第22話 夜闇の中に、ふたりの影が重なる
ものすごく悲しかったけど、全てはミオノの狂言だったと考えれば、辻褄が合う。
もっとも、それを仕組んだ本人が、しかも幡多ミオノが、それを素直に認めるわけがない。
「ひどい言いがかりね。見損なったわ」
そう言いながら、相変わらず、人を小馬鹿にするような顔で僕を見つめてくる。
もちろん、これは挑発だった。
今までの事件を仕組んだのは自分だと明かしておいて、それを暴いてみせろと言っているのだ。
もちろん、僕は受けて立つ。
ミオノのことなら、そのくらいの気持ちは立ち居振る舞いから軽く読み取れるようになっていた。
まるで、魔法使いたちが読心術を使うときのように。
人の顔色ばかりうかがって生きてきたうえに、事件とは無関係の人たちの痛くもない腹を探らされたおかげだ。
「まずミオノは、わざわざ自分たちへの偏見と暴力を煽ったんだ。マギッターじゃないSNSを使って。そして、ヒノエたちの怒りを搔きたてて、時空を操る禁呪を復活させたんだ……『狭間潜み』を」
もう5月だというのに冷たい夜闇の中で、魔法少女はやっと肩の荷が下りたという顔で答えた。
「すごい悪者ね、私……さすが魔女。同じ魔法使いを犠牲にするなんて」
最初にマギッターで出会った、魔法使いのオバサンやお婆さん、サラリーマン風のおっさんや小生意気な男の子の姿が目に浮かぶ。
みんな、ミオノが大好きだったのだ。
「だから、誰からも疑われなかった。仲間たちや政野さん、生徒会長からも……そして、僕からも。君が調べさせた長瀬雪乃も、藤野明も、小笠原健太郎も、みんな目くらましだったんだ」
一緒に過ごした毎日の裏側を暴き立てるのは、たまらなく悲しかった。
たとえ、それがミオノ自身からの挑戦だとしても。
ただ利用されただけだなんて、思いたくはなかった。
でも、ミオノはとどめの一言で、全てを認めた。
「本当に便利だったよ、シトミ君は」
僕はミオノにとって、それだけの相手でしかなかったのだ。
すると、あの出会いは何だったのだろうか。
「最初に会ったときから?」
ミオノは、面倒臭そうに声を荒らげる。
「聞かないでよ、分かり切ったことは」
それでも食い下がったのは、未練がましいというのか、往生際が悪いというのか。
「そんなことまでしてやらなくちゃいけないこと? 禁呪の復活は」
毅然とした声が、凛と張り詰めた夜の空気を震わせる。
「そうよ。立ち上がるべきなの。私たちは」
そこまで言われても、やっぱり諦めきれなかった。
「信じてる。本当は、そんなことしたくなかったんだって」
深いため息と共に、答えが返ってきた。
「私は最初から、あなたたちが嫌いだった」
それは魔法使いとして、そうでない人々との決別を告げる言葉だった。
僕は卑屈なくらいになりふり構わず、泣き落としにかかった。
「守ってくれたじゃないか、さっきだって」
「シトミを守ったんじゃないわ。あそこでヤンキーどもに怪我でもされたら、警察沙汰になって面倒だからよ」
そんな言葉で突き放されても、僕は挫けなかった。
口は悪いし偉そうだし、人の好き嫌いで態度の裏表はコロコロ変えるけど、本当のミオノは決して、そんな女の子じゃない。
それは理屈じゃなくて、僕が心の奥底で感じ取ってきたことだった。
でも、それをミオノに伝えることはできなかった。
「違う、違う、違うよ、そんなこと言うなよ……」
こんなことしか言えないのがもどかしい。
だいたい、そんな気持ちは簡単に言葉にできるものではないのだ。
それでも、僕は自分の気持ちを伝えるべきだった。
どんなにカッコ悪くても、たとえ嫌われても。
もたもたしているうちに、僕は最後のチャンスを失った。
何も言えないままミオノを見つめる僕の前に、天から降ってきたとも地から湧いたともつかない影が、突如として現れたのだ。
「遅いぞ、ミオノ」
愛想のない声には、聞き覚えがあった。
背はひょろりと高い。校門の灯を背にしているので顔はよく見えないけど、その目はたぶん、冷たい。
ミオノは、心底困り果てたという声で、その男に訴える。
「ごめん、ヒノエ。しつこくて……こいつが」
もちろん、こいつ呼ばわりされたのは僕だ。
本当にさっきと同一人物かと思うほどの、変わり身の早さだった。
ミオノを背中にかばったまま、そいつは僕を見下ろしながら告げた。
「普通のやつらがちょっかい出すんじゃねえよ、魔法使いにさ」
それは確かに悪態以外の何物でもなかったのだが、僕の耳にヒノエの声はこの上なく晴れやかに聞こえた。
なんだか、ずっと押し込められていた牢獄を破って出てきた囚人が、これまで虐待を加えてきた看守に浴びせる嘲笑のようにも聞こえた。
僕はといえば、どこまでも沈んでいく気持ちを感じないではいられなかった。
でも、それはヒノエの勢いに呑まれてしまったからとか、そういう意味ではない。
「こんなことしたって、ますます嫌われるだけだよ」
それが、たまらなく、悲しかったのだ。
禁呪のために仲間を危険にさらしたミオノが。
いや、新たな魔法の力を得て、有頂天になっているヒノエまでもが。
さらに、この魔法高校の男子は、興奮の色を増した甲高い笑い声で僕を罵り倒す。
「……ってことは、俺たちが嫌いだってことじゃないか、お前も」
ヒノエの理屈からすれば、そういうことになるのだろう。
僕は「普通の奴ら」のひとりなのだから。
でも、その言い分をまるごと認めるわけにはいかなかった。
「そういうんじゃない」
もっとマシな反論がありそうなものだが、心の中から溢れ出しそうな思いを口にしようとすれば、喉につっかえて、代わりに鼻水と涙になって流れだしそうだった。
仕方がないから、僕は口を固く結んで息を止めて詰め寄るしかなかった。
ヒノエは後ずさる。
「お前らはいつだってそうだ、俺たちには何もされないのをいいことに言いたい放題、やりたい放題、それを責められると、そうやって何も言わずに……」
そう言っている間にも、僕は身体の中を駆け巡る感情を形にできそうな言葉を探しては吐きながら、少しずつ、しかし前へ前へと歩みを進めた。
「違う、もうちょっとなんだ、もうちょっと話せば……」
ヒノエはというと、ミオノのほうへと退いていく。さっきまでよく動いていた舌は次第にもつれはじめ、とうとうこんな情けないことしか口にできなくなっていた。
「近寄るな、俺にもミオノにも」
もしかすると、それが魔法の呪文だったのかもしれない。
その言葉には、僕の心の奥底に働きかける何かがあったのだろう。
足がもつれたのか、何かにつまずいたのか、僕は前に思いきりつんのめって倒れていた。
地面に叩きつけられた腹や胸や脚の痛みにこらえながら、僕はようやくのことで顔を上げた。
「聞いてくれよ……僕の話を」
そこにいたのは、ヒノエじゃなかった。
校門の灯を背にしてもなお、暗闇の中にそれと分かる冷たい目が僕を見下ろしているのが分かる。
ミオノだ。
何か声をかけてくれないかと期待したが、その言葉が向けられたのは僕じゃなかった。
傍らに立つヒノエに寄り添うと、その耳元に囁きかける。
「教えて……禁呪を」
いつもは人……というより僕ばかりを突き放すようなことばかり言っているのに、今夜のミオノの声には、甘い響きがあった。
抑揚のない声が、低く囁き返す。
「危険な呪文なんだ。声に出すだけで、周りにどんなことを引き起こすか分からない」
「構わないわ。だって、ここはもともと、私たちの場所じゃないもの」
つまり、魔法使いの学校でなければ消えてなくなってもいいということだ。ミオノの口からそんな言葉が出たのには、僕も胸を締め付けられる思いがした。
それじゃあ、とヒノエの声が答える。
だが、ミオノはみなまで言わせようとはしなかった。
「抱き締めて、このまま」
そのひと言を最後に、ふたりの魔法使いが影が重ねた。
聞こえる言葉は何ひとつなく、ひとつになったその姿もまた消えていた。
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