第1話、夏合宿

 俺、日比谷ひびやまなぶの頭を悩ませていたのは、部活の夏合宿とそれに関する諸々であった。

 夏合宿。

 高校二年の夏休みの第一週に行われるそれは、俺のその後の高校生活、のみならず、その後の人生すらも大きく左右してしまうであろう、一大イベントであった。

 というのも、俺が所属している部活というのは、天文部なのだ。

 天文部というは、星を見る部活であり、当たり前だが、星というのは夜間しか見ることができない。

 もちろん、お日様という太陽系最大の恒星は昼間しか出ていないが、太陽ばかりずっと眺めていては、それでは天体観測というより、ただの阿呆である。

 よって、夜間に星を見るために、天文部では夏合宿が毎年開かれているのだ。

 問題は、天文部の部員は男女比率がちょうど半々であるということだ。

 うら若き男女が数日に渡って夜を共にし、星を観察する。

 果たして、察しの良い読者はそこで何が起こるかはもうお分かりのことだろう。

 監督者である顧問の白柳しろやなぎという国語教師は、定年まじかのロートルであり、合宿中の行動は部員に任せきりである。

 そのため、この合宿中の脱童貞率は、八割を越えるというのがもっぱらの評判だった。


 はっきりとここで述べておく。

 俺が天文部に所属しているのは、ただそれだけの理由のためなのだ。

 空でキラキラ光るお星様などに一切の興味も関心もない。

 夏の大三角形ではなく、異性の股間の三角州を観察するために、俺は天文部としてこれまで一年間望遠鏡を弄り回してきたのだ。

 あえて言おう、俺は容姿にも能力にも人格にも自信の無い非モテである。

 しかし、本来ならば異性に声をかけることすら難しい、俺のような男子であっても、天文部の夏合宿という最良のシチュエーションの力を借りれば、事を起こすことが可能であるはずなのだ。


 そんなことを考え、鼻の穴を膨らませながら、俺はいそいそとリュックサックに合宿の持ち物を詰め込んでいた。

 頭の中は、これから始まる夏合宿の桃色の妄想でいっぱいだ。

 自然と始まる鼻歌も、フルオーケストラバージョンというテンションの上がりようである。

 そして、なんと俺は高校入学以来一晩も欠かしたことがなかった夜の手慰みを我慢し、いつもよりもずっと早い時間に布団へと潜り込んだ。

 興奮に胸が高鳴り、なかなか寝付けない俺は、合宿へと参加する同級生の女子たちの顔をひとりひとり思い浮かべては、枕にニヤけた顔を押し付けたのだった。


 しかし、そんな俺に待ち受けているのは、甘優しい桃色の未来ではなく、悪夢のような惨劇の数々なのだ。

 とはいえ、その時の俺には少しも想像もできるはずもなく、いつの間にか、俺は淡い夢の世界へと落ちていたのである。

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