本章)妄想

 「律くん、あそぼう。」

幼い女の子の声が、遠くから聞こえる。


ぼやけた記憶が、目の前に広がっている。





小さいが、見覚えのある女の子が、これまた見覚えのある男の子に声をかけている。

男の子のほうは、顔を少し赤くして、

「いいよ、リリちゃん。なにして、あそぶ?。」

と、顔を伏せて言う。

リリは、顔が当たるぎりぎりまで、顔を近づけて言う。

「うーん、おにごっこかな。わたしがおに、はやくにげて。」

それを聞いて、男の子は、不格好に走り出す。

「いーち、にい、さーん、しい、、。」

女の子は、不自然なほど自然に10まで数え、

「いくーよ!」

弾ける笑顔で言った。


男の子は、逃げながら思った。

「リリちゃんは、どうして僕に、かまってくれるのかな?」


思い出した、これは、僕の記憶、、。

幼稚園の頃の、僕の記憶だ。


その後は、見るも無残な結果だった。

「いくーよ!」

の声と同時に、リリは、年齢では考えられない速さで走り出した。下手したら、小学校高学年に匹敵する速さで、男の子の後ろをとった。

「ひゃー、おとなげないよー。はやすぎー。」

男の子の、捕まってからの第一声である。


僕も、大人げないと思う、、。

 思い出してきた、この後、何か話したんだっけ。


第2ラウンドに備えて準備体操するリリを、男の子は止めた。

「ねえ、きいてもいい?」

女の子は、体操をやめ、顔を近づける。


「リリは、なんでかまってくれるの?」

2人は、ジャングルジムに座って話す。

「かまってって、どういうこと?」

「いやさ、なんていうか。」

男の子は、困ってしまった。

「なんで、あそんでくれるの? ほかにも、ともだちは、いるでしょ。」

リリは、悲しそうな顔になった。

「いや、ちがうよ。ぼくは、すごいたのしいんだけど、、。」

「じゃあ、おんなじだね。」

2人は、顔を見合わせた。

「わたしは、律くんと、あそぶのが、たのしいの。」

それを聞いて、男の子は、明らかに嬉しそうだった。リリも、それを見て笑った。


「リリは、すごいな。」

リリは、首をかしげた。

「あしもはやくって、おとなっぽいんだ。」

「そんなことないよ。」

リリは、また笑った。

「リリ、大人になったら、なにしたい?」

律は、リリの目を覗き見るようにしていった。

リリは、当たり前のように、

「じょせい警察官、かなあ。」

と言った。

今度は、男の子のほうが笑った。

「ほら、やっぱり大人っぽい。」

それに、リリは笑わなかった。何を言いたいのか、核心を探るように、男の子の目を覗き見る。

「ぼくはね、リリのパパになりたい!」

「わたしの、お父さんになりたいの?」

「ち、ちがうんだ。」

男の子は、改めて、リリの顔を見ていった。

「リリの、お婿さんに、なりたいんだ!」

そういって、急いで顔を伏せた。

リリは、驚いてジャングルジムからジャンプした。着地して振り向き、男の子に向かって言う。

「それは、きっと難しい、、。けど、本当にうれしいの、ありがとう。」

男の子は笑い、リリも笑った。

男の子は思った。

「やっと、笑ってくれた。」


何で、幼稚園の頃の僕の記憶が?

それに、あんなに僕って、ませたガキだったのか、、。

「リリは、覚えてないんだろな。」



「そうだろうな、、。って、おい、律、授業中に寝てたのか?」

狩野先生が、黒板を背にイライラした口調で言った。

「え、あ、はい! あ、いや、聞いていましたよ、もちろん、、。」

クラスの視線が集まっていることに気づき、やってしまったと顔を伏せた。

「気持ちよさそうだったな。『リリ』とか、聞こえましたけど?」

後ろから、原田が小声で茶化してくる。

「律、だったら、お前の考えを聞きたい。はい、立って、、。」


ここはもう、無理にでも通すしかないだろう。授業中寝てしまうことは、一度や二度のことではないし、成功してきた確かな実力もある。

「はい、僕の意見はですねえ、、。」

すかさず、必殺、『黒板を見る』。

「世界恐慌の際の、アメリカの政策である、ニューディール政策です!」

どうだ、黒板の空欄をうまく埋めたはずだ。

「り、律君の考えは、ニューディール政策ですか、、。」

先生の声が変に震え、律は異変に気付く。

「あれ、みんなの教科書、道徳じゃね?」

先生が笑いだすとともに、クラスが笑いの渦が起きた。

「律君は、主人公はあの時に、『アメリカのニューディール政策』を行えばよかったと、本当に思ってるんですね。」

再びクラスに笑いの渦が起きた。律は恥ずかしくて、机に顔が埋まるかと思うほど、顔を机に押し付ける。

「律くん、授業中に、寝ないでください。」

狩野先生の声は、笑いの渦にかき消された。


 後で訊けば、原田が黒板を消し忘れ、そのままだったらしい。この後、律は数か月もの間、『ルーズベルト大統領』と、呼ばれる羽目になる。

(もちろん、原田が裏で糸を引いているのだが、、。)

 


 5分ほどたって、クラスが落ち着いてくると、今度は静寂がクラスを包んだ。

「で、ここで主人公は悩みます、、。」

狩野先生の催眠作用を伴う朗読、火曜の6時間目道徳とは、『混ぜるな危険』である。

「はい、皆さん考えてみてください。」

 クラスの大半が隠すことなく寝ている中でも、先生はいつも通り授業を続ける。

「ああ、目が覚めちゃったよ。どうしよう、寝れないな、、。」

そんな中、律は集中するわけでも、寝る訳でもなく、ただぼーっとしていた。

「いけないぞ。僕は、全力で頑張ると決めていたではないか。」

とは言っても、道徳は、評価が入る授業ではないのだ。でも、これからは評価が付くというし、ここで手を抜くのに納得できない。

「では何をするべきか。」

授業への積極的な参加という選択肢以外を、考えていた時のことだった。


 「何かが、こちらを睨んでいる、、。」

何かの視線、いや、もはや純粋な殺意を感じる。


 律は、慎重に周りを見回したが、こちらの動きを確認しているのか、それらしい人物も、物体もない。


 「なんだ気のせいか。とは言え、確かに天使たちが、いつまた襲ってくるのかは分からないからな。」

そう思い、教科書に目を落とす。


 「やはり、何かが狙っているな。」

視線を落とした瞬間に、先より強力な殺意が向けられた気がした。

「どうする? あいつらの『矢』は、当たったら終わりだぞ。とは言え、敵の場所が掴めないと、避けることなど不可能だ。」

 律は考えつつも、視線を教室中に向けることで、時間稼ぎを図った。やはり、数人の優等生と先生ぐらいしか、今活動している者はいない、、。窓の外には、校舎に沿った形で造られた、グラウンドが見える。勿論、そこにはいないであろうが。

 「そうだ、わざと隙を見せて、何らかの動きを見せるのを待ってみよう。しかし、もし気付かず、射られることがあったら、、。」

しかし律は、自分でも不思議なほどの自信と、落ち着きがあった。

 「ま、その時はその時だろ。死活的状況に立たされれば、僕の能力もわかるかもしれないしな。」

 そう思い、律は深く息を吸った、、。そして、海に飛び込むダイバーのように、勢いよく視線を机に向けた、、。


 「3、、4、、5、、。」

律は秒数をつぶやき続け、顔を上げたい衝動を抑えていた。やはり、命を狙われているというのは、どうにも緊張するものであった。

「まるで、スナイパーに狙われているみたいだな。なんで、中3でこんな経験してんだろ?」

 そう言いつつも、一方で律はこの状況を楽しんでいた。



 「21、、22、、23、。」

そこまで数えて、律ははっきりと何かが、、。何かが今にも、自分に向けて放たれることを感じた。

 「来たか、かかって来い!」

律は、水面に上がるような重みを感じつつも、ゆっくりと、死神と向かい合った。


 「え、何でチョーク?」

視線の先では、狩野先生が投げたとみられるチョークが、滑らかな弧を描きながら律に飛んできていた。

「律、お前また寝てるのか!」

それに続くように、狩野先生の叱責が聞こえた。

 「何だ、チョークかよ、、。」

全身の筋肉が緩み、律は体ごと机に崩れた。

コンッ、チョークが脳天に勢いよく当たって、床で折れた音がした。

 「じゃあ、あの強い殺意のような感覚は、、。」

教室に、再び笑いが起こった。

 

 律が言葉を発する前に、次の展開に切り替わる。

全身に寒気が走り、律は体を反射的に起こした。そして、黒板のある前方を睨んだ。

 律は、確かに感じた、

「今、前方から、何か強い風を感じたぞ。冷然としていて、命の温かさを吸いつくすかのような。」

それはまさに、

「あの時と同じだ。あの矢と同じ、澄んだ殺意、冷然とした美しさ。すなわち、僕の死神だ。」


 案の定、そこに、いや宙に死神はいた。研ぎ澄まされた先端が光を屈折させて、いや、光を吸収しながら迫ってくる。しかも、古いコマ撮り映画のように、ぎこちなくもしっかりと迫ってきている。

 「自称神が言ってた通り、僕はあいつに助けられてたんだな。ちょっと、無理があったのかもな。で、このまま完結か、それともまた神にでも助けられるのか。」

律は、神と初めて話した時を思い出し、静かに笑った。

 その間にも『矢』は迫っており、残り4秒無いと思われる。

「そんな甘くないよな、、。」

 律は目を閉じて深呼吸した。




 「これで、使命は達成ね、、。」

そう言って、リリは深く息を吐いた。そうは言ったものの、リリは悲しげだった。

「これで、いいのよね、、?」




 残り2秒だろうか、『矢』は律の額と拳一つ分の距離まで来ていた。

「ま、最後まで、諦めねえけどな。」

目を見開くと同時に、席ごと横に倒れる。


「やっべ、間に合わねえっか。」

手に力を入れた瞬間に、もう額に冷気を感じていた。

「でも、諦めなければ何とかなんだよ!」

律は思う、

「諦めるも諦めないも、結局変わんねえ。諦めなかったところで、失敗することはある。」

(いや、さらにその失敗も、諦めなかったら? そこまでは、分からないけれど。)

でも、不思議とこうも思う。

「だったら、諦めないまま、終わりたい! っと。」

 

 「やっぱri,あナたは、omo白i。waが絶タイにsite,永久的力takusuことniシタぞ。さあ、misetekureyo.汝no持てる全力ヲ。汝noいや人類no失われてしまったkanouseiッテやつを。ソレを示す事こそ、我らの本質故に。」

 モザイクがかった特徴のないことが特徴的な声が、脳に直接的に伝わる。心の奥から、自分の中から伝わってきたようにも感じられる。

 それと伴に、全身に血とは違う熱い何かが駆け巡るのを感じる。


→キャプチャデバイス・・On・・、

 ・・起動を確認、異常はなし。・・

・ファイルを選択し確認、対象を確認、、。・・

・命令を確認・・確認できず・・・・

・・・命令を待機中、、・・画面に表示・ます。・

→コントロールメニュー <表示>


 「あ、何だよこれ?」

律は思わず声を裏返してしまった。

視界には、またもや停止した世界。その虚空に、VRのように、突如として文字が現れた。


『→コントロールメニュー』

更に、その文字に続くように、新たな文字が現れていく、、。


 「神の仕業でないとしたら、まさか、これが、、。」

律は自然と、口に出すことに緊張を覚えていた。

 「僕の能力か。それにしても、どう使うんだよ、これ。」


『→コントロールメニュー

koreは、あなたの能力、名を「キャプチャー」。あなたの命令通り、表示しました。

 さあ、選択してください。』


 「もしかして、僕に反応しているのか。だとしても、この状況を脱する手立てになりうるのか?」

 目の前に広げられた文字の壁から、『天使の矢』が垣間見える。この壁が、あの『矢』を受け切れるとは思えない。

 「他に、壁以外の使い道はないのか? 僕の能力は、眼鏡くんのような非常識的な力はないのか。」


 さあ、選択してください。                  [再生終了]


_ <(逆再生)  ・   <一時停止・再生>   ・    (早送り)>_


 律は今、困惑していた。確かに、使い道とは言ったものの、選択肢だけ出されても困ってしまう。第一、こんなリモコンのような表示をされても何を求められ、何を選択しろというのかが分からない。

 「ん? 今僕は、『リモコンのような』と、言ったよな。まさか、僕の能力って、、。」


_さあ、選択してください。あなたが生きるために。そして訴えるために、証明するために。さあ、早く。_


 文字が、確かに震え始めた。ブレ始めたというのが正しいのか、とにかく何かに耐えることへの限界が近づいているようだ。

 「これは、急かされているのか。」

目の前の文字は、まるでAIに操作されているかのように、会話をするように現れていく。律には、これの真意は理解できないが、感覚的に伝えたいことは分かってきた。

 「僕の伝えたいこと、、。そうだな、訴えてやる、証明してやる。そしてそのため、今を生きなきゃいけないし、選択しなくちゃいけないんだな。」


_ええ。_


 そして律は、気持ちを切り替えた。

「よし、ならば訴えてやる、証明してやる。そのために僕は生きてやる。」






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