第25話 足下からのささやかな反撃

 生徒指導室にで並んで立たされて、僕と藤野は並んで説教される羽目になった。

 藤野は四角い身体を丸めてひたすら頭を下げる。

「すみません、すみません、すみません、スマホ返してください……」

 どっちみち校内では電源を切らなければならないのだから、放課後まで没収されてもどうということはないはずだ。それでこれだけ必死になるのを見ると、ないのがよほど不安なのだろう。

 僕はというと、藤野をかばうのに終始した。

「見せてくれと言ったのは僕なんですから、許してやってください」

 別に恩を着せようというのではなくて、本当に悪いと思っていた。隣であたふたされている分、気持ちは妙に落ち着いていた。

 そもそも、こういう場所に呼ばれるのは、何かやらかしたとかいうのはおろか、何かされたというのも含めて、生まれて初めての経験だった。

 もともとヤンキーの仲間になんかなれる性質じゃないし、なる気もない。そういう連中の被害者になるのもごめんだった。

 だから、なるべく目立たず人ともぶつからないように、騒がず出しゃばらず、静かに生きてきたのだ。

 思わぬことでそれを破ることになってしまったわけだが、これもミオノが僕の前に現れてくれたからだと思うと、不思議な嬉しさがこみあげてくる。 

 それはそうとして、いくら生徒指導室での説教が長いといっても、授業が始まるまでには解放してもらえるはずだった。

 余計な波風を立てないように生きてきた分、こういう計算は冷静に働く。

 だから、僕はくどい話を聞き流しながら、別のことを考えていた。


 まず、ミオノはSNSでの魔法使いへの偏見や攻撃を自作自演で煽りはしたが、それはネット上に反映できなかった。

 魔法使いの端末からアクセスできなかったということは、アカウントと身元が紐付けされているということだ。

 何か大事が起こったら警察や公安が動くということは生徒会長も言っていたから、もしかすると、その辺りの働きがあるのかもしれなかった。

 ミオノは自分の書き込みがネット上で生きていると思っていたし、もともと疑われないための自作自演だから、そんなことは考えもしなかっただろう。

 でも、それはミオノが無実だということの証明にしかならない。実際の誹謗中傷が原因で、太乙玲高校では時空さえ操る禁呪『狭間潜み』が蘇ってしまったのだ。

 それを犯人が知っているかどうかは分からない。不幸な偶然の一致なのか、それとも誰かが謀略を巡らせているのか。


 いずれにしても、ミオノたちを止めるのが最優先だ。ヒノエたちと共に、僕たちへの憎しみに凝り固まっていることだろう。それを少しでも和らげるためには、真犯人を発見しなくてはならない。

 自分の計画が机上の空論に終わり、しかも誰かの掌の上で踊らされていたと知ったら、プライドの高いミオノは絶対にやる気をなくす。禁呪を手にしたヒノエたちは止められないかもしれないけど、その活動から手を引かせることくらいはできるかもしれない。

 そこで真犯人を探し出さなくてはならなくなるわけだが、正直、それは無理だ。

 ミオノはバレるはずがないという確信をもってやっていただろうが、真犯人はたぶん、裏アカウントを使いまくっているはずだ。

 向こうから姿を現すよう、なんとか手を打たなくてはならないが……。


 やがて、1時間目のチャイムが鳴った。

 慌てふためいた藤野は、僕には目もくれずに生徒指導室を出ていく。後から部屋を出た僕は、扉の外から部屋の中に深々と頭を下げた。

 その間に藤野は姿をくらましていたけど、用件は説教が始まる前に短く告げてあったのだ。さっき考えていたことは、これから具体的な行動を起こすための状況整理に過ぎない。

 昔からトラブルに巻き込まれないよう知恵を絞ってきた僕は、ミオノと出逢ってからのゴタゴタを通して、妙に勘が鋭くなっていたのだった。


 さらに、何をすればいいか見えてくると、腰もフットワークも軽くなってくる。 

 放課後には校内を歩き回り、進学補習を終えて教室から出てくる長瀬雪乃を捕まえることができた。

「和歌浦くんに声かけてくれれば、こっちから行ったのに」

 僕の顔を見るなり、古くからの知り合いのような気さくさで駆け寄ってきた。

 以前の僕ならどぎまぎして棒立ちになってしまったことだろうが、そこはさらりとかわす。

「なかなか会えなくて」

 実際、今日は全く顔を見てはいなかった。

 小笠原を追い詰めたヤンキーどもとつながっていたのを僕にも知られて、顔を合わせづらいのかもしれなかった。

 長瀬雪乃は、悪戯っぽく笑う。

「言っとくけど、佐々君に興味はないわ」

 そう言いながらも、以前のような突き放した口調ではなくなっている。

 よく見れば、取り巻きの女子たちも、そんなに不愛想ではなかった。僕をイケてると言ったヤンキー少女などは、手まで振ってくれている。

 その後ろから無関係に現れたのは、この間の週番少女だった。僕を見るなり、なぜか目をそらして、恥ずかしそうに脇を駆け抜けていってしまった。

 女子たちはどっと笑ったが、そこには悪意も嘲りもない。僕は廊下の角を曲がる週番少女の後ろ姿が消えるのを見送りながら、長瀬雪乃に答えた。

「興味なくていいです」

「じゃあ、何の用?」

 男子の視線がちょっとでも自分から逸れるのが面白くないのか、不愛想な声が返ってくる。

 そこで僕は、長瀬雪乃とその取り巻きをじっと見渡して、おもむろに告げた。

「実は、お願いがありまして……」

 

「なあんだ、そんなこと!」

 女子たちがたてた何度目かの笑いは、突然、矯正に変わった。

 特に目の色を変えたのは、長瀬雪乃だった。

「あ、和歌浦さん!」

 振り向くと、生徒会長が血相変えて走ってくるところだった。

「佐々君!」

 僕の前で立ち止まると、ふたつに折った身体を膝に突いた両腕で支えて咳き込んだ。女子たちが駆け寄ろうとするところで僕の身体を抱えると、引きずるようにして、もと来た道を帰っていった。

 女子たちの不満げな声を尻目に、生徒会長は荒い息をつきながら僕に囁きかける。

 それに耐えかねて、僕は呻いた。

「すみません、たぶん、内密の話だと思うんですけど……」

 慌てて身体を離した生徒会長は、単刀直入に告げた。

「ミオノさんを探している」

 さすがに、これには返事ができなかった。

 あのヤンキーたちとの関わりは、小笠原を連れてきたミオノにだって見られている。それでもなお会おうとするのは、よほど大事な用事があるのだろう。

 たぶん、交流センターに関係することだ。

 もしかすると、僕からも事情を離せば、ミオノを止めるのに政野さんの知恵が借りられるかもしれない。

 でも、その期待は生徒会長のひと言で、あっさりと打ち砕かれてしまった。

「交流センターが急に閉鎖された……魔法使いとの交流事業が凍結されたらしい」

 つまり、そこから息せき切らして駆け戻ってきたわけだ。

「政野さんは?」

 頼みの綱となる大人は、この人しかいない。

 ところが、生徒会長は苦々しげに答えた。

「政野さんもいなくなった」

 これで、ミオノを止めるのに交流センターの協力を仰ぐことはできない。

 生徒会長は、更に悪い知らせを僕に告げた。

「太乙玲高校の生徒の何十名かが行方不明になっているらしい」

 禁呪を手にしたミオノたちだ。

 何かたいへんなことが起こらないうちに、僕の打った手が効果を発揮するよう祈るしかなかった。

 

 そして、数日後。

 僕の耳にも、こんな噂話が聞こえてきた。

「太乙玲高校の生徒が、魔法で何か面白いイベントを考えているらしい」

 長瀬雪乃に頼んだのは、これだった。

 同じ遊び人の女子たちに頼んで、あちこちで吹聴して回ってもらったのだ。


 事情を知らないで引き受けた頼みごとを、藤野は丁寧に果たしてくれていた。

 オタク仲間やネット仲間に流させた情報は、「#魔法使い」「#呪文」というハッシュタグをつけて地球上に拡散されたのだった。


《黒幕を知っているヤツがいるらしい》


《全部バレた、助けてほしい》


 それは、知っている者にだけ意味のつながりを持つ、言葉の断片だった。

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