閑話~シスターの回顧録~

 わたくしは、某所にある小さな教会のシスターであり、孤児院を任されていました。


 その日も変わる事の無い日々となるだろうと思っていましたが、これから書き記す日記に全てを残す事にしました。



 * * * *


某月某日 晴れ

 何時もの時間に起床。


 今日は珍しく、雪がチラつく寒さとなっているので、早めに教会を温めなければならない、とストーブの用意をして玄関先を掃除する為、扉を開けた瞬間「おぎゃぁ」と言う乳飲み子の声を拾ってしまった。


 周囲を見渡すも、それらしい親は見当たらず、足元には生まれて数時間しか経過していないであろう赤子が「おくるみ」にくるまった状態で、鳴き声を上げていました。


 その子の胸元に1枚のカード・・・【育てる自信が有りません。このを宜しくお願いします】そう書かれていた。


 何故?可愛い我が子を捨てるような事を…と思い、泣きじゃくる赤子を抱き上げ


「よしよし、良い子ね…」


 と、あやして見ると涙にぬれた、つぶらな瞳を見て気付いてしまった。


 彼女は日本では珍しいオッドアイを持って生まれてしまったのだ…と、そして髪色も日本人離れした金色であると…。


 だから「育てる自信が無い」とメモを託し、孤児院でもある教会へと置き去りにしたのだろう、と理解する事が出来た。


 流石に赤子から預かる事は無いが、近所には物知りな「お婆さん」がいるのを思い出し、彼女の手を借りながらも「赤子彼女」を育てる事にしました



 * * * *


 某月某日 曇り


 雪の日に預けられた・・・いいえ、託された子供に姓名を与え、戸籍を取得する事となり、私は「鈴木 冴子」と名付けました。


 彼女を「さーや」と呼ぶとキャッキャ、キャッキャと良く笑い、良く泣き捨てられたと言う事すら判って無いのが救いだった。


 とても愛らしい笑顔で見つめる二色の瞳…キラキラと輝かせる瞳に映る未来が明るい事を切に願った。



 * * * *


 某月某日 雪


 冴子が通りすがりの子供らから石を投げられているのに気付き、即座に教会へと連れ戻る。


 服をはぎ取り、怪我を確認すれば、私が気づいてない時に負った傷も残っていて、痛々しいあざとなっていた。


 つたない言葉で冴子は「どうちてわたちにいちをなげゆのどうして私に石を投げるの?」


 と涙を貯めながら訴えて来る様を見ると、こちらまで心が痛くなる。


「人と言うのは知らない物を見る事を怖いと思ってしまうからよ」


 理解できないと判っていても説明するしか方法は無かった。


 それでも冴子は努力を惜しまなかった。


 投げられる理由があるのなら投げられない様な振る舞いをすれば良い、とばかりに、せっせ…せっせとゴミを拾ったり、足元が雪で滑りそうな時は砂を撒いて見たりと普通の神経ならば「ほっこり」を誘う光景なのだが、やはり彼女の努力を嘲笑あざわらう出来事が毎日、繰り広げられてしまったのは…日本だからだろうか?



 * * * *


某月某日 曇りのち雪


 冴子が小学校へ上がった直後、信号待ちで背中を押され車に轢かれそうになった、と聞かされ血の気が引いた。


 見た目だけで差別する人の多さに私は、心を痛めざるを得なかった。


 教育課程ではあるが、彼女の命を守らねばと思い、フリースクールへ行かせる事を選んでも、いじめは収まる事は無いのだと、頭を抱える事となったと書き記す事さえ嫌ではあるが、彼女の成長記録でも有るので致し方ない。



 * * * *


某月某日 晴れ


 冴子も中学を卒業し、人の目に晒される事の無い仕事に就職したのだが、上司から辞めてくれと言われた…と報告を受け、別の場所に行っても駄目だったと聞かされ、それ程までにオッドアイを毛嫌いするのかと怒りを覚えた。


 冴子は金色に見えてしまう髪色を黒く染め、オッドアイをコンタクトで隠し、ようやく住まいも決まり就職も出来たと嬉しそうにしたのは、人目に晒されない仕事をクビになってから1週間後の事だった。



 * * * *


某月某日 曇り


 冴子が借りたアパートの管理人から、借主がいなくなったので、荷物を取りに来て欲しいと言われ、戸惑いを隠せないまま向かうと、つい先ほどまで「そこにいた」と言う痕跡だけを残し、冴子の姿は何処にもないのだ。


 一瞬「神隠し」を疑ったが、現代社会では有り得ないと、かぶりを振り、冴子が行きそうな場所を探してみた。


 それでも一向に、その足取りはアパートで途切れ「神隠し」を疑わざるを得なくなった。


 流石に荷物を置いたままでは入居希望の方を受け入れる事が出来ない為、私は教会へと冴子の荷物を送るべく、ダンボールを用意し、少ない荷物を片付け、アパートの管理人に「彼女が戻って来た場合はお願いしても構いませんか?」と聞いてみるも、やはり「ごめんなさい」と一言。


 それはそうだろう。


 行方が判らなくなるような人物を一時期とは言えど、住まわす事など難しいのは判り切っている。


 それならば、戻って来たら教会の一角…今は使われていない住居部分で暮らして貰えば良いかと方向転換。


 教会に届けられたダンボールが1つだけ…。


 荷物の少なさに差別を受け続けていたと、今更ながら気づかされた。


 少ない洋服は擦り切れ、所々ほつれが手縫いで直されている。


 そうして彼女の持ち物で一番多くを占めているのが小説・・・それも一般市民が作ったであろう仮想世界の物語ばかり…。


 その1つに目を通して驚いた。


 何せ、そこに掛かれていたのは異世界と呼ばれる空間に、女性が召喚されてしまう物語だったのだから・・・。


「まさか…そんな現実的に起きる事なのかしら…?」


 その一言をこぼすと、引き込まれるように1冊を読み進めていた。


 召喚され戸惑いつつも、その世界を知ろうとする女性…努力し続けて来た冴子と重なってしまった。


 だからこそ、彼女が「異世界へ召喚され戻れなくなってしまった」とは思いもせず、私の寿命が終わるまで…彼女が戻って来ると信じるしかできなかった・・・

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