太鼓腹の男

三文の得イズ早起き

第1話 太鼓腹の男

太鼓腹の男が大きな太鼓腹を出して太鼓をバチで叩いていた。

太鼓腹から音が出ているのか、それとも太鼓から音が出ているのか。


真っ暗な部屋で男は太鼓を叩く。

太鼓は1518円でアマゾンで買ったものだ。

上半身裸で汗を流しながら、かれこれもう8時間叩き続けている。


ぽん、ぽん、ぽぽぽん、ぽぽぽん、ぽんぽん


太鼓の音は小気味よい。

太鼓腹にも汗が滲んできている。男は体を左右に揺らしながら目をつむり、汗を吹き出しながら太鼓を叩き続けた。

太鼓腹にはシダ科の葉のように腹毛が生えていた。


一方その時、太鼓腹の中では何が起きていたのだろう?


太鼓腹の中は嵐だった。

雷が太鼓腹の中の暗い空を時々猛烈な光で照らした。

それに伴い、低く深遠な雷鳴が太鼓腹全体を震わせた。

太鼓腹の中では太鼓腹の男はすっきりと引き締まった腹だった。

腹毛もなく割れた筋肉質なツルンとした腹筋を持っていた。

その太鼓腹の中で太鼓腹の男は引き締まった腹を持ち上半身裸のまま歩いていた。

引き締まった腹の男は上空を見上げ、「雷すご」とつぶやいた。

雷は止まりそうにないが雨は降っていなかった。

引き締まった腹の男は太鼓腹の中に広がった街を小走りで走った。

太鼓腹の中に広がった街は昭和初期のような、丁度映画「オールウェイズ3丁目の夕日」のような街並みだった。

引き締まった腹の男は見かけた丸亀製麺に入ってそこで釜玉うどんを注文した。

うどんをすすりながら引き締まった腹の男は店の外で鳴る雷鳴の音と時々ビカリと光る雷を見た。

そして太鼓腹の男、つまりこの太鼓腹の外の男、要は俺は今も太鼓を叩いているのだろうか?と考えた。


太鼓腹の中の引き締まった腹の男の事など知る由もない太鼓腹の男は今も太鼓を叩いていた。

引き締まった腹の男にはヒゲがないが、太鼓腹の男、つまり本来の太鼓腹の男の時にはヒゲがある。

それも猛烈なヒゲだ。

サンタクロースのヒゲを黒く染めたような、そんな立派なヒゲをしていた。

ぽん、ぽん、ぽぽぽぽぽん、ぽん、ぽん、ぽぽぽずるるぽん

太鼓腹の男は太鼓の音に「ずるる」という音が混じっていることに気づいた。

それは「うどんをすする音」だった。

太鼓腹の男はさらに太鼓を叩いた

ぽん、ずるる、ずるるるる、ずるる、ちゅるちゅる、ぷはー

太鼓腹の男は太鼓の音が完全にうどんを食べる音に変わった事に気づき、叩くのを止めた。

しばらく肩で息をした。

その時、自分の太鼓腹がモゴモゴと動いた事に気づいた。

それは妊娠した女性の腹で赤ちゃんが動く胎動に似ていた。

シダ科の葉のように毛が生えた太鼓腹に手を当てると、「ドーン、ドーン」という低い振動を感じた。

男は「雷が鳴っている」と呟いた。


男が住んでいる1Kのマンションの外は真夏だった。

すでに夜も更け、窓を開けると夏の夜空に星がキラキラと輝き、上空を見上げたまま男は宇宙に思いを馳せた。

男の太鼓腹はその間も胎動のように動いていた。

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太鼓腹の男 三文の得イズ早起き @miezarute

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