第7話 ターゲットへの道は遠いよ
そんなわけで。
ミオノに文字通り尻を叩かれて、僕は校門の内側へ追い返された。
だが、途方に暮れるしかない。
まず、長瀬雪乃がどこで、いつまで特別講座を受けているのか、調べなければならなかった。
この学校にあるのは、受験バリバリの進学科と、資格取得優先の実業科。
そして、僕が転入してきた、どっちでもいい普通科がある。
進学科と実業科は共に、放課後も教室に残る。
受験と検定のための特別講座を受けなければならないからだ。
問題は普通科で、講座によって教室が違う。
長瀬雪乃がどこで、どの講座を受けているかなど、職員室で担任に聞くわけにもいかない。
無難なのは、生徒同士の雑談に上手く割り込んで、それとなく聞き出すことだ。
「すると、女子だよな……」
女子の情報を聞きだすなら、それがいちばん確実だろう。
そこで、僕の致命的な弱点が問題になる。
生まれてこの方、自分から女の子に話しかけたことなんかほとんどないのだ。
結論から言うと、完全に失敗だった。
生徒玄関で、部活に向かうらしいジャージ姿の女子に声をかけてみた。
だが、「何?」と可愛らしく小首を傾げられると僕は逆に固くなり、その場から何も言えないままに逃げ出したのだった。
これでは、いつ長瀬雪乃に近づけるか分からない。
週番の腕章を着けた女子が放課後の巡回をしていたので、声をかけてみた。
その女子は、長瀬雪乃の名前を出す前に、特別講座の教室を案内しようとする。
その話を「いや、そうじゃなくて」と遮ると、週番の女子は「私、忙しいんで」とだけ言い残して、行ってしまった。
仕方なく、他に話を聞きだせそうな女子を探すと、生徒指導室から出てきた、明るい栗色の髪をした生徒に出会った。髪を染めて叱られていたらしい
ちょっと唐突かとは思ったが、敢えて長瀬雪乃を知っているか聞いてみた。
不審がられるかと思ったが、僕が告白でもしようとしているとでも誤解したのか、「ちょっとでもランク高い大学入って、金のあるいい男見つけたい女だからやめとけ」と忠告された。
別に聞きたい話でもなかったので適当に相槌を打っていると、いきなり「聞いてるんのかオマエ」と凄まれたので走って逃げた。
部活、週番、ヤンキー系と来て、放課後の学校で情報源になりそうなのは、いわゆる文学少女くらいしかなかった。
もちろん、失敗した。
図書館に居残って読書にふける女子が1人いたが、ダメで元々と思いながら、長瀬雪乃が特別講座を受けている教室を知らないか尋ねてみると、「何で私に聞くの?」のひと言で撃沈された。
力なく図書館を出たところで、ポケットの中のスマホが振動した。
廊下には、誰もいない。
慌ててスマホに触って着信音を止めようとすると、制服姿のミオノが突然、目の前に現れた。
「ダメだよ、入ってきちゃ……」
そう言いかけたところで、ミオノは唇に指を当てる。
《大きな声出さないで。これ、佐々君にだけ見える幻なんだから》
そういえば、ミオノの身体の向こうに、遠くまで続く無人の廊下が透けて見える。
「これも魔法?」
小声で尋ねると、指先でスマホが微かに震えた。
《周りの音はこっちにも聞こえるけど、シトミが話すのに大きな声は要らないわ。歯の間から息を吐く感じで、口と舌だけ動かして。その響きをアプリが感知して、佐々君の姿と言葉をこっちに送ってくれるから》
僕は言われた通り、マギッター仕様の発声に切り替えてみる。
息をシューっと静かに吐きながら口の中で言葉を形作る。
《チャットはどうすればいいの?》
その声は向こうに伝わったらしい。
ミオノが返事をしてくれた。
《スマホは、画面見なくていいの。ただ、触ってるだけ。着信の振動が指先から脳に信号を送ってくれるから。こっちの音と声はシトミの頭の中で再現してくれるし、イメージもこんなふうに見せてくれるから》
ミオノの前にも、いつの間にか「くん」を外してシトミ呼ばわりされている僕の姿は現れているはずだ。
僕はそれとなく、背筋を伸ばす。
あんまり格好悪いところは、見せたくなかったのだ。
何となく、ミオノが笑ったような気がする。
それにしても、絶妙のタイミングだった。
早くも、打つ手がなくなっていたのだから。
《どうして、連絡くれたの? ミオノさん》
嬉しいやらホッとするやらで、何となく聞いてみた。
皮肉たっぷりの言葉が返ってくる。
《途方に暮れてるだろうと思ってね、たぶん》
図星だった。返す言葉もない。
そこで、急に制服姿のミオノの姿が目つきの悪い、ちゃんちゃんこ姿の老婆に変わった。
《何? このバアさん! あ、変身? これも魔法?》
聞いてみたけど、ミオノの返事はない。
老婆は顔をしかめて僕を睨みつけた。
《ババアで悪かったね。ミオノちゃんに頼まれなかったら、アンタなんぞ助けやしないよ。何しくじったか、言ってみな》
魔法使いのお婆さんらしい。僕を全くあてにしていないミオノが、知恵を借りるよう助っ人をよこしたのだ。
僕はまず、最初の部活女子への声掛けをしくじったことを話した。
お婆さんの答えは厳しいものだった。
《人の話は最後まで聞け! その子、ちゃんと話せば教えてくれたはずだよ》
それっきり、お婆さんの姿は消えた。
続いて現れたのは、半袖に短パンの可愛らしい男の子だった。
僕をじろじろ眺めて、偉そうな口を利く。
《ふうん……ま、ミオノお姉ちゃんの頼みなら、仕方ないかな》
ムカッときたけど、そこはこらえて、週番女子とのやりとりを説明した。
男の子は、完全に僕を小馬鹿にした口調で答える。
《人の話にツッコむな! 黙って聞いてたら、たぶん話の糸口はあったよ》
入れ替わりにやってきたのは、背広姿の中年男性だった。
《たいへんだったね。ミオノちゃんも、本当は心配してるんだよ》
今度はまともそうだと思ったので、横柄なヤンキー少女のことを愚痴った。
すると、男性は急に真顔になった。
《相槌は真心から! 何でもない話は、知りたいことを聞きだすきっかけだよ!》
最後に現れたのは、エプロン姿の太ったオバサンだった。
《あら、ミオノちゃんてば隅におけないわねえ、こんな可愛らしいボーヤを》
人は良さそうだが、下手なことを言えば豹変するタイプだ。
図書館での出来事は言葉を選んで話したが、リアクションは予想通りだった。
僕はそこらの子供のように、頭から怒鳴りつけられた。
《アンタ相手をいい加減に扱い過ぎ! いい人だな、素敵だな、と思って話せ!》 そこで態度を変えて付け加えるには、アンタ可愛いんだから、頑張んなさいという余計なひと言だった。
魔法使い関係者のご指導はひと通り終わったらしく、再びミオノが姿を現した。
《そういうわけで、リベンジしてきてね。またしくじったら、今度は老若男女まとめて来てもらうから》
それはもう、勘弁してほしかった。
頼みもしないのにやってきた相手と、面と向かって話し続けるのはつらい。
魔法使い専用SNS、通称マギッター。
実に恐ろしい、異文化というか、異文明の利器だった。
そろそろ、特別講座の終わる時間だった。
僕は女子たちから長瀬雪乃の居場所を聞き出すために、校内を歩き回った。
まず、出会ったのはさっきの部活女子だった。
再び現れた僕にきょとんとしていたが、気にしないで長瀬雪乃の名前を出す。
すぐ答えてくれた。
「長瀬は知ってるけど、放課後は見てないな。いないんじゃない?教室には」
週番女子にも会うことができた。
さっきのことがあるから態度は冷たかったが、それでも口は利いてくれた。
「何? 雪乃のこと好きなの? 選択教室じゃない? ABCの3つあるけど」
まさか、あのヤンキー少女に出くわすとは思わなかった。
目が合った瞬間、殺気立った目で睨まれたが、そこは平身低頭で臨む。
面倒臭そうに話すのを、僕はいちいちごもっともという態度で辛抱強く聞いた 「ん~……オマエ、よく見ると結構イケてんじゃん……」
と言われれば。
「はい……そうですね」
と答えるしかない。
「オレとちょっと付き合わない?」
と言われても。
「はい……そうですね」
と答えるしかない。
それでも、雰囲気は次第に和やかになった。
しまいには、聞きたいことをやっと教えてもらうことができた。
「ウソだよ。あ、雪乃だったら、図書館の辺でみたことあるぜ。似合わねえ……」
最後の1人は、あの図書館少女だった。
本棚の側で見かけたが、冷ややかな視線を投げかけられただけだった。
手を伸ばした高いところから本を1冊、代わりに取ってあげると、目を伏せて頭を下げた。
話しかけるきっかけを、僕は逃さなかった。
「さっきは、ごめん。図書館にいる君だったら、長瀬さん見てないかと思って」
囁きかけると、驚いたように聞き返してきた。
「知ってるんですか? 私のこと」
「ええ、まあ……」
この女子には済まないけど、大ウソだった。
この時間に図書館で本を読んでいる子は、たいていそれが習慣になっている。
前にいた学校もそうだった。
図書館少女は、聞きにくそうに尋ねてきた。
「あ、もしかして、長瀬さんのことを?」
さっきのヤンキー女子もそうだが、何でこう、そっち系の想像をするんだろう。
そんなツッコミは置いておいて、僕は曖昧に答えた。
「ええ、まあ……そういう話は、ちょっと」
すると、図書館女子は僕から受け取った本を胸に抱えて微笑んだ。
「じゃ、頑張ってね。そこの選択教室Cで待ってるといいわ」
囁き声を返して手近な机へと歩いていく図書館少女を後に、僕は廊下へ出た。
選択教室Cは、すぐ近くの曲がり角にあった。
そこでつくづく感じたことがある。
それは、魔法使いたちの知恵の深さとネットワークの強さだった。
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