第21話 明かされる秘密
もちろん、僕の指先なんか、電光はおろか水鉄砲だって出せるはずもない。
それなのに、暗闇を割いてほとばしった眩しいばかりの閃光が、襲い来るヤンキーどもの足を止めた。
こっちが抵抗できないと思ってか、さっきまで勢いづいていたのはどこへやら、ひとり残らず足を止めて、お互いに先を譲りながら目配せしあっている。
「こいつ……本気だぞ」
「いや、俺らには魔法効かねえってよ」
「じゃあ、先行けよ」
「いや、俺よりもお前が」
もちろん、突然の魔力が僕に目覚めたわけというわけじゃない。それでも、目の前のヤンキーどもに二の足を踏ませるには充分だった。
僕に傷つけられることなどないのは分かっているのに、いや、分かっているからこそ、逃げようにも逃げられないのだ、連中は。
とはいえ、それは僕も同じことだった。ここで逃げれば、魔法使いだというハッタリは崩れ去る。
でも、僕がこの場に留まった理由は、他にあった。
押し合いへし合いするヤンキーどもの影の向こうに、校門の明かりに照らされて佇む人影があった。
幡多ミオノだ。
「もう、何も怖くない」
そうつぶやいて歩きだすと、何を誤解したのか、ヤンキーどもは揃って後ずさった。
もちろん、さっきの閃光はミオノの魔法だ。だけど、僕はそんなもの、あてにはしていない。
ミオノが見てくれている。それだけで充分だった。
どんなつらい過去を背負わされても、もう逃げる気はなかった。
もっとも、気持ちだけでは預言者が海を割るようなわけにはいかない。
ヤンキーどものひとりが腹を括れば、あとはドミノ倒しのようなものだった。
「なめんなコラ!」
「ボコボコにやったるぞ!」
「やり返してみろや!」
次々に喚き散らしながら、僕に向かって突進してくる。
それでも、ミオノに向けられた僕の歩みは止まらない。
「今、そっちへ行く」
「いい度胸じゃねえか!」
勘違いの怒号と共に、真っ向から拳が飛んでくる。よけもしなかったけど、風を切る音が勝手に耳元をかすめていく。その顔面パンチをもろに食らったのがひとり、呻き声を立てて倒れた。
でも、そんなのは目に入らない。身じろぎもしないで立ち尽くすミオノに向かって歩くだけだ。
「ちょっと邪魔が多いけど」
「ごちゃごちゃうるせえ止まれやコラ」
そう言いながら掴みかかってきたヤツは、目の前で勝手につんのめって転び、両隣のを巻き添えにする。
おかげで、目の前がすっきりした。ミオノまで一直線だ。身動きできなくなったヤツの脇をすり抜けるだけでいい。
「もう少しだからね」
「まだこっちにいんだよ」
後ろから蹴りを入れてくるのもいる。振り向いてみると、そいつは片足を高く上げたまま、仰向けにひっくり返っていた。そのあおりで、もうひとりが地面で後頭部を打ったらしい。がちんという凄まじい音が聞こえた。
この同士討ちの連続は全部、ミオノの仕業だ。何をどうやったのか知らないけど、最初に会ったときと同じことをしたんだろう。
光と音の歪みで、拳や動線の軌道をそらしたのだ。
でも、そんなことはヤンキーどもには分からない。
「思い出したぞ、こいつ……」
「あのときの……」
ミオノにちょっかい出してきた連中だったらしい。
それが分かれば、なんてことない。
僕がゆっくりと腰をかがめて拳を構えてみせると、あのラッキーパンチの恐怖が蘇ったのか、ヤンキーどもは声も立てられずに校門の向こうへと逃げ去っていった。
見送ったその場に残されたのは、ミオノの影だけだ。
「ありがとう……」
お礼を言っても返ってくるのはせいぜい、不甲斐ない僕への皮肉くらいだ。
それでも構わない。助けに来てくれたんだから。
そう思ったのも束の間だった。
「どうぞ、小笠原クン」
僕の名前など呼んでもくれないミオノに招かれて校門の陰から現れたのは、うつむき加減の引きこもり少年だった。
ちからなく、ぼそりとつぶやく。
「どういうことか、やっと分かったよ」
僕にはさっぱり分からない。
しかも、小笠原が見ているのは、どうやら僕ではないようだった。
いつの間にか、僕の後ろには生徒会長が所在なさげに立っていたのだ。
「すまなかった……言い訳はしない」
間に立つ、といってもただ立っているだけの僕なんかは無視して、小笠原は静かに尋ねた。
「いや、ちゃんと説明してほしい……あいつらとの関係」
そこでようやく、ミオノが顎をしゃくった。
邪魔だからどけ、の合図だ。僕はすごすごと、その隣へ歩み寄る。
知らん顔されるよりマシだった。
生徒会長は、小笠原の顔をまっすぐに見つめて、訥々と語りはじめる。
「最初は、政野さん……あ、私が出入りしてる魔法使いとの交流ボランティアセンターの人なんだけど、その仲介で接触したんだ。彼らが、魔法使いたちに暴力振るってるらしいっていうから……止めようと思って」
「よく引き受けてくれたね、昔の仕返しを。家から出られないように見張らせたんだろ?」
そう尋ねる小笠原の声に、怨念はない。むしろ、過ちを犯した相手への憐れみのようなものがあった。
だが、生徒会長はそれを拒むかのように、きっぱりと言った。
「そうじゃない。確かに、彼等と親しくなるために、個人的なことも話した。小笠原との間に、昔あったことも話した。そしたら……同情してくれたんだ」
何かちょっと、風向きが変わってきた。
どうやら、あのヤンキーども、僕が思っていたほど血も涙もない連中じゃないらしい。
小笠原は小笠原で、複雑な顔つきをしながら口を挟んだ。
「だから、家の周りをうろつくようになった……と」
気持ちは分かる。
僕も、あの連中がミオノに手を出したことは許せない。
生徒会長も、小笠原をどう扱っていいのか困り果てたらしく、急に早口になった。
「やめてほしかったんだけど、小笠原とうまくやれるようになったら、妙な借りができてあいつらとも離れられなくなっちゃって」
小笠原はしばらく何か考えていたようだったが、ぽつりと尋ねた。
「でも、利用してはいたんだろ? あいつらを」
生徒会長は、ためらいがちに頷いた。
「今日が、初めてだけどね。魔法高校の生徒が私をつけねらってるって、ネットに書き込みあって……先生たちは、どうせガセだって気にもしなかったし、それで」
もういいよ、と生徒会長の言葉を遮った小笠原は、恥ずかしげに付け加えた。
「恨まれても、仕方ないからな」
生徒会長も、目を固く閉じて首を横に振った。
「私だって、思い出すのもつらい。そんな過去があった自分も許せない」
なんだか、見ている僕も、いたたまれなかった。
生徒会長と小笠原の問題なのだが、首を突っ込まないではいられなかった。
「上手く言えませんけど……こだわらなかったら、もっと楽になれると思います」
そこでようやく、夜闇の中の気まずい空気はやっと緩んだ。
小笠原は、校門に向かって歩き出す。
「来いよ、和歌浦。どこかでお茶でも飲みながら」
生徒会長も、いつになくぶっきらぼうに答えた。
「たかられても奢らないからな、昔みたいには」
こだわらないんじゃないのかよ、とぶつくさ言いながら、小笠原はミオノとのすれ違いざまに、微かな声で囁いた。
「ありがとう……呼びに来てくれて」
その瞬間、僕の頭の中で全てがつながった。
これで生徒会長と小笠原の姿は消えたが、さっきの気まずい空気に耐えられなかったら、僕がこの場を離れることもできたのだった。
そうしなかったのは、ミオノへの急な用ができたからだ。
「すごいね、仲直りまでさせるなんて」
僕が褒めても、返事は素っ気ないものだった。
「別に。本当のことを教えてやろうとしただけ……和歌浦さんには幻滅したけど」
確かに、ヤンキーとのつながりは、ちょっと考えれば分かることだった。
「小笠原の言うことが嘘や思い込みじゃなかったとしたら、あいつらが僕たちが来るときだけいなくなっていた理由は、ひとつしか考えられないからね」
単純な話だった。そのときだけは絶対、小笠原の家の周りをうろつかないように生徒会長が頼み込んでいたのだ。
そこに気づかなかったのは、僕が生まれた日の話が結構、ショックだったからにほかならない。
でも、今の問題は、そこじゃなかった。
ミオノは冷ややかに答える。
「分かってみれば、つまんない話よね。交流ボランティアの生徒会長があいつらの黒幕なら、最初から犯人なんか見つかるわけがない」
僕も、もっともらしく頷いてみせた。
「魔法で心が読めないわけだ、長瀬雪乃も藤野明も、小笠原健太郎も」
そこでミオノは、小意地の悪い笑顔を浮かべた。
「四十三はもう、読んでるんでしょ。本当のこと」
その通りだった。ミオノが、本当の気持ちを僕に告げるわけがない。
全ては最初から、狂言だったのだ。
でも、不思議に怒りは感じなかった。
むしろ、今までの引け目や負い目なんか捨てて、真向かいで話せるのは今しかないという思いで胸がいっぱいだった。
自分でも滑稽だとおもったけど、僕は精一杯のもったいをつけて答えた。
「狙いは、禁呪の復活……暴動の誘発」
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