第3話、ヒロイン観察記録、その1

 高校の正門の前に、小さなバスが停まっているのが遠くからでも見えた。

 どうやら、あれに乗って俺達は合宿施設まで行くらしい。

 その周りには、早くも数名の天文部員たちの姿があった。


「あーっ! マナマナがもう来てる! 遅刻常習犯にしては早起きですね! 雨でも降らないといいのですが」


 俺の背中にそんな声をかけて来たのは、小柄な女の子だった。

 彼女のおかっぱと言ってよい長さに切りそろえた黒髪と、真っ白な肌のコントラストが朝日を受けて眩しく見えた。


「マナマナというのはやめろ! 俺の名前は学だ! 繰り返すなよ、女の名前みたいになるだろうが」


「何を言うんです。幼い頃から、マナマナ! カナカナ! と呼び合った仲じゃないですか?」


 女の子はプクッと頬を膨らませて抗議した。

 彼女の名前は、千倉ちくらかなで

 俺の小さい頃からの幼なじみだ。

 とは言っても、親しく交流していたのは小学校の中学年くらいまでで、それからは遊んだ記憶もほとんどない。

 その上、中学も市内の別の学校へと通っていたため、再会したのは高校で天文部に入ってからのことだった。

 それ以来、謎の幼なじみネタで時折こうして絡んでくるのだ。

 もちろんマナマナ、カナカナなどとふたりっ子のようなアダ名で呼び合った記憶はない。

 彼女の記憶が曖昧なのか、それとも単に俺をからかっているのか、正直よく分からない。


「しかし、心配ですね」


「お前の頭がか?」


「違いますよ。雨ですよ、雨。雨が降ったら天体観測できないじゃないですか。せっかくの合宿なのに、天気が悪かったら台無しです」


 奏は、心配そうにそう呟いた。

 なるほど、コイツは本当に天体観測をするために天文部に入っているらしい。

 俺はそんなことに気づいて、内心驚いた。

 気づかぬうちにヤリサーに入っている純粋な少女、……とんだ鴨じゃねえか。


「おい、奏。お前、シックスナインって知ってるか?」


「たいぶ昔のニンテンドーのスマブラ専用ゲーム機でしょ?」


 それは、ニンテンドー64だ。

 しかも、スマブラ専用だったのはお前の家庭だけだ。

 もっと色々あるだろう、ゼル伝とか。


「じゃあ、フェラチオって知ってる?」


「ええ。子どものときによくやってましたよ。プルプルの白い液体が楽しくて」


「マジで?」


「はい、苺味が大好きでした」


 いや、たぶんそれはフルーチェだ。

 牛乳と混ぜるやつだ。

 字面似てるけど、かすってもいねえよ。

 わかったぞ、コイツ。

 性知識ゼロだ。


「おい、お前。合宿中、男に声をかけられても絶対について行くんじゃねえぞ。変なことされそうになったら大声で叫べよ」


「なんの話ですか? あっ、それよりバス開いたみたいですよ!」


 奏が指さした方を見ると、たしかにバスへ生徒たちが列を作って乗り込みはじめている。

 奏は女友達と隣の席になるために、駆け寄って行ってしまった。

 ひとり取り残された俺は、不安げな視線をバスへと投げかける。

 ここで俺は、大きな問題に直面するのだ。


 それは、どうやって目当ての相手の隣の席を確保するか、という問題だ。

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