしめているようでした。

 さっき私が、窓へと弾いたあのコインです。


「こいつが飛んできたんで、ここにいると分かったんです。これ、どこかで落としたと思ってたけど、早希さんが持ってたんですね」


「日比谷くん、気をつけて! 白柳先生が!」


 呑気な口調で私に話しかける日比谷くんに、白柳先生が襲いかかりました。


「おっと、生徒に手を出すなんて……お前は変態教師か!」


 その瞬間、脇から現れたもうひとつの人影が、白柳先生を思いきり蹴り上げました。

 白くて長い脚が、暗闇に浮かび上がります。

 蹴飛ばされた先生は、廊下に転がってジタバタもがきはじめました。


「……道明寺さん?」


「やあ、部長。バス酔いのときは、お世話になったな」


 すっかりボロボロな服装の道明寺瑠花さんが、私に笑いかけました。


「あ、私。……本当に助かったんだ」


 思わず、安堵の言葉が唇から溢れます。


「早希さん、大丈夫ですか。もしかして、どこか怪我してるんじゃ?」


 脚を痛めていることに気づくと、日比谷くんは私を背中に背負いました。


「早希さん、早くキャンプ場から出ましょう。裏手の山荘へ隠れるんです」


 そうして、私たちは三人で外へと歩き出しました。

 汗の匂いのする日比谷くんの背中はとても大きく、私はようやく安堵感に包まれます。

 まるで、本当にブラウン管の向こうの正義の味方みたいに頼もしく感じられるのでした。

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