少女の話

 ある朝、目が覚めると20歳そこそこの女性になっていた。そんなこともあるのか、と驚いたが、よくよく考えてみると動物や無機物など、色々なものに転生しているではないか。今更性別が変わったことぐらいで驚くこともない。改めて自身をよく観察してみると、意外にも整った顔をしており、スタイルも悪くない。いかにも裕福そうな身なりが逆に品を損ねている印象だが、異性にモテなくはないだろう。果たしてどんな童話の登場人物なのか、思案していると下の階から大きな声がした。

「また、花瓶を割ったのね!シンデレラ!!」

 間違いない、今回の童話はシンデレラである。

下の階に降りてみると、40代後半の女性、20代半ばの女性、そしておそらくシンデレラがいた。生シンデレラだ。近くで見ると確かに美人である。ぱちりとした大きな瞳、通った鼻筋、小ぶりな口元に透き通った白い肌。さらには華奢な身体に、美しく長い手足。ガラスの靴が映えそうである。王子が気に入るのも十分に納得できる。しかし、やはりシンデレラであるが故に格好はみすぼらしく、煤やほこりで汚れていた。一方、意地悪そうな継母と姉1は私と同じくやや下品とも言える華美な衣装を身に纏い、高々に笑っていた。「そんなドジでは今回も舞踏会に連れて行けないわね。」継母はシンデレラにそう言い放つと「姉1、姉2、舞踏会の準備をしますわよ」と言い、奥の部屋へ入っていった。シンデレラはめそめそと泣くばかりである。

 今回私は、姉2の役のようである。では、姉2である私にはどのような選択肢があるか。1つはシナリオ通り、シンデレラをいじめ、魔法使いに来てもらい、シンデレラと王子が上手くいくことをサポートする、という選択肢である。この行動をサポートと言えるか私には分からないが、結果としてシンデレラがシンデレラとして成立するのであれば、これはサポートと言えるだろう。しかし、この選択肢のオチは、継母は勿論、姉1も姉2である私もシンデレラに仕返しされ、散々な目にあってしまう、というものである。

では、別の選択肢を考えてみよう。いっそのことシンデレラを出し抜いて王子を奪い、幸せに暮らす、というのはどうだろうか。幸い私の外見は、異性にモテなくはなさそうであり、戦略次第でどうにでもなりそうであった。

そうと決まれば、まずは強敵シンデレラ対策だ。そもそもなぜ、シンデレラは王子に見初められたのか、答えは簡単だ。継母をはじめ、姉1と姉2がいじめた結果、魔法使いが現れ、シンデレラを綺麗な姿に変えてしまったからである。では、最初からシンデレラを舞踏会へ連れて行き、私を際立たせる出汁にしてしまう、というはどうだろうか。そもそもイジメ、という行為は避難されるべき下品な行為であり、モテる女がすることではない。

やや小手先感は否めないが、何はともあれ方針は決まった。私はシンデレラの元に急いだ。

「シンデレラ、貴女舞踏会へ行きたくはないの。私がお母様にシンデレラを舞踏会へ連れていくように、取り持って差し上げましょうか。」姉2である私は優しく尋ねた。

シンデレラは目を大きく見開き、2度瞬きした後、首を大きく横に振った。

「わ、私のようなドジな女は、御姉様たちの邪魔になりますわ。どうぞ御姉様達だけで行ってきてくださいませ。」シンデレラは怯えた様子でそう答えた。私を含め、継母達がいかにシンデレラをイジメていたか、よくわかるリアクションである。

「そんなこと言わないで、シンデレラ。私、今まで貴女をイジメてきたことを後悔しているの。是非とも一緒に舞踏会へ行きましょう。お母様には私からお話しするわ。」今までどんなことをしてきたか、定かではないが、悪いことをしたのであれば、謝るのが筋であろう。それが例え転生前の出来事だとしても。

シンデレラは半信半疑、といった様子であったが、舞踏会へ行くことを了承してくれた。次は継母、姉1対策である。私はシンデレラをロビーに残し、継母と姉1が化粧支度している部屋へと向かった。

 扉を開けると大きな化粧台が3つ横並びに並んでおり、真ん中に継母、その右隣りに姉1が座って一生懸命に化粧をしていた。

「お母様、姉1様、ちょっとご相談があるの。」継母と姉1は鏡越しに視線を寄越し、何かしら、と私の方を見た。

「実は私、シンデレラを舞踏会へ連れて行きたいの。」

長い沈黙の後で継母が私の方へ体を向けた。「何を言っているの、姉2。あの子を舞踏会へ連れていきたいだなんて。あんな小汚くてドジな子、恥ずかしく連れていけないわ。」継母は想定どおりの答えを返してきた。

「そこがポイントよ、お母様。あの子は確かにドジ。当然、王子に見初められる器じゃないわ。だからこそ舞踏会へ連れて行き、私たちの引き立て役にするの。シンデレラがドジをする度に私たちが優しくサポートする。そうすれば、きっと王子にも好印象だわ。」私は努めて冷静に捲し立てた。姉1はお母様に任せるわ、と言って継母の方を見ていた。継母は少し考え込んだ後に渋々、といった様子で話し始めた。

「貴女が言う事も一理あるわね。気は乗らないけど、シンデレラを連れていきましょう。ただ、間違ってもシンデレラが目立たないようにするのよ。不自然ではない範囲で精一杯地味な恰好をさせるの。」私も人の事は言えないが、底意地の悪い継母らしい発想であった。

私はロビーに待たせていたシンデレラに舞踏会へ行けることを伝え、シャワーを浴びた後、衣装室へ来るように指示を出した。シンデレラがシャワーを浴びている間、私は考えた。不自然ではない範囲でシンデレラが目立たない地味な恰好について。そもそもシンデレラは美人なのである。小手先程度の工夫では、多少地味でも目立ってしまうものは目立ってしまうのである。こうなったら少々不自然でも不格好な衣装にしてしまおう。髪は簡単に後ろに括り、ドレスは継母のお古のチェック柄、靴はロングブーツと言えば聞こえは良いが舞踏会に相応しくない長靴を用意した。改めて全体を確認したが如何にも不自然な田舎娘、というコーディネートとなった。まるで田んぼで社交パーティーでも行われるかのようである。流石にこのコーディネートではシンデレラが嫌がるのでは、と思案していると、衣装室のドアが2度ノックされ、ドアが開いた。

 「まぁ、素敵なドレス。ありがとうございます。姉2様」と喜ぶシンデレラ。

どうやらファッションセンスがあったのはシンデレラではなく、魔法使いのようである。

いずれにしてもこれでガラスの靴を履いていないシンデレラを舞踏会へ連れていける。あとは私自身が上品な衣装を身に纏い、将来の王妃に相応しい人間であることを王子にアピールすれば、私の物語はハッピーエンドを迎えるはずである。私はシンデレラに、良く似合っているわ、などと適当なことを言い、継母と姉1が待つ玄関へ向かった。

 「随分待たせてくれたわね、シンデレラ、姉2。私を待たせるなんてどこの王子様なのかしら。」これでもか、と言うほど上から物を言う姉1は、実際に階段の上から話しかけてきた。ガツガツと足音を立てながら階段を降りる姿は、上品さなど無く、舞踏会への意気込みが空回っているようであった。

「ごめんなさい、姉1様。私の準備に時間がかかってしまって。」私は言った。

「言い訳は結構よ。お母様は既に馬車に乗って待っているわ、私たちも早く行くわよ。」

 私たちはカボチャではない馬車に乗り込み、舞踏会へ向かった。馬車に揺られること40分程度だろうか、王子がいるお城の入り口に到着した。ルネサンス様式の建造物で城の外壁はレンガ造りになっており、屋根はエメラルドグリーン一色に統一されていた。外観だけでも圧巻の美しさがあり、スケールの大きさに圧倒された。少しだけ今回の小手先の作戦が通用するか不安になったが、強敵のシンデレラは長靴なのである、問題はないだろう。

お城に入り長い廊下を歩くと、一際大きな扉が現れ、中からは優美な音楽が漏れ聞こえていた。舞踏会の会場に到着したようである。舞踏会の会場に入ると、そこには非日常があった。高い天井にぶら下がる大きなシャンデリア、敷き詰められた深紅の絨毯、その上で踊る上品で優雅な男女。一国の王様が主催するパーティーに相応しい内容であった。私たちは使用人から飲み物を貰い、気持ちを落ち着けながら、辺りを見回した。会場が広過ぎて王子様がどこにいるのか分からない。気の短い姉1が使用人に聞いてみたところ、会場の前方に席はあるようだが、離席中とのことであった。姉1と話している間、使用人はずっとシンデレラの方をチラチラと見ていた。どうやらシンデレラの美しさに気が付いたようだ。不格好なドレスを着せているから騒ぎになっていないが、童話のシンデレラは、美しさのあまり会場を静まり返らせた程である、気を付ける必要がある。

そんなことを考えていると辺りをざわつかせながら1人の男性が話しかけてきた。「初めまして、王子です。大層美しい3姉妹がいると、使用人に聞いて参りました。」恭しくご挨拶してくださった男性は、紛れもなく王子様ご本人であった。突然のことに姉1は反応出来ておらず、口をパクパクさせるだけで使い物になっていない。シンデレラは驚きのあまり飲み物を溢してしまう始末である。つまりは私のシナリオ通り、ということである。「初めまして、王子様。私は次女の姉2と申します。こちらは長女の姉1、そして三女のシンデレラです。」私は、王子にご挨拶を返し、シンデレラのドレスをハンカチで手際よく拭いてあげた。完璧である。内心ガッツポーズをしながら、王子に微笑み返した。

「使用人に聞いたとおり、大変お美しい3姉妹ですね。良ければ私と踊っていただけないだろうか。」王子は爽やかに微笑みながら右手を差し出した。

私は喜んで、と言いかけたが、王子の右手がシンデレラに向いていることに気が付いた。

「まずはシンデレラと踊りたい。舞踏会慣れしていない、その恰好は、シンデレラの魅力を上手に隠しているが、見る人が見ればわかります。特にその長靴の下の足先、きっとどんな美しい履物も履きこなしてしまうのだろう。」

王子はそう言い、シンデレラの手を取った。後に二人は結婚し、シンデレラは王妃となった。やはり運命は小手先で変える事など出来ず、今回は足先で決まっていたようだ。

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