告白
自身の光に何故かリリまでが、眩いと感じてしまうのだった。
対する律は相変わらず笑っている、もっと負の感情たちをぶつけて来ればいいのにと、リリは思う。もっとも、それが律らしさなのだろうが。
「いままで、ありがとう。」
リリの口が、そう告げた。今はもう気にも留める必要もないが、こんなことを言っている自分に、誉れ高き天使たるリリはどう思うのだろうか。
きっと、軽蔑の詰まった冷たい視線で、私を睨むのだろう。
そんなことを思いながらも、右手を律に向けて下ろすと、光の靄から『天使の矢』達が律に向けて放たれた。せめて眩いほどの最後にしよう、そう思い、自身にとって大袈裟なほどの光を使った。
光に包まれていく律を眺めながら、リリは不思議と回想に陥っていた。
リリは、しくじった。あの時、既にしくじっていた。
「リリは女子高生に、、。」
「分かった。」
あの時私は貪欲にもこう思った。
「対象に近づくためには、もとより近づきやすいポジションを得ておくのがより効率的だ。そして対象が覚醒する前に、素早く処理を済ませよう。」
そしてそのまま、リスクなど考えずに突っ込んでしまった。
「今思えば、自身を過信していたのかもしれない、、。」
まあ、どう考えたって自分が、
『律という職務執行対象に情が移ってしまい、適切な処理ができなくなる。』
などという、誇り高き『天使』において恥ずべき行為、しくじりを犯してしまうなど論外だったのだが。
リリは、天使の内でもエリートだといえた。いわば新米であることを考えると異例の早さでの現場入りであり、将来が期待された若手のエースだった。だから今回、こんな重大案件を、通称『神器』(ランクA-)を担当できたわけである。
そんな彼女にとって、その事実は苦痛でしかなかった。
「『敵は、自分の心の中にいる。』その通りだわ。幼馴染というのは、近づきすぎたのかもしれない。」
リリは、『天界』での教えを思い出していた。
「本来の使命を、恣意的理由で逸脱した存在を、我々は『堕天使』と呼ぶ。ここで間違えやすいのは、『堕天使』と『悪魔』の違いだ、確認しておくように。尚、君たち上級天使に対しては、どうでも良いことだろうが、、、。」
そこで先生役は、意図的に間を開けたようだった。生徒一人一人に目を配り、そして最後に、無造作に動かす自身の手を眺めながら言った。
「『堕天使』は、絶対に許されない存在である。もし、もしの仮に出たとして、この先は分かるな。我々の中でも『死神』と恐れられる堕天専門天使団によって、事実が届き次第、迅速な処理が行われる。死んでしまえば、我々は初めから無かったことになるだけだ。」
リリはそんな話、どうでもいいと思い、次の時限である、体術のイメージトレーニングをしていた。
そんな脱線話をしてから、先生役は我に返ったように生徒たちを見回すと、粛々と授業を再開していく。
授業というのだからそこは教室に近い形の空間に違いはなく、一般的な学校の教室を想像してもらいたい。しかしここで注意すべき点は、全てが様々な色の水晶体によって構築されているという点だった。全てというのは文字通り、椅子も机も黒板も壁も窓も、、。
「天使の心得その4を、、、ティニス、言ってみなさい。」
その授業の後、リリは珍しく自ら、先生役に相談をした。というのもリリはこの性格故に、あまり人に頼りたがらないところがあったからである。集団に属しておりながら、孤高の存在であることを求め、それでいて人望も厚い。それは単に、鋭いだけでないことを、周りも理解してくれていたからであろう。
「先生役、あなたは今回の私の任務、いかがお思いでしょうか?」
言葉は一見丁寧だが、それはどこか刺々しく感じさせられるものだった。これは意識的な表現ではなく、無意識的ないわゆる癖であった。
「ああ、びっくりした。リリから質問とは、どうしたんだい? いや、変な意味ではなくてさ。なんかこう、珍しいと思って。」
そんな言葉にというよりも、質問されたという事実に驚いたらしい。先生役は提出課題をまとめる手を止めて、出来るだけ柔らかく聞き返した。
「いえ、別にどうということはないのですけれど、先生役に訊くのが妥当ではないかと。先生役は特急天使ですし、私たちよりも断然詳しいのではないかと、、。いえ、お詳しいからこそ、今回私に『神器』の担当依頼が出たことについてをお訊きしたいのですが。」
「ああ、そのことか。」
その一瞬に、リリの目が変わった。厳密には、さらに鋭く、険しくなった。その反応に、思わず先生役もたじろいて見えた。
「何ですか、そのことかって。私にとっては、初めての実戦であり、一応の誇りを持っているのですけれど。」
これには、やってしまった、と思った先生役。
「確かにそうだった、そう意味ではないんだリリ。『そのこと』っていうのは、気にしていたからこそであって、期待しているんだよ。この早さで初任とは、流石だと思っているんだよ。で、何だい質問って?」
少し顔の筋肉が緩んで見えて、先生役はひとまず、ほっとした。それどころか少し口角が上がるリリを見て、もっと素直でもいいのに、と笑いかけてこらえた。
「はい、そうでしたね。そうなのです、私はこの任務に誇りを持っています。今までの忠義が形になったようで、とても嬉しくも思います。しかしながら、急に『ランクA-』というのは、いくら何でもこの新米には重荷過ぎませんか?」
そういうことか、と先生役は理解するとともに、この子は賢いな、とも思った。しかし敢えて、自分は真意に到達していないかのように、少しズレたことを言う。
「そういうことか、ならば心配いらないよリリ。君にはその実力がある、だから選ばれたんじゃないか。確かに今は、混乱の時にあるのは確かだ。大きな声では言えないが、ランクAの『魔物』や『教祖』を含めの処理にと今、人員が不足しているのは確かだ。しかしだよ、最終的な判断を下されるのは、天使長様らではないか。君は確かに、選ばれたんだよ。」
そう言いながらも、相手を伺うような姿勢の先生役。リリは、その誘いに、うまく乗る形になった。
「そうなのですが、そうではありません。確かに今、この天界が転回するくらいの展開を迎えているのは確かなのですが、、。」
先生役には、これが冗談で言っているのか、無意識なのかを判断しかねた。結局お互い、流す形でリリの質問は続く。
「えー、しかしながらこのリリ、果たして人員不足だけが要因かと。」
「つまりは?」
「つまり、別の意図があるのではないか、例えば、、。」
「例えば、何だい?」
「例えば、捨て駒として、偵察に使われるのではないか、と。それほどに、ランクA-には、違和感を覚えざるを得ないのです。」
その顔には、明らかな落胆の表情が見えた。喜ぶことには抵抗がありながら、悲しむことにはさほどないのだろうかと、先生役は思った。
「そんなことないよリリ。確かにA-は、重大な任務であり、君にさえ重荷と思わせるものがあるのはそうだろう。しかしだよ、先ほどにも言うように、君はしっかりと選ばれている。捨て駒というのなら、正直なぜ君である必要があっただろう。さらに、今回の任務には、その道のプロ、言わばベテランが同行するのだ。それは、杞憂ってやつなんだぞ。」
「そうですか、ありがとうございました。」
流石のリリも、ここまで言ったから折れはしたものの、不満は残っているらしく、リリの顔はあまり晴れなかった。
そして今、なんだかんだここに至るわけである。『神器』という危険物質、というより今や幼馴染の律に、手を下しているのである。
「さあ、もう終わったころかしら。」
そういう彼女には、フラグという言葉を教えてあげたいものである。
光が晴れて鮮明になっていく視界に、律はいなかった。しかしこれには、別にリリは驚かない。それどころか、やっと仕事を終えたかのように、深く息を吐いて言った。
「せめて、安らかに。本当に不思議よね、私は今、悲しいと感じている。あなたが死んで、淋しいと感じている。建前ではなく、もっと感覚的に本質的に理解できている気がするの。本当に、不思議な奴だった、まあもうすぐに、忘れてしまうのだけれど。だから最後に、会えて良かったと言わせてほしい。」
その言葉に引っ掛かってもよかったリリだが、そんな彼女を鈍らせてしまうほどに、律は大きな存在だったのだ。彼女は今、都会の夜空に光る星を眺めていて、眺めていて気付けなかった。
「僕も、会えて良かった。」
その思いがけない声に、もう聴けるはずのない声にリリは振り向いた。力強く伸びてきた手は、振り向きかけの彼女の、肩を掴んだ。
「僕も、会えて良かったと思ってる。そしてもう、離れたくないと、本気で思ってるんだよ。幼馴染とかではもうなくて、、。」
傷つき弱弱しくもその声は、格好良かった。嬉しいんだか悲しいんだか、それでもないのか、、。リリは慣れない感情に襲われて、ただ茫然と彼を眺めることしかできなかった。
だからリリは、次の言葉にはもう負けてしまった。負けさせられてしまった。
「だから僕と、、。だから僕と、どうか付き合ってください。」
場違いにもほどがあり、空気が読めないとかの話ではない。この状況で、命がけの戦いの終盤で敵に告白したのだ、彼は。しかもそこに、緊張というものを感じられるのだから、流石というよりほかない。
「ダメ、なのかな、、、?」
状況を理解できずにいるリリに、追い打ちするように律は言った。その言葉に彼女は、リリはようやく口を開いていった。
「な、何を言って、いるの? あなた、正気なの? だって、だって、、。」
真面目な顔つきで、律は顔を縦に振る。
「僕はこれから、何も失いたくはない。リリと消しあって、どっちかは世界から消えるなんて、あまりにも悲しいよ。」
「喩えそれが、あなたの憎む天使だとしても? あなたは決めるのが嫌で、逃げようというの?」
「違うな、リリだからだ。それに確かに、僕は逃げているのかもしれない、けれど。けれど僕は、何らかの策略のように、世界の策略に乗っていたいとは思わない。僕は選ばない、選ばないことを選んだ。僕は君と、一緒に生きていきたい。」
律の言っていることには、どこかつじつまの合っていない部分があるように感じられる。なのになぜか、魅力的だと感じてしまう。そう、心を動かす力が、決意がこもっているように感じられてしまう。
「でも、そんなことを、世界が許すわけがないでしょう。どっちかは、消えなくてはならないのよ。喩えここで和解したところで、付き合ったところで、私もあなたも、すぐに世界に消されてしまうのが落ちよ。」
そんなことない、と言いかけて抑える。本当に、彼とともに行けてしまいそうで怖い。
「違うよ、和解と付き合うことは違う。僕は和解したうえで、君と付き合いたい。そして僕らが、世界に許されないとして。僕はそんなものに、屈したくはない。君は必ず、僕が守るから。」
その言葉に伸ばされたリリの手は、律を捉えられずに空を舞った。そのまま剣は、リリの手から地面に落ちて刺さった。
「僕は絶対に、君を傷つけはしない。」
その声に、またも振り向く形となったリリに、もう戦意は感じられなかった。ゆっくりと、律の目に視線を合わせて言った。
「本当に、覚悟はあるの? 体中血だらけじゃ、済まないことがこれから待っているのよ。下手したら、というかかなりの高確率で、あなたの命はないのよ。」
「その時は、死んででも勝って、生き返ればいいだろう。」
やはり少しズレているようなのだが、本当に生き返りそうで、リリは自分でも驚くほど自然に笑っていた。
「改めて、僕と、付き合ってください。」
律は向かい合うリリに、右手を差し出した。
リリは、律の熱意に押し負けた形に、天使としても女子中学生としても負けたわけだである。すんなりと、というわけにはやはり行かなかったが、彼女はしっかりと、最後は自分の意志で律の手を握ったのだった。
だからこの後起こる悲劇は、律の全責任どころか、リリもその可能性を了承したことになるのだが。
「ええ、こちらこそ。律、私を守ってね。」
リリはそう言って、あのいつもの笑顔を浮かべた。それを見て、律も思いっきり笑ってしまった。
「いってえええええええええ。」
体の至る所から、激痛が襲ってきたことは言うまでもなかろう。
その後2人は、お互いに手をつなぎながら、というよりも律を支えるようにして、家へと帰っていった。
「え、お兄ちゃん彼女出来たの?」
律が母に体の至る所の傷を処理してもらっている合間、不意に弟の戒が、会話に入ってきた。
「そりゃ、その彼女、普通じゃないね。」
あながち、的外れってわけでもないだろう。
「こら、あんた何てこというの。」
母が軽く叱って、戒は自室に戻っていく。
「ああ、普通じゃないよな、、。」
律は、小声で一人言った。
だって、『天使』だぜ。
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