降臨
~始まりの時まで・・(残り)ー時間21分43秒・・~
僕の名前は神導 律、成りたての中学3年生である。
ただ今、二度寝から覚めて、三度寝に突入するところである。
「律、起きなさい! 何時だと思ってるの? あなた、もう3年生だっていうのに、こう、だらしな・・・・。」
枕元の目覚ましは8時を回ろうとしており、三度寝を断念せざるを得ない状況にあることを理解する。
「やばい、思ったよりも、時間がないぞ!」
急いで2段ベッドから降りて、教科書で大渋滞を起こした床を、手慣れた動きで越えていく。
「また、怒られるなあ、、。」
一階では、冷えた朝食の前に母が仁王立ちしていた。その顔と言ったら、あの不動明王にも引けを取らないと思われる、覇気を纏っている。
今日こそは逃がさないぞ、そんな母の顔を拝む今日この頃。
「あんたね、最近だらしがないんじゃないの? 今年は、受験生で、、。」
母の言葉弾幕を抜けて朝食を済ませると、駅伝ランナーの給水の如く、無駄のない動きで準備していく。
「行ってらっしゃい、そうだ、、。戒の弁当、持ってってあげてね。」
中1の弟が忘れた弁当片手に、夢見心地で家を出た。
~・・(残り)-時間07分05秒・・~
家を出るとすぐに、比較的急な下り坂を下ることになる。その下で、2人と待ち合わせしているのだが、案の定そこに待ち人はいない。
「最近、いっしょに行けてないなあ。」
1人で学校に走りながら、律は思う。
「まあ、最近は待ち合わせ20分遅れがざらだからな。」
3年間、部活も同じ2人とは、一緒に行きたいと思っているのだが。
朝が悪いと、自然に一日も貧しいものになってしまう、、。と、僕はいつも感じるのだ。
どうせ今日も、学校での午前は、
「ああ、今日の給食何かなあ。」
午後からは、給食という目標を達成したので、
「ああああ、早く帰りてえなあ。」
生きているのだろうけど、どこか夢の中のようで、、。
「もう、何が夢なのかわかんねえ。」
こんな生活が続いているのだ。
~・・(残り)-時間ー分26秒・・~
学校の前にある横断歩道で、赤信号に足止めを食らう。
「ふー、ぎりぎり間に合いそうだな。」
さすが、伊達に陸部で2年間走り続けてきたことはある。苦しい練習の賜物が、こんな形で帰ってこようとは、入部当初は思いもよらなかった。
「早く、青信号になれ!」
そう思ったとき、急に足かせが付いたかのように、足が重くなった。
「体が、行くことを拒んでいる?」
確かに、学校に行くのは大変で、出来れば休みたいと思うが、拒否反応ほどのものではない。むしろ、学校は不思議と好きなほうだ。
「来ないで、あなたが傷つくことになる。」
どこからか、優しく女性の声がした。
「いや、来てくれ! お前は、大切なものに、気付かなきゃいけない!」
今度は、苦しそうな青年の声がした。それは、紛れもない、自分の声だった。
「さあ、物語を始めよう!」
3人目の声がしたときには、律は重い一歩を踏み出していた。
「僕は、自分で道を、切り開く。なーんて、何言ってんだろ、僕。」
~・・(残り)ー時間ー分04秒・・~
「世界のためだ、犠牲になってもらうぞ。」
確かにそう聞こえた。
横断歩道の、ど真ん中でのこと。
空に昇った太陽が、不自然なほど僕に向けて光った。
「隕石でも、降ってきたのか。」
律は咄嗟に光の先を見て、命の儚さを悟った。
「人生って、何が起こるか、分からないもんだな。」
この言葉以外、思いつかなかった。このシチュエーションが2度目な気がして、なぜか笑っていた。
車両用信号機よりも低い空中に、発行物体が浮いている。というよりも、少しずつ、迫ってきている。
「これが、僕の死神か。」
それは神社の破魔矢とよく似ていて、黄色く光っている。その姿に、律は美しさと神々しささえ感じた。
「まさに、『天使の矢』か。」
その矢が、今もなお、ジワジワと迫ってきている。周りの世界が、いつもより低速的に進み、最後の時間を与えたつもりでいるのだろう。
「もっと、頑張っといても、よかったかな。ここで終わる人生だったら、、。」
まさに走馬燈のように、お世話になった人たちの顔が、どこかへ流れ去っていく。母の顔が流れた時、葬式で泣く母が浮かばれて、目頭が急に熱くなった。
「もっと、見ていたいし、感慨に浸りたいんだけど、、。そういったわけにも、いかないのか。」
~・・(残り)-時間ー分01秒・・~
僕は、こうして終わってしまうのだろうか。
平凡な人生を送ったつもりはない。それは変わらないし、今更こんな状況になったって、さして驚くわけもなく。
現に、僕の心臓は今も、いつも通りのリズムを刻んでいる。手足が震えることもなければ、精神状態も変わらない。むしろいつもより、清々しいくらいであった。
何も変わらない、、。
そう、僕はこうなったところで、いつ終わりが来たところで、それを飲み込んでしまえる自信があった。その自信は僕にとっての恐れだった、即ち覚悟だった。
「本当にこれで、良いのだろうか。」
僕はここで、終わってしまうのだろうか。もしかしたら、僕にはまだ、何かが、、。まだ、自分にさえ未知の何かが、あるのではないか?
窮地に陥って、覚醒した超能力的な何かが、、。僕をこれから救ってくれるのではないか?
「そんな訳、ないか。それなら、もうとっくに、、。今更だもんな。」
~・・(残り)-時間ー分01秒・・~
輝く矢にしばし魅せられていたが、段々と違和感を感じ始めた。
「あれ、これって、止まってない?」
先ほどまではじわじわと迫っていたのだが、頭から拳2個分のところで、完全に停止している、、。
「いやに、静かだな。これも、『終わり』ってことなのか?」
周囲に全く反応がない。反応がないどころか、音が全くしない、、。
とは言っても、聴覚が完全に機能しなくなるほど、今自分は混乱していない。
いや、まったく混乱どころか、微動だにしていない。
「矢が止まっているけれど、これってバグってるのか?」
ふと、周りの世界を見渡した。
鳥が空に仕掛けられた雲という網にかかって、溺れている。
人が歩道に足を取られ、信号は車を見て赤面し続ける。
つまり、止まっている。世界全体か、時か、それかどちらもが、止まってしまっている。
~・・(残り)ー時間ー分ー秒・・~
「そろそろ良いかい少年、俺は結構待ったつもりだよ?」
場違いな男の声に、律は周りを再確認したが、声の主らしき人物はいない。
「勘違いしないでほしいけど、『矢』も世界も止めているのは、あくまで俺だから。」
大げさなぐらい晴れやかな声が、頭上から降ってきた。
声の主は、危険人物だ。人も車も、空飛ぶ鳥さえも一切動かないこの世界だぞ。しかし、僕と同じく、恐れや混乱を一切感じない。
「『おまえはだれだ、どこにいるんだよ。』って、言いたいんでしょ。見上げてごらんよ、、。」
声の指示通り、ゆっくりと顔を上げる。
「やあ、元気かい? 大きくなったね、
青いスーツ姿の男が、車両用の信号機に座っていた。足を組み、こちらを見て笑っているのか?
帽子をかぶっているわけでもないのに、顔は薄い影で読み取れない。声からすれば、20代後半と推測できるが、声以外の情報が枯渇している。
「様々な疑問があるだろうけど申し訳ない、、。色々あって時間がない、早くしないと怒られちゃうんだ。手短に行こう。」
信号機に座って笑う不審者との会話は、もう回避できないと思われた。
「一度に飲み込めないと思うけど、しっかり聞いてほしい。」
「というか、あなたは誰?」
律のやけに余裕な姿を見て、面白そうに彼は笑ったらしい。その笑い声は驚くほど無邪気で、顔の動きが読めない分、不気味だった。
「そう俺は『神』、全知全能な存在。君にチャンスを与えるために、そして自分の使命を全うするために、ここに降臨した。」
キリっと、考える人風ポーズを決めたつもりでいるらしい。しかし、傍からみれば只の、いや、かなりヤバイ中二病である。
「いやいや、『俺は神だ。』なんて、信じられるわけがないでしょ。」
「俺が神になった悲劇、あ、経緯を話すのは、また別の時で良いんだよ。それはまた別の話、この物語には必要ない。時間がないと言ってるじゃないか。」
自称神は言葉を荒げるが、友達と喋っているみたいである。
この非現実的な設定が、むしろリアルなオーラを醸し出しているようだ。もしかしたら本物かもしれない、そう思って、律は嗤った。
「そして今、少年に選択の余地を与えるために、全世界の時を止めている。」
「信じたくはないが、それはこの目で見ているのかもな。」
「そしてここからが、最重要だ。世界の終焉まで関わってくるぐらいに。」
あまりにも非現実的だが、とりあえず頷く。
そして今、自称神の顔が急に真面目な顔つきになった気がした。いや、やはり口角が上がっているようにも見える。
「少年、俺が時を戻した瞬間に、君は消滅するんだ。『死』とは違う、『消滅』だぜ。」
「少年に刺さってるその『天使の矢』。言い換えれば、『修正プログラム』が、少年の体に刺さると、まずは物理的に殺し、時間をかけて世界から抹消する。」
夢とは思えない恐怖と、実感が湧き上がってくる。
「何でそんなことになったんだろ?」
でも今は、すんなりと受け止められてしまう。もう、覚悟はできているように感じられた。
「少年は、この世界に存在する上でのルールを、破壊してしまう存在。と、この世界が判断したからだ。少年を含め、この世界の秩序を破壊しかねない存在を、、。」
神は言葉を切り、今一度、律を見つめる。
「存在を、世界は『バグ』、不具合によって生まれた修正すべき存在、と位置付けている。『バグ』は、個々に特殊な能力、というよりも、世界の秩序から逸脱したことができるんだ。」
「僕は世界の気に触れること、何かしたっけな? ただ必死に生きようとする、それだけだったんだけど、、。」
律は自分でも狂気的だと感じられるほど、冷静だった。
そして今、自称神の目は、律を見ているというよりも、その奥にある何かを見据えているようであった。目、と言えば、僕はこの時やっと、彼の目を見ることができていた。青色と紫色のオッドアイを持ち、その眼の深さに律は自然に身震いしていた。
「ってことで、今から君には消滅してもらいます。君は中でも、世界の中でも無視できないほどに、危険な存在なんだぜ。そう、君はさっき言ったね、『僕はなぜ、こんなにも苦しまなくてはいけなかったのですか?』それに俺は、答えなくてはならない、これは俺の義務なんだ。」
右手の人差し指を立て、1を作って言う。
「理由は一つ、特別だったからだ。」
ああ、律は力が抜けたようにそう言った。
「特別、、。特別、そうですか。」
律はこの時、今までに見せたことのない表情をしていた。それはその時の律の複雑な心情そのものであり、傍からは間の抜けたような顔とみられただろう。生きる目標を失ってしまったような、まさに今死を悟った人のような。
そう、それは律にとって、今目の前にある死という事実よりも、比べ物にならないほど応えるものがあった。超自然的な存在による、お告げをもらえるのではないか。それが今、自称『神』の一言によって叶えられ、同時に律は言葉を失ってしまった。言葉と同時に、何か大切なものを失ってしまったように、律はその場に項垂れた。
『神』にさえ、特別だと片付けられてしまった。もう、僕は特別になってしまった。特別という、言い訳ができてしまって、あの時もあの時も全部、特別だったからだと片付けられてしまった。
僕はもう、戦えなくなった。
「なーんてな、はっはっは。いやー、これは期待以上だね、想像以上のアプリオリを持っているらしい。まあ、それでもなければ、まず、こんな状況にはなってないだろうし。」
神の顔が真剣になる。と言っても、そう感じるだけだが。
「少年、君は確かに特別だ。それはもう変えようのない事実であり、それが君を傷つけてきたことも事実。じゃあ、君はそれで良いのかい? 特別だから、それで君は覚悟という言い訳で誤魔化し、諦めようとするのかい? ふざけるんじゃねえ、特別だあなんだなんて、俺には知ったことじゃねえ。 そう、思ってるんじゃないのかな?」
はっと、律は顔を上げた。はっと、確かに声も出していた。
「状況を飲み込むことはできても、まだ諦めてはいないんだろう。いいや、聞くまでもなかったか。」
顔を上げた少年の眼は、まだ死んではいなかった。いやむしろ、先程よりも鋭かった。人はこれを、生きる力、強い人の眼だというのだな、と彼は思った。
「どちらの選択も自由だ、別にこれは神の勝手な気まぐれにすぎないのだから。悔いの残らないように、なんて無理で、絶対にどちらの選択にも悔いは残るものさ。さあ、どちらを選ぶんだい?」
困った話である。いつも通りの登校時に、急に生か死を選べなどと、改めて振り返ると可笑しい話だ。そんな前例を知る覚えもなく、そこに明確な答えもなく、、。
要は、ハムレット王子の名言である、
『To be or not to be ,that is tha question.』
に対しての、僕なりの解釈(生きるべきか死ぬべきか)で良いのだろうか。
しかしまあ、彼の悲劇的な人生への苦悩に比べて僕は、余りにも唐突な展開で、言葉の意味がまるで違う。
「少年、もうそろそろ、決まったかい?」
彼はどこかそわそわと、落ち着かない様子で言った。その様子からして、実際、時間は無かったのかもしれなかった。だとすれば、無理をしてまで待っていてくれたのかもしれない。
「いいや、やっぱり僕には、よく解んないからさ。だったら、せっかく頂けたチャンスですし、使わせていただこうかと、、。」
その答えに、彼は予想以上の反応を見せた。予想以上に喜んでいるようで、今日一番、自然な笑みを浮かべている気がする。
「では、どうか一つ、俺の条件を聞いてほしい。」
その声も、自然にか意図的になのか、半音ほど高くなっている。しかし反対に今日二番の、緊張を帯びてもいた。
「ああいいよ。僕は『バグ』だかなんか知らないが、あんたに救われる命なんだから。」
僕はこの答に、深く考えることをしなかった。
「おお、本当に? では、一つ、、。」
そのあと空いた少しの間に、流石に違和感を覚えた。彼の顔は真剣そのもので、冗談ではないらしい。こうなると、彼はもう言いづらいような、突拍子のない課題を出すのではないかと身構える。
まさか、悪魔退治でも遣らされるのではないか、と思い至った時だった。
『まあ、この後、悪魔退治ぐらいの苦難が多く待っているだが』
「この世界を、救ってほしい。終わりを求めるこの世界を、終わらせないために、戦ってもらいたい。」
その言葉には、律は驚くしかなかった。あまりにも漠然としていて、彼のイメージの規模が掴めないが、神話に出てくるような化け物をイメージしてみた。戦うとは、そういうニュアンスだろうか?
「俺はもう、耐えきれないだろう。お前には、この終末観を、食い止めてもらいたい。俺はまだこの世界を、終わらせるわけにはいかない。」
律は今、化け物と戦う自分をイメージしたはずだが、戦っているはずの自分は、どうしてもアスファルトの上で亡骸になってしまう。
彼はそんな律を眺めるようにしながら、改めて繰り返す。
「この世界を、救ってもらいたい。これはもはや、君の義務に等しいんだ。選ばれてしまった君には、もう決まっている。」
「おいおい、さっきまで、選ばせるって。」
とは言いつつも、もう自分には迷いがなかった。自分でも不思議なもので、自分の奥に眠る強い何かが、そこに引っ掛かったようだ。
それにどうせ、僕がやらなければ世界が終わる。のであれば、断る道理は、そこに感じられない。
「分かった、僕は世界を、救えばいいんですよね。」
神の顔に一瞬ゆるみが見えたと思ったら、すぐさま表情が硬くなった。
「でも、それでは足りないよ。少年は死んでも、最後まで世界を救ってもらう。」
「死んでも、、?」
とても意味深であり、裏を返せば
『お前はこの後、必ず死にます。』
と、宣言されたことになる。まあそれでも、ここでこの条件を呑まなければ、どうせ、僕は世界から消えてしまうらしいし、、。世界が終わるということは、我々も一緒に、ということだろうし、、。
「解った、、。僕は死んでも、世界を最後まで救います。」
「よし、契約成立だ。」
彼はそう言って笑った。
優しい風が律を包み、体から力が抜けた。律はその場に、崩れ落ちた、、。
「少年、俺に終末観を超えて見せろ。」
そう言って、彼は少年の左胸に、金色の鍵を突き刺した。
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