第8話 こういうのも三角関係っていうんだろうか
そこでチャイムが鳴って、選択教室Cから普通科の3年生がぞろぞろと出てきた。
男子も女子もみんな真面目そうだったが、その中でひときわ目立つのがいる。
それが、長瀬雪乃だった。
スカートもそれほど短くないし、化粧っ気もない。髪も黒い。
だが、周りの生徒を見る目つきでもう、性格の悪さはすぐにわかった。
自慢じゃないが、トラブルを事前に察知して逃げまくってきたのが僕の人生だ。
こういう手合いを見抜く目には自信がある。
普通なら関わらないところだけど、そこはミオノのためだった。
だいたい、その幻影がマギッターで目の前にいるから逃げようもない。
《まあ、見ててあげるから》
頑張ってるつもりなんだが、ミオノのこの冷たさは何だろう。
さっきの女の子たちとも、うまくやったのに。
さらに追い打ちをかけてきたりなんかする。
《メインターゲットこっちなんだから、いい気にならないでね》
女の子たちといわゆるハーレム状態だったと言いたいらしい。
こっちは緊張の連続だったのに。
だが、ミオノの嫌味を気にしている場合じゃなかった。
長瀬雪乃が、廊下の角を曲がってしまう。
「すみません……あの、長瀬雪乃さんですよね」
声をかけると、怪訝そうな顔をされた。
当然だろう。想定内だ。
それでも、返事はあった。
「誰?」
ここで、正直に答えるべきか否か。
SNSの煽りの犯人かどうかカマを掛けているわけだが、お互い、神奈原高校の生徒だ。僕が嘘をついても、たぶんすぐにバレる。
「普通科2年B組の、佐々四十三っていいます。ネットの写真、見ました」
精一杯、笑顔を見せる。
あの魔法使いのオバサンが言ってたとおり、相手はまるごと受け止めないと。
効果はてきめんだった。
「あ、知ってるんだ、うわ……」
初対面のはずの長瀬雪乃が、照れ臭そうに笑った。
そこで僕は、次の手を打つ。
「写真と全然、雰囲気違いますね。驚きました」
「でしょ? そうよ、こっちも私。よろしくね、シトミくん」
魔法使いのボーヤ、おそるべし。
否定しないだけでこれだけの効果があるとは。
今までの僕からは考えられないほど、いい雰囲気になっていた。
ところが、そこでミオノの幻影が文句をつけた。
《デレデレしてる場合? 早く本題入って》
何が気に食わないのか知らないが、ちょっと怒っていた。
そういえば、マギッターに触ったままだった。長瀬雪乃はともかく、僕の言ったことは筒抜けだったわけだ。
そこで、僕はちょっと、ポケットの中のスマホから指を離す。
ここからは、ミオノに聞かれてはまずい話題に入るからだ。
「いろんな学校の女子、いっしょに映ってますよね」
「結構、顔広いから、私」
自慢げに言われると、ちょっとムカつく。
だが、そこは抑えて尋ねてみた。
「太乙玲高校の女子は?」
ミオノが聞いたら、絶対に怒るだろう。
でも、本題に入るための話の振り方は、これしか思いつかなかったのだ。
そして、僕の読みは当たった。
魔法高校の名前を口にした途端に、長瀬雪乃の表情が曇る。
それに合わせて、吐き捨てるような言葉が返ってきた。
「ああ、あの子たちね? 男子みんな、騙されてるのよ。制服、なんかコスプレっぽくて可愛いでしょ?」
「え? ああ、そうですね」
サラリーマン風の魔法使いオジサンの教え通りの相槌を打つ。
そこらの男と同じ扱いをされるのは面白くなかったが、図星といえば図星だった。ミオノをそういう目で見ていたことは否定できない。
マギッターから指を離していて正解だった。
だが、そのスマホは、何かを催促するように振動する。
たぶん、幻影チャットに応じろという、ミオノからの催促だ。
仕方なく指をスマホに当てると、運がいいのか悪いのか、長瀬雪乃は決定的なひと言を口にしてくれた。
「大人しいふりしててさ、結構、男漁り激しいんだ、あの魔法少女とかいうの」
たちまちのうちに、目の前には怒りに震えるミオノの姿が現れた。
その顔つきは、魔法少女というより、森の奥か荒野に棲む魔女というのがふさわしい。
凄まじい勢いで、ひと息にまくし立てる。
《そんなわけないだろお前らと一緒にすんな何とか言え佐々四十三!》
なだめないわけにはいかなかった。
長瀬雪乃がSNSでの煽りの犯人かどうか、判断できるのはミオノしかいない。
冷静になってもらわなくては困る。
《ちょっと待ってちょっと待って、落ち着いてよ》
そう言っておいてから、長瀬雪乃に笑いかけてみせる。
僕のリアクションが遅いからだろう、きょとんとした顔をしていた。
でも、反応は悪くない。
そこで僕は、ちょっと変化球を投げてみた。
「でも……男子って、古風な子が好きなのかもしれませんよ」
あのボーヤの言ったことには反する。
何か聞きだしたかったら、相手の意見を批判してはいけなかったはずだ。
だが、これ以上、長瀬雪乃に同調してミオノを怒らせても面倒だった。
マギッターのコメントは、すぐに返ってきた。
冷ややかな顔で、ツッコミを入れてくる。
《それ、キミの趣味だよね》
《一般論です》
それは、嘘だった。
他の男子の趣味など、僕は知らなかった。
ミオノの追及は、さらに続く。
《で、私は今風の女子高生だと》
《めちゃめちゃ古風です》
それも僕の本音だった。
魔法高校の生徒だからかもしれないが、スカートは短くないし、ボランティアに参加したりして、物事を真面目に考えている。
いわゆる、今時の高校生らしさに馴染めない僕にとって、ミオノは安心して関われる相手だった。
ミオノにはどう思われているか分からないが、それは別に構わなかった。
そんなわけで、古風な子が好きだと本音を言っても気にもならなかった。
だが、なぜかミオノは気まずそうに黙り込んだ。
……誤解されただろうか。
そっちの方が気になったが、長瀬雪乃の言葉に邪魔された。
「古風と地味は違うよね」
「え、ええ、そうですね」
僕の返事で、たちまちミオノの形相が変わった。
まずい。
せっかくなだめたのに。
長瀬有紀よりも、どっちかというとこっちの扱いのほうが面倒だった。
ミオノは、怒りを抑えた淡々とした声で尋ねる。
《何て言ったの? あの女》
とっさに嘘がつけるほど、僕は器用じゃなかった。
正直に答えるしかない。
《あの……古風と、地味は違うと……その、辞書で引くと》
とっさのひと言を付け加えたが、ムダだった。
ミオノは片方の眉を吊り上げる。
《はア?》
《落ち付いってってば……》
そんなことしか、僕には言えなかった。
もちろん、そんなことではミオノは収まらない。
《ちょっと一発カマしていい? その女に》
《あの、魔法効かないんじゃ》
しまった。
怒り狂っている相手についツッコんでしまった。
ここは、あの魔法使いのお婆さんに従って、話を最後まで聞くしかない。
ミオノは深いため息をついた。
《頼むね、佐々君……私の代わりに》
魔法でも殴り込みでもなかったらしい。
だいたい、あのミオノさんが、軽はずみなことをするはずがないのだ。
ほっと息をついたところで、長瀬雪乃には怪訝そうな顔をされた。
慌てて、うっとりとした顔をしてみせる。
「そうかな……先輩にも似合うと思うな、あの太乙玲高校の制服」
「そう? そう思う?」
長瀬雪乃は、つまらないことで褒められた子どものようにはしゃいだ。
バカだ、この女。
単純なだけかもしれないが。
一方でミオノは、また不機嫌になった。
《なに妄想してるの、変態!》
《こうでも言わないと収まらないだろ》
それはミオノも納得してくれたらしい。
吐き捨てるように言った。
《やっぱりバカだ、この女》
それは同感だったので、つい、口に出してしまった。
「僕もそう思うけどさ」
しまった、と思ったが、ミオノの言葉が長瀬雪乃に聞こえるわけがない。
そこは心配しなくてもよかったが、ちょっと困ったことにはなっていた。
長瀬雪乃が、おかしな誤解をしたのだ。
「もしかして、告白に来た? 佐々君」
「いや、そういうわけじゃ……ちょっと」
何でそうなるのか。
自意識過剰にもほどがある。
あらゆる男に自分がモテるなんて思ってるんじゃないだろうか。
実をいうと、見ていていちばん腹の立つタイプだった。
だが、マギッターを使っている以上、僕の醜態はミオノにモニターされている。
僕の耳元に、意地悪なひと言が囁かれた。
《頑張って、佐々クン》
《何をって……どうしたらいいの?》
さあね、とミオノは知らん顔を決め込む。
長瀬雪乃はというと、僕の言葉の続きを待っていたらしかった。
その表情が、一瞬にして曇る。
さっきまでのはしゃぎ加減がひっくり返って、追及の口調に変わった。
「ひょっとして、嘘コク?」
嘘の告白も何も、すべて長瀬雪乃の思い込み、というか思い上がりだ。
僕が恥をかかせたわけじゃない。
だが、こういうとき、世間というものは女性に味方する。
とくに、見かけが可愛ければ可愛いほど。
だが、天は僕を見捨ててはいなかった。
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