開花

僕は、あの横断歩道の真ん中にいた。

「え、どうしてここにいるんだ? か、体が動かない。」

まさか、と周りを見回した。

「やっぱり、世界が止まっている。」

あの時と、まったく同じ風景である。律の手は、何かに手を伸ばして止まっており、その先には、停止した歩行者がいる。

「久しぶりだね、少年。」

大げさに明るい声は、今度は上から降ってこなかった。

「ここだよ、上じゃなくて、下だよ。」

「下?」

視線を下に落とすと、、。


 「おい、自称神、もう驚かないからな。」

横断歩道の代わりに、青いスーツ姿の男が、道路にプリントされている。

しかも、それがニタニタ笑っているんだから、プロジェクションマッピングというのが近い。

「はっはっは、良い反応ありがとう。心強いね、そう来なくっちゃね。」

「で、人の夢に入ってくるなんて、何の御用ですか? わざわざ、あの時の状況を再現してくるあたり、人格的にどうなんですか。」

「いやいや誤解だよ、この夢はあくまで君のものだ。何もいじっちゃいない。いや、本題に戻ろう。」

誰も得しないプロジェクションマッピングが消えていく。

「これは、神のお告げだ。心して聞くがいい。」

「ふざけるな、まだあんたのこと、信用したわけじゃないぞ。」


 何だろう、直感的にこいつが。自称神が、ラスボスになる気がして怖い、、。

「何であの時、気付けなかったんだろう。」

そう言ったときには、手遅れになっているのだ。

「神、いい勝負だった、、。」

「ああ、律、我を止めてくれて、ありがとう。」

まあ、最後に正義は勝つのだが。


「昔は、お告げって言うと、すごい喜んでもらえたのに、、。これが、時代ってやつか。」

気が付くと、自称神はあの信号機に立ち、律を見下ろしていた。

「お告げ・・少年に『矢』を放った『天使』2人が、少年をまだ狙っている。たぶん、学校内に、関係者として紛れている。生徒の可能性が高いな、、。」

「紛れてるってどんな風に、どう対処すればいい? おい、全知全能なんだろ?」

自称神は笑ったようだが、その笑いは何故か引きつっているようだった。明らかに、律の言った、『全知全能』に反応したようだった。

「少年、勘違いしてはいけない。『全知』しているとしても、全てを認識している訳ではないのだよ。想像してみなさい、世界のすべてを認識しようとすれば、3秒かからず人は壊れるだろうよ。」

律は、自分の内にある矛盾を、解くことができない。それを、自称神も分かっているのか、さらに説明を続ける。

「要は、我は神だから、、。」

「やかましいから、端的にまとめろ!」

 またも神は笑うだけで、嫌な表情一つ見せていない気がする。律にはそれが、段々と、どこか寂しげにさえ見えてきていた。

「分かりやすく、、。ああ、そうだな。要は、勉強に近いのかもしれない。」

「全知全能と勉強の何が近いんだよ?」

「要は、『勉強とは、身につけた知識を心の棚にしまい入れて、自分のカギで、必要な時に出し入れする、脳の使い方のトレーニングである。』と、狩野先生が言っていただろう。」

「何で、そのことを?」

「我も同じだ、世界で起きたことはすべて、我の心に自動でしまわれていく。それはまさに、世界の図書館と言っても不備はなかろう。そしてそれは、確かに心の中にある、が我はそれのすべてを見ることは不可能だ。故に、全知であっても、認識しているわけではないということだ。」

神の顔が、達成感ゆえか少し晴れて見えた。

「敵は、自分の心の中にいる。あとは、少年、君らしさで乗り越えろ。」

「そんなあ、無責任な、、。」

「変な手出しをすると、また彼女に怒られるんだよな。これは、君が主人公の物語なのだからさ。この物語は、だけどね、、。」


「また、会おう。」

その言葉とともに、律は目を覚ました。

 勉強机に向かったが、やる気は起きず、時間が過ぎていった、、。


「まずは、私がやる。あなたは、様子を見といてよ。」

「平気かな? 僕も手伝おうかい?」

「いいわよ、私一人で十分よ。」

そういうと、2人は廊下を別々に歩き出した。


 ~・・(残り)326時間35分45秒・・~


「へえ、歩いてたら急に、、。フラッとねえ。」

「そう、歩いてたら急にね。」

莉架は、興味深そうに頷いた。莉架の顔が机を挟んですぐ近くにあり、なぜか眩しくて顔を伏せて言う。

「なんで、莉架は、そんなに気になるの?」

「そりゃだって、救急車だよ!」

莉架の言うことがもっともか。

「それに、心配になるじゃん、、。」

「え、今なんか言った?」

「いや、何でもないよ。」


「はいじゃあ、授業始めますよぉ。皆さん、席についてね。」

狩野先生が、のんびりした口調で言った。

「やっべ、じゃあね。」

そう言って、自分の席に戻っていった。


昼休みに入った。

「律、命を懸ける準備はいいな。、、。」

原田は、律を強くにらんだ。

「ああ、覚悟してる、、。今日こそは、死んでも負けねえよ。」

「じゃあ、行くぞ! 外へ、鬼ごっこをしに行くぞ。」


教室のドアを開けた時だった。

「あ、丁度良かった律くん。話があるんだ。」

昨日の青年が、ドアの前に立っていた。

「律、この眼鏡君はだれだい?」

原田は、青年を見回していった。原田の目は、新たな仲間を見定める、シルバーバッグの様だと、律は笑ってしまった。

「ああ、彼は昨日知り合った、時々眼鏡くんだよ。」

「いや、なんか混ざってますよ。時々眼鏡、大概はコンタクトと誤解されますよそれ。」

眼鏡くんが意外にしゃべり上手で、シルバーバッグは新入りを認めたらしかった。

「そうか。よろしくな、時々眼鏡くん。」

時々 望は諦めて、笑顔で手を握った。

「そういえば、話があるんだけど、律くんは今良いかい?」

「いいよ、行けよ律。莉架とか、クラスの奴ら呼ぶからさ。」

そう言って、原田は莉架に声をかけに行った。

「分かった。ごめんな、原田。」

眼鏡くんは、律を図書室に誘った。


「だいたい、何の話かは、分かるだろう。」

その言葉に、どうしても顔が険しくなってしまう。

眼鏡くんも、それを感じたらしく、

「嫌だったら、無理にとは、言ってないんだ。」

「いや、僕は知りたい。もっと自分のことを、知らなくてはいけない、、。」

「そうか、そう言ってくれて、うれしいよ。」


眼鏡の奥の目が、鋭くなった。

「律くんが、、。」

「律、でいいよ。」

「では、律がどこまで知っているかを、僕は知らない。『バグ』と呼ばれていることや、天使たちについては?」

「ある程度知ってる。分からない部分も多いんだけどね。」

「うん、それは僕もおんなじなんだ。では、『バグ』特有の特殊能力、言い方を変えれば、『セキュリティー・ホール』と、言えるんだろうね。」

「・・・・!セキュリティー・ホールって、何ですか。」


眼鏡くんは、一瞬勝ち誇った顔になって、すぐに真面目な顔になった。


「要は、通常できないはずの操作ができる、特殊能力ってことだね。」

神がさらっと、特殊能力がとか何とか、言っていたのを思い出す。

 

 大切なところを、はしょり過ぎだろあいつ、、。


 「僕は、君の能力が知りたい! あ、もちろん、悪用とかではなく、『バグ』についてもっと知りたくって、、。」


眼鏡くんの目は、嘘をつく人の目ではなかった。

「分からないんだ、自分の特殊能力、、。知りたいんだけど、その機会がないっていうか。」

「そっか、早くわかるといいね。」

「本当に、、。」


 自分に特殊能力がある、けれどまだわからない、、。いつ、無意識に人を傷つけているかもわからない。


「僕は、自分の能力がわかったんだ。」

一瞬ためらいを見せて、眼鏡君は言った。それは、僕への気遣いというよりは、それを口に出すことに、抵抗があったからだと感じた。

「『ストック』、僕はこの能力のこと、そう呼んでるんだ。」

「『ストック』? つまり、物をためる能力ってこと?」

眼鏡くんは、深くうなずいた。

「実際に、見てもらうのが早いかな。」


 かと言って、眼鏡くんは、何の準備をするわけでもなさそうに、ただ立っていた。しかし、時間が経つにつれて『ただ立っていた』から、『異様なぐらい突っ立っていた』に変化した。

 眼鏡くんは尚も動かず、弁慶の立ち往生のように、立ったまま天に召されたようにすら感じさせた。

 律は、血相を変えて辺りを見回した。

「まさか、また自称神の野郎か? それとも、天使による攻撃か?」

しかし、図書室には何の異常もなく、図書委員が面倒くさいオーラ全開で、本の整理をしている。

「おい、眼鏡くん。大丈夫かい、どうしたんだよ。」

律の問いに、眼鏡くんは視線さえ動かさない。

「もう1分以上経ったよ、え、聞こえてないの?」

「今聞こえたよ、厳密には1分だったけどね。」


 今度は、マネキン人形が急に動き出したようなもので、逆に律は驚いた。

「眼鏡くん、今何してたの? まさか、1分間マネキンチャレンジしていたわけではないでしょ。」

「いや、今のが僕の能力の1つだよ。そして、これから面白いんだ。」

「どういう意味だよ。」

律はついていけなかった。

「まあ、見といてよ。よーく見ておくんだよ。」

眼鏡くんは意味ありげに笑みを浮かべ、集中したのか真顔になった。

 そして眼鏡くんは、キリっと眼鏡を人差し指で上にずらした。


 「律、よーく見てね。行くよ。」

眼鏡くんの声が聞こえた瞬間、無風な図書館に、微かな風を律は感じた。

そして、眼鏡くんは先と同様立っていた。

「どう、変化に気づいたかい?」

他の図書室利用者には、1人を除いて、2人がただ楽しそうに話しているように見えた。

 しかし、律は言うのだった。

「すごい、僕には君の動きがほとんど見えなかったよ。その手に持っている本、今とってきたんだろ。」

 眼鏡くんはそれを聞くなり、狂ったように吹き出して、笑い出した。

「どうしたんだよ、僕、変なこと言ったかい。」

苦しそうに胸を押さえ、笑いをこらえながら眼鏡くんは言った。

「い、いや。申し訳ない、ばかにしているんじゃないんだ。だって、僕の想定外の答えだったからさ。律は、本当に特別な何かを持ってるよ。」

答えをじらされていることに、律は険しい顔をした。それを見て、眼鏡くんもようやく落ち着いていった。

 「律、僕の能力である『ストック』は、瞬間移動の能力ではない。今僕は、自分の時を切り取って、本をとるために張り付けたんだ。」

「もっと、端的に、抽象的に話してくれ!」

考えることを諦めた律に、眼鏡くんは、少し考えてから言った。

 「要は、時を操作していた僕の動きを、少なからず君は、認識してしまったんだよ。」



 まあ要は、眼鏡くんは、一冊の古びた本を持ってきた。ハードカバーの、中でも比較的分厚い本であった。

「だったら、もっとわかりやすい方法を使うしかないか。」

「だったら最初から、そっちで説明してくれれば良かったじゃん。」

「それがさ、律にわかりやすくなる分、周りにも目立ってしまうんだよね。」

眼鏡くんは、他に見られたくないらしく、周りを確認した。

 そして、右手で本を持ち、意図的に手を離した。

「よーく、見ておくんだよ。」

 

 律は、まばたきもせずに、落ちていく本を凝視した。


 視界の端で、眼鏡くんがキリっと、眼鏡を上にずらしていた。

「発動。」

眼鏡くんが、そういったと同時に、本に変化が起きた。

「あ、本が、消えた?」

 落下中だった本が、想定される落下先に見えない。さらに、落下音もなかったことから、見逃した可能性もない。

「そう、僕が今、一時的に落下中の本を保管した。けど、そんなに長い間は、取っておけないよ。」

手品でないことは理解しているが、脳がまだついてこれていない。

「へえ、実際に見ると、すごいなあ。」


 「解除。もう一回、よーく見ておいて。」

眼鏡くんが、深く息を吐いた。

 すると、空中に、何の前触れもなく本が現れた。そして、何もなかったように、眼鏡くんは手を伸ばしてキャッチした。


 「初めは、自分でも気づいていなかった。」

そう、眼鏡くんは言った。

 眼鏡くんが本を戻してきた後に、今度はさっきより打ち解けた口調で話し出した。


 時々少年は、最近、違和感を感じていた。

「ママ、最近僕の体がおかしいんだ。時間感覚がおかしくなっちゃうし、物が出たり消えたりするんだ。」

「本当に? おかしいね、不思議だねえ。」

小学4年生の言葉を、母も周りの人も、夢や気のせいだろうと相手にはしなかった。


 しかし、彼には、大人の言う夢や気のせいには思えなかった。


 「僕、こう見えて、小さいころから勉強少年でさ。」

「いや、見たまんまですけど。」

「小1から塾に通ってさ、母は中学受験を見据えていたらしい。」

「はあ、小1から、そのころは、外で毎日遊んでたなあ。」

「まあ、落ちたんだけどね。」


 そう言って、眼鏡くんは笑った。


 「ほかの子よりも、勉強する時間が長かった僕は、時間に対して強いこだわりを持つようになったんだ。その思いが強くなるほどに、僕の時間感覚は狂っていった。」

「ああ、ちょっと、理解した。で、さっきの時間を操作とかいう現象に、、。」

「そう、『ストック』が無意識に発動しては、何でもかんでもストック、切り取ったり張り付けたりしていたんだ。」

「無意識に? それは困った話だな。」

「そう、そして能力は段々と変化が大きく、多様化し始めた。そこで、僕には何か他と違う部分、特殊能力みたいなものがあるんだと思った。」


時々少年はすぐに、状況を呑み込み、『知る』というアクションを起こした。

「まずは、自分の能力についての仮説を立てて、検証を繰り返していった。天使が現れるまでは、その確証さえ無かったのにね。」

 『自分に特殊能力が存在する』から、『その仮説は物を一時的に保管する能力である』という仮説を、できる限り検証していった。


 「で、具体的に何をしたの?」

「たくさんやったけど、最終的に効果があったのが、、。氷を手に落とす実験かな。」

「氷を手に落とす?」

律は意外な返答に面食らってしまった。

 「そう、そのままの意味だよ。氷を手に落とす際に、自己防衛本能が反射的に、能力を発動するのかもしれないと思ったからね。」

 「で、どうなったの? 氷は冷たいって、分かったとか?」

眼鏡くんが嫌そうな顔をして、律は反省した。

 「ご、ごめん。ふざけてはいけないところ、だったな。」

「いや、良いよ。律の言う通り、氷は冷たかった。けれど、冷たいという感覚は、落としてから1分後に脳に伝わってきた。」

「つまりそれは、、?」

「そう、僕の仮説は正しかったってこと。ここで僕は、自分の能力をやっと知れたんだ。ここまでに、1年かかった、、。まあ、その後も多くの発見があったよ。

 例えば、痛覚でさえも、僕はストックして、未来に回すことが可能になったり、より能力を安定させる方法を見つけたりとか。」

 聞けば聞くほど、その奥深さや世界の広さに驚くばかりであった。


 まだまだお互い話足りなかったのだが、昼休みを終えるチャイム音が鳴った。



 ~5時間目の社会の時間~


 律は先生の課題を考えながら、頭の中は『バグの能力について』で、容量を食っていた。

 「僕の能力は、いつ分かるのだろう。そして、どんな能力なのだろう。」

時々少年は、隣の教室に入る前に行った。

 「これも、僕の仮説なんだけど、、。バグの能力は、その人自身のコンプレックスや、人格が影響しているのだと思う。」

僕は、どんな人間だろうか、、。











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