第6話 尻込みしたら、尻を叩かれた
放課のチャイムが鳴ると同時に、僕は掃除なんか忘れたふりをして、教室を飛び出した。
廊下の人混みをかき分け、階段を駆け降り、生徒玄関でつっかけた靴に自分ですっ転びそうになりながら、神奈原高校の門へとダッシュをかける。
そこからひと足踏み出せば、幡多ミオノが下校中の女子と同じ制服で待っているはずだった。
息が弾むのは、全力疾走したせいだけじゃない。
ミオノが僕のことをどう思っているにせよ、放課後の時間を少しでも共に過ごせると思うと、胸が高鳴った。
校門の外で待っていたミオノの姿は、帰る女子たちの群れに紛れても、割と目立った。
仕方がない。どんな女の子よりも可愛くて、プロポーションもいい。すれ違う男子は、10人中8人が振り返る。注目度はかなり高かった。
僕は慌てて歩み寄った。
「待った?」
これでも、男子の視線を遮るために、ミオノの盾になったつもりだ。
とはいえ、何だかこれからデートするみたいで、浮かれてもいたのも事実だ。
ミオノには、その辺りもしっかり見抜かれていたらしい。
ものも言わずに、スマホ画面を突きつけられた。
かなり派手めのバカそうな女子が、私服姿でピースサインなんかしている。
スカートも、めちゃくちゃ短い。
写真の下のほうには、「3年
この女子が、容疑者その1というわけだ。
確かに、魔法高校の生徒をネット上で誹謗中傷するくらいのことは、やりそうに見える。
これで当たりなら、ミオノから預かったミッションは終了だ。
そう思うと、ハズレであってほしいという気持ちが、不謹慎にも頭の中のどこかをよぎった。
もちろん、そんな邪念は首を振ってどこかに吹き飛ばす。
ミオノは怪訝そうな顔で僕を見つめていたが、露骨なくらいに明るく笑った。
「じゃ、お願いね」
その笑顔は眩しかったが、実をいうと、この長瀬雪乃とかいう3年の女子をなるべく後回しにしたい気持ちは変わらなかった。
決定権は確かにミオノにあるが、僕にも僕の都合がある。
くどいようだけど、真珠のしずくにも喩えられる乙女の涙を使うのは、どう考えても反則だった。
でも、引き受けたからにはやり切るのが、男のけじめというものだ。
そこに自由裁量の余地を求めたって、バチは当たらないと思う。
だから、なるべく言葉を選びながら、相談を持ち掛けてみた。
「調べる順番って、決まってるの?」
ミオノが不機嫌に眉を寄せた。
「冗談や遊びでやってるんじゃないんだけど」
それは重々、承知の上だ。
でも、僕はさりげなく食い下がった。
「今日、初めて聞いたからさ、その、長瀬雪乃って人の名前」
「だから?」
ミオノの返事は冷ややかで、素っ気ない。
まっすぐ見つめてくる眼差しは、僕の全身を凍り付かせた。
これも、もしかすると、魔法?
そう思いながらも、どうにか身体の奥から言葉を絞り出した。
「ほら、もう学校終わっただろ? もしかすると帰ったとか……」
やっとの思いでひねり出した小理屈だった。
だが、ミオノはため息ひとつ、僕を睨み据えて一気にまくし立てた。
「長瀬雪乃、神奈原高校普通科3年C組出席番号22番、身長157cm体重たぶん42㎏、血液型AB型スリーサイズ上からB87W54H89あ~なんかむかつく彼氏なしそりゃいないわよねあの女の正体知らないのあんたぐらいだもん放課後は真面目面して暗くなるまで特別講座受けて、それから夜の街でバカ女子ども連れ歩いて塾帰りの男子カモにして財布代わりにしてるってことぐらいは調べがついてるの、分かった?」
あまり目立ってはいけないので、小声なのは仕方がない。
それに加えて、早口なうえに情報があまりに濃すぎて、話の内容を整理するのにちょっと時間がかかった。
「分かった、だいたい……」
それだけ答えた僕だったが、しばらく無言で突っ立っているしかなかったせいか、ミオノもいい加減イライラを募らせはじめていた。
「これだけ情報あげたんだから、あとは自分で確かめられると思うんだけど?」
冗談じゃない。
気分としては、余計に引いた。
愛想笑いするしかない。
「そうだね、よく……知ってるね」
いや、よく知っているどころか、もはや限度を超えていた。
僕にしてみれば、ここまで個人情報とプライバシーを調べ上げておいて、ネット上の煽り行為の有無が何で確認できないのか分からない。
顔には出さないように気を付けていたが、そこはミオノもやはり魔法使いだった。
不審に思う気持ちは、しっかり読まれていた。
「それなり情報網があってね。学校はしっかり分けられてるけど、それ以外の場所だったら、なんだかんだ言って、ぱっと見はもう、区別なんてつかないし。あとは、ちょっと声かければ、すぐ」
どうやって、と聞こうと思ったが、魔法使いの情報収集の方法は、すぐに思い当たった。
「ああ、あの、マギッター……」
ミオノが、指を自分の口に当てた。
目は、相変わらず、結構怖い。
校門の前に待たされているとはいえ、気持ちは完全に臨戦態勢に入っているようだった。
「バレるようなこと口にしないの」
魔法使いという単語だけではなく、それに関係する言葉は全てNGらしい。
だが、それはそれで、僕にとってはありがたい条件だった。
「気をつけはするけど……いきなりはちょっと、幡多さんたちに迷惑、かかるかなって」
つまり、今日のところは任務遂行の自信がないということだ。
少しでいいから時間を置いて、心の準備をしたかった。
だが、ミオノはそれを許してはくれなかった。
「悠長なこと言ってられないのよ。煽りの犯人が分からないと、ウチのあの人たち、いつ暴発するか分かんないから」
まるでXのYがどうたら言われてるようで、全然意味が分からない。
「どこの誰がどうするって?」
別に誰でもよかった。
長瀬雪乃の調査を後回しにするきっかけが作れれば、それでいい。
ミオノは言いにくそうに答えた。
「覚えてない?
聞いた覚えはあったが、思い出すのにちょっと時間がかかった。
確か、バス停と、太乙玲高校の門前で会ったあの不愛想な男子生徒だ。
「ああ、あの……」
態度のデカいヤツ、と言おうと思ったが、やめた。
いくら気に食わないとは言っても、ミオノにとっては同じ魔法使いだ。
侮辱するようなことは言うべきじゃない。
だが、ミオノは割とはっきり言い切った。
「いつも偉そうでさ、私も困ってるの。いちばんトラブル起こしそうなの、あいつだし」
それは納得できた。
バス待ちの列への割り込みを咎めたり、ミオノを魔法高校の門前で待っていたりしただけで言いがかりをつけられてはたまらない。
そういえば、昨日は周りに何人もいたような気がする。
「何? あの人たち……」
身の安全のために聞いてみると、ミオノの表情は曇った。
「後で話す」
どうやら、魔法使い関係のNGワードを口にしなくてはならないらしい。
まずいことを聞いてしまったようだった。
「ごめん……」
「だから」
お詫びの言葉が遮られる。
ミオノは、再び険しい顔つきになって僕を見つめていた。
返す言葉に詰まる。
「ええと……」
ミオノの眼差しが気になって、今まで何の話をしていたか、自分でも分からなくなる。
そこで、トドメのひと言が不意打ちのように放たれた。
「さっさと長瀬雪乃と話してきて、佐々君」
嫌みったらしいダジャレの裏に、強烈なプレッシャーがあった。
もう、ごまかしきれない。
僕は正直な思いを告げた。
「それ、後回しにできない?」
ただし、その理由は、言えなかった。
僕が産まれてこの方、まともに話ができる女子は、実を言うとミオノが初めてだったのだ。
それだけに、冷ややかな返事は悲しかった。
「自分からやるって言ったんでしょ」
気が付かないうちに、僕はくるりと180°回転させられていた。
後ろから尻を叩かれて、あたふたと神奈原高校の構内へ戻る。
もしかすると、これも魔法だったのかもしれない。
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