終末観ミソロジー _悲劇的喜劇の幕_

庭花爾 華々

第一章_妄想感ブレイクスルー

 序章)始動~





 ~・・(残り)-時間ーー分08秒・・~


  「人生って、何があるのか、分からないんだな。」

横断歩道の真ん中で、少年はボソッとつぶやいた。周りの世界が、いつもより低速的に進み、最後の時間を与えたつもりでいるのだろう。

 「もっと、頑張っといても、よかったかな。ここで終わる人生だったら、、。」

まさに走馬燈のように、お世話になった人たちの顔が、どこかへ流れ去っていく。母の顔が流れた時、葬式で泣く母が浮かばれて、目頭が急に熱くなった。

 「もっと、見ていたいし、感慨に浸りたいんだけど、、。そういったわけにも、いかないのか。」

 少年は、じわじわと近づいてくる、自分の死神を見た。自分の胸に一直線の軌道で、鋭い先端がこれから自分を一刺しである。

 「まあ、なんだかんだ、、。いい人生でした。」


 その日、14歳の、成りたての中学3年生という、若く尊い命が天へと旅経った。学校に通学する途中の横断歩道で、急性の心臓病を発症したのだ。その後、病院へ搬送されたものの、意識が戻ることはなかった。

 「心臓病で、間違いないでしょう、、。」

医師の声に、泣き崩れるお母さん。

 しかし、見る人が見れば、死因は別にあったといえよう。確かに、心臓病で亡くなったことになっているが、その心臓病こそは、後付けに過ぎないのだ。

 「こいつも、『天使の矢』で、一刺しとはなあ。かわいそうに、、。」

急に横断歩道の真ん中で倒れた少年に、男は冷然と言った。深くかぶったフードで顔はよく見えないが、きっと声と同じように死人の様な顔をしていたに違いない。そして彼は、パーカーのポケットに両手を突っ込むと、足早にその場を後にするのだった。





 「これで、この物語はおしまいおしまい。」

 彼女は素っ気なく言うと、手に持っていた本を床に投げてしまった。そして、退屈を紛らわせるためにか、落ちていた別の本を手に取り、読み直し始めた。

 そんなことを繰り返していたからであろう、彼女の足元には、本が幾重にも積み重なっている。それはもはや、新たな大陸を形成していると言っても過言では無く。それほどの、想像を絶する量だった。





 「あらまあ、ちょっと、遅かったみたいだね。」

人混みの中央で、担架で救急車に運び込まれる律を眺めながら、彼はそう呟いた。サイレンを周りに振りまきながら、救急車は走り去ってしまった。

「いやー、本来なら間に合ったんだよ。俺のせいじゃない、邪魔が多かったんだ。」

 誠に、手違いも甚だしい。彼は髪と思われるシルエットを搔き乱しながら、これから起こすべき最適行動を予知していた。

 少年はもう、諦めようか。いやしかし、彼にはやはり、残ってもらわなくてはならないだろう。彼には強大な可能性がある。その証拠に、世界もこう彼を消そうとしたのだから。

 「終わりになんか、させるかよ。ここからが、物語の始まりだ。」

 彼は左眼を覆うほどに伸びた前髪を掻き上げて、閉じていた左眼を強く見開いた。

「神の権限のもとに、罪を重ねることを許し給え。って、これくらいは、許容範囲な気も、するけどなあ。」

紫色に光る左眼が、久しく世界を映してみせる。左目の分だけ視野が広くなっても、やはり世界は狭く感じられてしまう。

 「コード、jmk.A.36,457,456 を選択。」

そう言って、空を握るような素振りを見せると、彼の右手には『鍵』があった。先ほどまで空だった手の内に、急に鍵が現れたのだ。プロの手品師マジシャンのような早業で、彼の掌で小さな鍵が赤黒く光る。西洋風のアンティーク鍵の様だが、上から塗り重ねたとみられる毒々しい色付けや荒々しい輪郭はもはや、邪悪な炎をモチーフに作られたと言っていいだろう。

 「ここに我は、罪を重ねて、彼の痛みを、共に分かち合わん。、、うーん、やっぱりまだ慣れないな。」

ブツブツと何やら呟きながら、鍵をまじまじと見つめる彼。と思えば、急に鍵を持つ左手に力を入れて、勢いよく鍵を自らの胸に突き刺した。更にその鍵が、沈んでいくように彼の体に入り込んでいく。

 「うっ、、。まだこの痛みに、慣れらんないな。特にこの鍵、引っ掛かって痛いぞ。まあこれも、結局は自らの罪の重さ故、さあ、時間もないぞ。」

つい先ほどの奇行など無かったかのように、彼もその体も変化を見せなかった。血も出ていなければ、苦しむ顔も見せない。

 というより、端から顔など見えていないのだが。

 「さあさあ、彼の力を使わせてもらいましょうか。」

彼は楽しげに笑ったかと思えば、着てもいないフードを被るように手を動かして見せてから、彼は言った。

漆黒ブラック閃光アウト 奪われた少年キボウを、世界から取り戻すために」

 その声を皮切りに、彼の姿は見えなくなった。実際は彼の姿、ではなく、世界そのものが瞬間的に見えなくなっていた。世界は一瞬にして、この男によって、閃光のごとく広がった闇に飲み込まれて消えた。

 その様は、何とも表現し難いものであった。もしも語り部が人工衛星で活動する宇宙飛行士だったなら、ガガーリンが、

『地球は青かった。』

と言ったように、確認できたのかもしれない。

 ふと、ある地点から大きな黒い台風のような影が生まれた。そしてそれは、瞬く間に拡大し、地球の青をすべて奪っていく。そして最後に、地球の最後に呆然とする彼らを飲み込んで、宇宙さえ飲み込んでいった。

 

 この男によって、世界は消滅エラーした。

 


 「エラー・・エラーがあります・・、保存され・・いない可能性・・あり。・・・・再起動を・・推奨し・・。実行し・す。」

 

 急に全身を襲った激痛に、彼女はベッドから転げ落ちた。

 「え、何が起きているのよ、、。」

尚も痛みは治まることを知らず、一層強くなっているようにさえ感じる。

 彼女は何とか起き上がると、虚空に向かって叫んだ。

 「01、あんた何勝手なことしてんのよ! 」

しばしの静寂の後に、虚空から今度は声が返ってきた。

「あ、00、、。済まないが、少しばかり我慢をしてくれ。これくらい、許容範囲じゃなかったっけ。」

「いやいや、世界終わらせようとして、何が許容範囲よ。もう、何であなたが、『神』なんて恐ろしい存在に、選ばれてしまったわけ? 私は怖くて怖くて、退屈で暇なのよ。」

「そんなことより、君にも時間は無いんじゃないの? 早く再起動をかけないと、本当に世界無くなっちゃうよ。」

「よく言うわね、こんな勝手をしておいて。あなたが表に出過ぎることは、望まれたことではないこと、分かっているんでしょうね。」

「まあまあ、この物語は、始まったばかりなんだよ。まだまだ、終わらせる訳には、いかないんだなあ。」

「もう、言ってることとやっていることに、つじつまが合ってないじゃない。というか、そこまでする目的、世界終わらせかけてまでする目的って、、。まさか、さっきの少年の為だ、なんていうの?」

 彼女の問いに、帰ってくる答えは返ってこなかった。彼女は苛立った様子のまま、しきりに小さな目を擦っていた。

「再起動、を選択するわ。」


 


・・一方、少年・・


 少年は、黄泉の国への穴を、真っ逆さまに落ちていた。

漆黒の闇の中で、頭は段々と真っ白になっていく。手足の感覚は既になくなり、下半身の感覚まで、無くなりつつあった。

 「おい、少年。少年、行くぞ、起きろ早く、、。」

無音の世界を乱すように、若い男の声がする。聞き覚えがないとも言い切れないのだが、今は考えることもできない。

 「しょうがない、苦しいけれど、我慢するんだぞ。」

勝手に決断され、胸ぐらをつかまれた。

 「?」

 「また、後で、会おうな。」

そういって、上に向かって投げ飛ばされた。

 「く、苦しい、、。」

プールでおぼれた際のじわじわとくる苦しさが、感覚を蘇らせていく。

「え、また死にそうなんですけど、、。」

 光が、少年を包んでいった。



 ~始まりの時まで・・(残り)ー時間21分43秒・・~

 

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