第14話 魔法使いたちの、温かい絆
注目を浴びようがちやほやされようが、ミオノは魔法使いとしての使命感を忘れなかったらしい。
今は、藤野明がネットでの魔法使い叩き、誹謗中傷を煽っている本人であるかどうかを確かめるときだ。
不躾な視線や馴れ馴れしい物言いにぐっと耐えていたミオノだったが、やがて、意を決したように口を開いた。
《魔法使いに、興味があるんですか?》
精一杯、笑って見せているのがわかる。
もし、魔法使いたちに対する理解と関心の言葉を聞くことができれば、ここは賑やかな交流の場になっただろう。
だが、明の返事は軽いものだった。
《いや、君に……だってそれ、コスプレだろ?》
キザったらしく決めてみようとしたんだろうが、オタクはオタクだ。
顔つきは見えないが、どんな表情をしているかは、ミオノの様子を見れば分かる。
明らかに、引いていた。
しかも、魔法使いたちが誇りを抱いてやまない、太乙玲高校の制服はオタクたちにとって、肩章のついた珍しい衣装にすぎない。
この時点で、魔法使いだと明かすのは意味がないだけでなく、むしろ相手の警戒を招くおそれがあることははっきりしている。
それでも、ここで会話を途切れさせるわけにはいかない。
《いえ、私も興味があって、ちょっと魔法使い気分になってみようかな、なんて》
ちょっと苦しい言い訳だが、魔法使いへの興味についてどんな言葉を返してくるかで、疑いは濃くなりもすれば、薄くなりもする。
では、藤野明のもの言いはどうだったかというと……。
もともと好意的だとは思っていなかったが、僕の予想をはるかに超える急激さで、不愛想になったのだった。
《気味悪いだろ、あいつら。17年前から何するか、何考えてるか分かんないし。あいつらはあいつらで固まって暮らしてりゃいいんだよ》
吐き捨てるような言い方は、嫌悪感を通り越して、軽蔑を憎悪に満ちていた。
目の前の相手が本物の魔法少女だと知っていたら、ここまで言える度胸があるかどうか。
ミオノの表情は、一瞬で強張った。
目が、怒りで鋭く吊り上がるのが分かる。
完全に己を失っているのは、見ただけで分かった。
まずい……!
口元が、微かに動いている。
何かの呪文を唱えているのだ。
こんなところで魔法を使ったら、どんな大事件になるか。
藤野明が煽りの犯人だとしたら、これほど格好の材料はない。
呪文の詠唱が始まったのは、タクシーの運転手にも察しがついたようだっだ。
僕の怯えようが、よほど凄まじかったのだろう。
「ミオノちゃん、大激怒だね」
「知ってるんですか!」
僕は驚きのあまり、声を上げた。
マギッターから指を離しはしなかったから、ミオノにはうるさいくらいに聞こえただろう。
それでいい。
もしかすると、僕の大声が原因で呪文の詠唱が失敗するかもしれない。
運転手は、走行方向を見つめながら答えた。
「ミオノちゃん知らない人は、魔法使いにはいないよ。気が強いけど真面目だし、魔法使いの誇りをどうやって守るか、いつも考えてる。ミオノちゃんが何をしてるか、みんな知ってるよ。だから当然、シトミ君のことも」
「でも、どうして僕が佐々四十三だって……」
これも、わざと大声で尋ねる。
でも、ミオノが呪文の詠唱をやめることはない。
マギッターからは、別の声が聞こえた。
《ねえ、そのジャケットの下も制服なの? 太乙玲高校の》
藤野明だ。
それに同調して、見せて、見せて、と騒ぐ声が聞こえる。
タクシーが、タイヤを鳴らして急ブレーキをかけた。
「そういう話は、ミオノちゃんから聞いて」
ドアがバタンと開いたところで見えたのは、繁華街の歩道だった。
仕事帰りのサラリーマンや、塾通いの子供たちがせわしなく行き来している。
その間から見えた看板がある。
「……北洋堂」
店の名をつぶやくと、タクシーの運転手が叫んだ。
「急いで!」
店に飛び込むと、そこはごく普通の、新しい紙の匂いがする本屋だった。仕事や学校からの帰りに寄ったらしい客が、立ち読みをしているのが見える。
入り口には、上の階を指す矢印がでかでかと書かれていた。
コスプレイベントの会場を指しているらしい。
階段を駆け上がったけど、2階は専門書が並んだ重苦しい場所だった。
箱入りの分厚い歴史書や楽譜が棚に並び、紐で綴じた能や狂言の本が積み重ねられている。
騒ぐ声は、3階から響いていた。
その中から、ミオノの声がぽつりと聞こえる。
「……触らないでくれる? その脂ぎった汚い手で」
そんなことを言ったら、相手を逆上させるだけだ。
ミオノの身にも、危険が及ぶかもしれない。
僕は息を切らして、階段を駆け上がる。
「ミオノ!」
目の前にいたのを、手を掴んで引き寄せる。
悲鳴にも似た声が、怒りに任せて僕にぶつけられた。
「何すんのよ、シトミ!」
どう思われようと、構いはしない。
僕の胸元に転げ込んできたのを、抱き留めた。
温かくて、柔らかかった。
じっと睨まれたけど、知らん顔をする。
詰め寄ろうとしていたオタクどもの先頭にいた藤野明が、眉根を寄せて僕を見た。
「お前、確か……」
間髪入れずに、男の妄想を打ち砕くのに最も破壊力のあるひと言を口にする。
「彼氏」
そう言ったとたん、夢から覚めたときのような憮然とした顔で、オタクどもの波は引いていった。
ミオノの手を引いて階段を駆け降りると、目の前にはタクシーが待っていた。
運転手がにやにや笑いながら、ミオノをからかう。
「ご無事そうでなにより」
その目は、しっかりつながれた僕たちの手を見つめていた。
ミオノは慌てて手をふりほどくと、頭を下げて言った。
「ありがとうございます……あの、料金は」
僕がポケットをごそごそやっているうちに、タクシーは走り去っていた。
ごゆっくり、という声が、どこからか聞こえる。
そこで、ミオノの手が僕の顔を挟んだ。
正面から、じっと見つめてくる。
……え、もしかして?
僕たちのキスシーンが、頭の中に妄想となって浮かんだ。
と、思ったとき。
左右から、時間差でビンタが飛んできた。
通りすがりの人が、冷やかしの口笛を吹く。
呆然と見つめる僕を、ミオノは責め立てた。
「誰が誰の彼氏だって?」
さすがに、文句を言わないわけにはいかなかった。
「だって、放っておいたら……」
ミオノは、さらりと答える。
「あいつら、階段で将棋倒しになっていたわ。『つんのめり』の呪文で」
助けに来てよかった。
大事故になるところだった。
僕は思わず、手を振り上げた。
ミオノは不敵に笑う。
「何? 殴るの? 女を? 殴る?」
そんなこと、できるわけがない。
そこへ走ってきたのは、さっきのタクシーだった。
乗りますか、と聞くのはさっきの運転手だ。
「お願いします」
先に乗り込んで、ミオノに手を差し伸べる。
「……ありがと」
運転手にお礼を言いながら、ミオノは僕の隣に座った。
料金の支払い元としてミオノが指定した交流センターに、タクシーは向かう。
運転手が、さっきの経緯を長々と喋りはじめた。
「あの本屋さんの2階ね、実は魔法使いの常連が何人もいるんだよ。だから、占いとか薬の調合とかに必要な本が、よく入ってくるんだ」
そこで、何となく事情が見えてきた。
「マギッターですか?」
「そうだよ。ミオノちゃんがピンチだって情報が回ったとき、シトミ君を知っている誰かが、あの4車線道路を車か何で通りかかったんだろう。で、魔法タクシー運転手に、神奈原高校辺りで拾ってくれって連絡が回ったのさ」
それをどう思っているかと、隣に座っているミオノをちらりと見やる。
目が合ったところで、礼も言わずにそっぽを向かれた。
でも、気にもならない。
僕を知っているというと、ミオノが最初に紹介してくれた魔法使いの誰かだ。
頼りにしてもらったことに、何だか、胸の内が温かくなっていた。
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