第13話 制服姿の魔法少女、大ピンチ
「やっちゃったよ……」
完全に、僕の失敗だった。
マギッターで、藤野と思しき男子生徒とのやりとりをミオノにモニターしてもらうべきだったのだ。
確かに、生徒会長に助けてもらった僕を見放したのはミオノだ。でも、もしかすると途中で気が変わって、マギッターに触れていてくれたかもしれないのだ。
「自分から着信、鳴らすわけないよな……あのミオノが」
いったんそっぽを向いたら、僕が自分から回線を開くのを待つことだろう。
「格好つけるんじゃなかった……」
藤野がなかなか見つからず、自分で謝りたいのなんのときれいごと吐かして、マギッターから手を離していた僕がバカだったのだ。
もともとそんなふうに腹を括っていたのだから、僕はミオノが待っているだろう校門の前に、すごすごと失敗を報告しに戻るしかなかった。
日も沈みかかって、そろそろ薄暗くなってきた。
いくら魔法使いだからといって、女の子をひとりで放っておくわけにはいかない。
僕は神奈原高校の敷地内から、急いで駆け出した。
「ミオノ、ごめん……」
もうすっかり人影のなくなった校門辺りで、いるはずの辺りに見当をつけて声をかける。
だが、返事はなかった。
「ミオノ……!」
慌ててマギッターに触る。
さっき立っていた辺りに、ミオノの幻影が現れて僕を罵った。
《見つけらんないんなら、素直に連絡入れなさいよ》
《ごめん……》
口のなかでぼそぼそ言うのは、マギッターではそれで足りるからだが、面と向かって話しても、たぶんこうなったことだろう。
藤野が魔法使いに対してネット上で挑発を繰り返している犯人かどうかを確かめるどころか、本人を探し出すのにも失敗したのだから。
自分でいい格好して首を突っ込んだのに、面目も何もあったものではない。
だが、失意の反面、安心もしていた。
急にいなくなったミオノが無事なのを、マギッターの幻影ではあれ、確認できたからだ。
《シトミの報告なんか待ってられなかったから、先に行ったよ》
不機嫌を剥き出しにした顔で、不愛想に抑揚のない返事をする。
それでも、僕は尋ねた。
《どこ? 今》
頼まれた仕事が失敗に終わって、僕は無性に悔しかった。
今までなら、自分に都合の悪いことはすっぱり諦めて、僕でもうまくいきそうなことを探すところだ。
それなのに、どうしたわけか、ミオノの前でだけは失地回復、名誉挽回しなければ収まらない気がしていたのだった。
ミオノは、さらっと答えた。
《北洋堂っていう、この辺じゃ割と大きい本屋の前》
ちょっと、わけが分からなかった。
ミオノがしびれを切らしたのは無理もない。なかなか戻ってこなかったのは僕だ。
だが、そのまま置き去りにされるほど遅かったとも思えない。
僕を放り出して急がなければならないほどの事情とは、いったい何だったのだろうか。
《何があるの? その本屋に》
思わせぶりに、ミオノは答える。
《北洋堂でその手のがあるみたいね、なんか》
その手の、と言われても、ピンとこない。
マン研。
オタク。
魔法高校の制服。
……偏見かもしれないけど、背筋に寒いものが走った。
《やめろよ》
息も荒く、僕は止めた。
これがマギッターのいいところだ。
息遣いに合わせて、言葉に気持ちを乗せることができる。
もっとも、それはミオノの側でも言えることだ。
《シトミが役に立たないからじゃない》
不機嫌さを顔に出して、思いっきり素っ気なく返してくる。
でも、そんなことは全然、構わなかった。
というか、理屈が言えるほどの冷静さを、僕は失っていた。
《危ないよ》
《誰が?》
もどかしげに返事してくるところへ、必死で言葉を絞り出して追いすがる。
《あいつらだよ、あいつら!》
僕が言いたいことは最初から分かっていたんだろう。
面倒くさそうに、ミオノは口を開いた。
《あの人たち、何もできないわ。私には》
《分かんないよ、そんなの》
小太りの陰険な顔をした連中の目の前に、肩章のついた太乙玲高校の制服。
嫌がるミオノが嬲りものにされる様子が、不謹慎にも目に浮かんだ。
それに拍車をかけるようなことを、ミオノは言う。
《あいつら、私たち……は嫌いだけど、私……のことはそうじゃないわ、たぶん》
魔法使いには偏見があっても、制服姿のミオノ個人には興味津々だってことだ。
絶対に、放っておけない。
《一緒に行くよ》
もちろん、どれだけ真剣になっても、ミオノが応えてくれるはずがない。
《邪魔。着いたらマギッター入れるから》
そこでミオノの姿は消えた。
暮れ方の、誰もいない校門前の道が、再び目の前に現れる。
待ってなんかいられない。
スマホの地図検索で「北洋堂」の僕を確かめると、僕は薄闇の中を走りだした。
バスのアクセスなんか確かめている暇はなかった。
中央分離帯付きの二車線道路に沿って、僕は力の限り、自分の足で走った。
もちろん、陸上部でもなんでもない帰宅部の僕に、限界が来るのは早い
力が尽きれば、足がガクガク言って動かなくなる。
それは、時間の問題だった。
「ダメだ……どこだよ、その店」
少なくとも、オタクが溜まるような店が学校の周りにあるわけがない。
僕は道路脇の縁石に、そこらのヤンキーみたいに腰かけるしかなかった。
その後ろに、ゆっくりと止まった車がある。
「すみません、あの、ごめんなさい、僕、疲れてて!」
謝りながら立ち上がったのは、パトカーか何かに見咎められたかと思ったからだ。
でも、振り向いてみると、そこにはタクシーが止まっていた。
「どうぞ、乗ってください」
そう言う運転手の着た制服の型には、太乙玲高校のに似た肩章がついていた。
たぶん、魔法使いの運転するタクシーだ。
僕が乗り込むと、タクシーの運転手は、ぼそりとつぶやいた。
「ひとっ飛びできれたらよかったんだけど……『狭間潜み』の呪文で、昔の魔法使いみたいに」
そう言うなり、唸り声をあげて車を急発進させる。
走って行く方向には、帰宅ラッシュの車の群れがひしめきあっている。
それなのに。
運転手は低い声で唸り続ける。
「そんな呪文があったら、警察か公安の手先にされちまわあ……見てな、この技」
タクシーは全く減速しないで、明るい街中へと走って行くのだった。
マギッターが振動したので、ポケットの中で手を当ててみる。
目の前にタクシーの助手席シートと重なって、ミオノの幻が現れた。
まるで、実体のない幽霊と喋っているみたいだった。
《あ、バスの中?》
《ええと、そう》
僕はどうやら、魔法使いのタクシーに乗せられたらしい。
でも、それをミオノに告げるのは何だかきまりが悪かった。
マギッターの向こうからは、賑やかな声が聞こえてくる。
どうやら、オタクどもの声らしい。
ミオノに、異様な関心を示しているようだ。
《これ、太乙玲高校の制服だろ!》
《うおおおおお! 肩章! 肩章! 肩章!》
制服はともかく、何に興奮しているんだ、何に。
《本物? 本物の魔女っ娘?》
興奮の順番が、違う気がする
……って、僕は同類じゃないぞ!
向こうの雰囲気に呑まれていきそうな自分を、叱りつける。
そこで、聞き覚えのある声がした。
《名前! 名前教えて名前!》
藤野明だ。
確かに、今回の調査対象ではある。
だが、ミオノひとりで当たらせるには危険すぎた。
《え……どうしようかな》
僕にはキツいのに、なぜかミオノは弱気になっている。
ちやほやされて、いい気になってるんじゃないだろうか。
でも、マギッター越しに僕を見つめるミオノの目は、違うことを訴えていた。
……助けて、と。
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