春風に、消えない

HaやCa

第1話

 昨日は彼女の誕生日で、けれど僕は一番大切なことを言い忘れていた。


「誕生日、おめでとう!」


 明るく、それでいて素直な気持ち。


 太陽が昇るように当たり前の言葉、今日ならいえる気がする。


 彼女におくるプレゼントは何にしよう。最初はいろいろ考えた。


 あの子は生粋のゲーマーだから、なにか新しい据え置き型の機械がいいかな。


それともなんだ、彼女が好きなFPSのソフトにしようか。


 家を出る直前まで考えたけど、結局答えは出ずじまいだった。


 彼女は今日、旅立つから、ちゃんとお別れはしたいと思っているのに、


どうしてもまだ素直になれない。


 喧嘩したわだかまりが僕の中で、厳然として残っているみたいだ。

 




 以前、あの子は夢を語った。


「わたしね、大学にいったらキャンパスライフ満喫するの。高校みたいに勉強にと


らわれたくないし。あ、でも最低限の勉強はするよ。きみとちがって、ね」


「なんだよ、そのいいかた。僕だって一生懸命やってるだろ?! 馬鹿にしてんのかよ?!」


 それから後はなし崩しに口喧嘩。放課後の教室で人目も気にしないくらい、僕は


カッカしてた。



 今思い返すと、本当にバカしたと思う。


 あの子はぼくより先に大学に受かっただけで、最終的に僕も受かったてのに。


 あれ以来、僕たちの仲は最悪だ。

 

 僕は謝り方がわからないから、たくさんのひとに意見を聞いて回った。


「素直になりゃいいじゃん」

「ソイツ、お前のこともう友達って思ってないぞ」

「どうでもいい。勉強中に話しかけんなくず!」


 最後に話しかけたひとには申し訳なかったけど。


みんな意見が違うのに驚いた。


 普段話さないひとと話すだけで、世界はこんなに広がるんだと知った。

 



(あー。行きたくないなー)


 と、心でうなだれながらも、僕の足はあの子の家に向かっていた。


もう引き返せないくらいの距離まで来てて、ともすれば窓からあの子に見られてるんじゃないかと早とちりくるくらい。


 緊張したし、反対に心の隅では落ち着いていた。



 これから僕が言うべき言葉は大きくふたつ。


「ごめんなさい」


 そして、


「誕生日おめでとう!」


 この非対称なふたつの言葉を、どういう風に伝えればいいだろう。


悶々と悩んで、また立ち止まる。 


 足先に触れる小石が、坂道に沿って転がった。

 コロコロ。


 呼応するように、僕の鼓動も鳴る。

 コロコロ。


 気が付けば、もうあの子の家の前だった。

 ピンポーン。


 指が勝手にチャイムを押す。ドタバタと騒がしい音が聞こえる。


「ごめんなさい。どなたですか?? って、ああ。あんたかーい?!」


 大きな目で僕を見つめて、ひとり彼女は驚く。いやいや、僕のほうがびっくりしたよ。


なんて、僕の気持ちも知らないで、彼女はけろりという。


「来てくれたところ悪いんだけど、もう行く時間なの。ああ、言い忘れてたけど、あんたと過ごした3年間ちょー楽しかった。また、時が来て立派になったら再開しよう。ちゃんとした服装で、生真面目だった高校時代とは違う、楽しい笑顔で!」


「はぁ?! なんで、そんなに君は元気なの?! っていうか、喧嘩したこと覚えてる?」


「覚えてるよ。けど、そんなの気にしてたら人生やってけないよ。じゃ、私いくから」


「ちょちょちょ。……。考えすぎた僕がバカだったよ。ほら、これ。プレゼント。全然高くないけど。それと、お、おめ」


「おめ、なに?! おめめぱっちり?!」


「違う! おめでとうって、言ったんだよ!!」


 刹那、彼女の顔が茹で上がった。


 真っ赤っかな表情で、僕の心臓もドキドキをやめなかった。



 そして、目に涙を溜めて笑う。


「ありがとう。大好きだよ」


 見たこともない、悲しそうでうれしそうな笑顔だった。


 僕の胸に飛び込んだのは、感慨―けどそれ以上に後悔が押し寄せた。


 高校3年間、片時も離れなかった僕たちが、もっとも最初に知るはずだったこの時間。


 幸せで、春の風に吹かれても消えない思い出。


 やっといえた。


 やっといえる。


 僕は最後の言葉をいう。


「ごめんなさい。ありがとう」

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春風に、消えない HaやCa @aiueoaiueo0098

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