入れ歯をはずした親の顔を 初めて見たとき言葉をなくした 『やがて来る日』

入れ歯をはずした親の顔を

初めて見たとき言葉をなくした


何十年も老け込んで

まるで老人そのもので


確かに知ってはいるけれど

馴染みない人がそこにいた


自分の重ねた歳を思い

親に残された歳を思い


あと何年一緒に居られるか

そんなことばかりを考えるほど

わたしの心は波打った


自分が先かもしれないのにね

人生なんて判らないから

うそぶくも腹が冷たくなった


入れ歯をはずしてくぼんだ顔は

たましいを吐き出したように見え


くぼみは入れ歯の在処ではなく

たましいの在処だったように見え


気にしてないよう振る舞った

けれども内心は怖かった


それからわたしはできるだけ

長くそばにいようと思った


自立していない自覚はあるが

老齢となった親の姿は

動揺するに余りある


自分が先に行ければいのに

浅はかに考えてはみるけれど

哀しみを押しつけたくはない


入れ歯をはずした親の顔を

受け止める余裕は未だない


普段はそう 仮の姿で

正体を隠すかのようだ


それは子への思い遣りに見え

老いたことへの強がりに見え


生とはなにかを考えさせられ

わたしはいつも途方に暮れる

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