QUEST CLEAR 1/100の栄光の未来
僕は毎度毎度おなじみのように、保健室のベッドから起き上がる。その隣には、和騎さんが眠っていた。
「和騎さん……」
僕はこの人になんて謝罪の言葉を告げたらいいかわからない。
おそらく今回も、姫ちゃんの“打ち出の小槌”で元に戻されたんだろう。僕は誰かの助けなしではどうしようもない勇者だ。
だけど、姫ちゃんを救うって――あの日覚悟したんだ。
「きみは――……」
ぽつり、と声が聞こえた。僕はおっかなびっくりでベッドから立ち上がる。
「和騎さん……」
「僕は、君が嫌いだった。姫騎を放って逃げ出して、その挙句舞い戻ってきて、姫騎に迷惑ばかりかけていた君に、嫌悪の念を抱いていた」
和騎さんは僕に気負うことなく、心の声をぶつけている。
そうだろう。僕なんていう、ふがいない、呪われた勇者が姫ちゃんの傍にいたら、誰だって僕をウザったく思うだろう。
それは、姫ちゃんを大切に思う人なら、当然の回答だ。
「だけど僕は勘違いしていたようだ。君は呪われた勇者だとか言われていたけど、でも、君にはその呪いを凌駕する“覚悟”が見えた。僕が吸血鬼にされたとき、おぼろげながら記憶していたんだ。君の雄姿を、君が姫騎のために僕を止めようとしていたところを……」
「そんな、僕は……弱い勇者ですよ。それに……」
“あの力”、和騎さんを救った力は、未来の僕からの贈り物だ。今回なんとかなったのは、ただの“奇跡”に過ぎないんだ。
僕はまだまだ弱っちい存在だ。だけど――
「僕は君に負けた。いや、あれを正式な勝負と認めるのはどうかと思うけど……まぁ、僕の勇者としての人生は、なんにせよこれで幕を閉じたというわけか」
「あっ……」
「巽総長からぼんやりと聞いてるし、それに自分でもなんとなくわかってたんだけど。どうも僕は勇者としての力をなくしてしまったようだね。まぁ無理もないか。吸血鬼にされた上で生き延びているだけ、幸運なものだよ」
「和騎さん……あの、僕」
「助けてくれてありがとう、晶くん。君は姫騎にふさわしい、強い勇者だ」
あっ……。
僕は、ようやく。
いままで誰も――姫ちゃんはしきりに叫んでいたけど、僕のことを強いだなんて言われなかった。
お前は邪魔ものだって。かつて父親だった人も、和騎さんも、クラスメートも……誰もが僕を腫れ物みたいに見ていた。
そんな僕が、姫ちゃん以外の人に認められる世界が来るなんて信じられなかった。
僕は――
「和騎さん! 僕は絶対に姫ちゃんを守って見せます! 何があろうとも! 僕が、姫ちゃんの勇者になります!」
「ふ、ふふふ。今どき珍しいくらい、熱い勇者魂じゃないか。やっぱり、姫騎には晶くんがお似合いってわけか」
「えっ? お似合いって……」
僕が疑問の声を投げかけたとき、
「晶くぅーん! ボクがお見舞いに来たぞぉ!」
姫ちゃんが僕のもとへとかけてきた。
僕に抱き着き、笑顔を浮かべる姫ちゃん。隣にお兄さんがいるというのに……まぁ、姫ちゃんを心配かけた報いだ。今日は成すがままにされておこう。
そんな姫ちゃんの後ろには。
「…………(じぃー)」
となぜか半眼で僕を見つめてくる清水さんの姿があった。
「ええと、清水さん、どうしたの……?」
「あなた……ワケわからないのよ! 私に勝ったと思ったら、私に優しくなんかして、それでまた、よくわからない力で吸血鬼を倒しちゃって……」
「あー……」
たしかにまぁ、はたから見れば僕はトンデモ人間だ。
「あ、あなたまた……無茶して倒れちゃうんだから心配したじゃないの!」
「心配……?」
僕の枕元には大量のドイツのお菓子がずらり。僕、とっても心配されていたようだ。
「ありがとう……清水さん」
僕はゆっくりと起き上がり、清水さんの手を握った。
僕は清水さんが死んでしまう未来を視た。あんな未来いやだと思ったから、いま清水さんが目の前にいる。
目の前にいるだけで、とってもありがたい。
「わ、わぁあああー! も、もうわけわからないわあなた! そ、そんなに元気ならさっさと退院しなさいよ! そしてせいぜい勇者としての格を上げときなさいよ!」
なぜか清水さんは顔を真っ赤にしている。
「それと……その、バタバタして言いそびれてたけど、ショッピングモールのとき、ありがとうね。じゃ、じゃあそういうことで」
なんて言って、清水さんはもつれた足で保健室を後にする。プラチナブロンドの髪が狐のしっぽみたいに揺れていた。
まさか清水さん、僕のことを見直した……なんてことはないよな。まぁこれでいいか。
「あーきぃーらぁーくぅーん」
「あれ……」
あっちが立てばこっちが凹む。世の中はバランスというものが大切なワケで。
「なにエイルっちと楽しくおしゃべりしてるのさ! ボクというものを腰に巻きながら!」
「いや、姫ちゃんが腹巻みたいに巻き付いてるのは、姫ちゃんの意思であって……」
「じゃ、晶くん! そういうわけで感謝のハグだよ!」
「ぬわっ!」
姫ちゃんが抱き着いてきた。後ろに、和騎さんがいるというのに……。僕はただ慣れぬ状況にお手上げ状態になるばかり。
「晶くん、ほんとうカッコイイや。だって、本当に全部救っちゃうんだもん」
「あくまで、結果的にそうなっただけだよ。まだまだ僕は弱いし、姫ちゃんがいないとダメダメだ。でも――」
それでも僕は、栄光の未来を辿りたい。
似合わなくたって分不相応だって。僕ら勇者は――
「僕は、未来のために頑張るよ」
そう僕は、太陽の笑顔で言った。
「さぁて、よく来たの深玄殿。お主のために大福を用意したからの、遠慮せずじゃんじゃん食べるがよいぞ」
「ど、どうも総長さん……」
僕は学園屋上――総長のお気に入りスポットにて、なぜか大福を食べることになった。
どうも総長さんから深刻な話があるようだけど……。たぶん、昨日のことについてなんだろうな。
「お主の働きには感謝しておる。暴走しかけていた清水エイルを抑え、弱いながらも機転を効かした行動を取ってくれた。素直に感謝するぞ」
「は、はぁ……。僕の働きなんか、ちっぽけですけど」
「そう謙遜せんでいい。まぁ、そういうわけでお主には感謝して居るんじゃが……のぉ。ただ一点、あの『蔭針の法』のことじゃが」
「むぐ」
大福餅が喉につっかえた。
「お主はあの呪法をどこで手に入れたんじゃ!? あれは高天ヶ原の開かずの書庫と、秘匿サーバー内に隠しておいた門外不出の呪法! あんなもの容易に使われては困るぞ! あれは勇者の力とか能力とか、そういう霊的なモノをすべて無効化する、禁忌の呪法なんじゃぞ! あんな核弾頭をどうしてお主が持っておるんじゃ!」
「あーいや、あのぉ……」
どうも僕の使った『蔭針の法』は相当ヤバイ代物だったみたいだ。格1の僕はそんなものでさえ使わないとロクに戦えない。だからあれを使ったことに後悔はないんだけど……。
「あの呪法は高天ヶ原、もしくは日本に危機が迫ったときにしか開かれないモノなんじゃぞ! それがどうしてじゃ! まさかお主隠れハッカーだったのか! それとも元忍者で書庫に忍び込んだとか!」
「だ、だから総長さん! あれは未来の僕が!」
「み、未来! そ、そうか……お主の未来視で……」
察しのいい総長さんはそれであっさりすべてを理解したようだ。
「なるほど、未来を覗けるなら、その未来の情報をも得ることができる……。もしかしたらお主が未来視のとき力が漲ったのも、その未来の情報のせいなのかの……」
「はぁ……」
「しかしあの『蔭針の法』の情報は覗けたのか……の。お主はおそらく、『蔭針の法』を習得した未来のお主を覗き見た……んじゃろうが、はて……。どうしてその未来のお主は『蔭針の法』なぞ知っておったのかのぉ」
「総長さんがぽろっとこぼしたんじゃないですか」
「お、お主はどの世界線であろうとそんなことせんぞ! 神に誓ってものぉ!」
じゃあいったい、どうして未来の“僕”は、あんな危険な咒いを知っていたんだろう。
あんな力が必要な未来……だったから。
「もしかしたら、の話じゃがの」
そこで総長が佇まいを正した。ちょこんと、背筋を伸ばして正座している。
「その未来は……『禁忌の呪法』が解放されてしまうほどの、危機的状況の未来だったのかもしれんのぉ。お主は偶然、その未来を視てしまった」
「はぁ」
「もしくは必然的に――来るべき未来を視てしまったのか」
「えっ――」
まさかその、危機的状況の未来が、僕らの辿る未来だっていうのか……。
「まぁ、なにもかも、あくまで推測じゃ。お主の見た未来が、ほんとうにこの世界とつながっているかどうかなんかわからん。神はサイコロを振るんじゃ。この世界はどう転ぶか、だれにも予想できんのじゃよ」
「そうなんですか……」
「しかし、偶然にも『蔭針の法』を知ってしまうとは……。深玄殿、その力、今後は絶対に使うんじゃないぞ。そんな強大な咒いは、お主のような格1が使うものではない。もうお主は、『蔭針の法』のことは忘れるんじゃぞ」
「は、はぁ……」
「もぉーし、またアレを使ったりなんかしたら、『深玄晶』と書いた藁人形に五寸釘打ち込むから覚悟しておくんじゃぞ!」
「も、もちろんですとも!」
そんなふうに僕は総長に釘を刺された。
結局、僕の未来視のこともあくまで推測――わからないことだらけだ。
この僕に与えられたチカラ。いったい、僕の未来はどうなるんだろうか。
「うぉりゃああああああああああああああああああああ!」
姫ちゃんと一緒に稽古をしていた。今度は木刀を打ち合っている。
宗像闘技場の道場で朝も早くに稽古だ。その僕らの隣で、清水さんが薙刀を振っている。
「うーん、やっぱり薙刀じゃしっくりこないわね。なんかこの道着もきついし」
「…………」
その言葉に、自然と僕の目線が清水さんの胸にムーヴしようとしたところ、僕の脳天に木刀が叩きつけられた。
「イタっ! なにすんだよ姫ちゃん!」
「晶くんがぼけぇーっとしてるからじゃないか! なにさエイルっちの胸ばっかり見て! ボクの胸はそんなに貧相かぁあああああ!」
「姫っち、女の格は胸で決まるものじゃないから、安心しなさいよ」
「なんなんだよその余裕の表情は! そうやって色目を使って晶くんをかどわかそうとしてるのか」
「か、かどわかすって! そんなこと……」
なぜか清水さん、僕をチラチラと見やって顔を赤くしている。
いやまさか、レオンさんから借りたギャルゲーみたいに、ちょこっと女の子を助けたら異性との関係が進展……なんてうまいこと行かないだろうと思うけど、どうして清水さん、ちょっと恥ずかし気なんだろうか。
「よぉーし、こうなったら他流試合だ! エイルっち、その薙刀とボクの木刀で勝負だ!」
「私、薙刀は使えないんだけどー。ま、姫っちには負ける気はないけどね」
「はん、ボクに一回負けてるくせによく言うよ」
「いや、それ厳密には僕が勝ったんだけど」
そんなツッコミをよそに、姫ちゃんと清水さん、両者が互いの武器を手にして向かい合う。って、これってちょっとまずい状況では?
なにせ日本最強とドイツのワルキューレ9が激突だ。頭に血が上って、勇者の力使っちゃって道場を焼け野原にする――
そんな未来が見えた気がした。そんな未来いやだぁ!
「ま、待ってよ二人とも!」
僕は無我夢中で二人の間に入った。そう、ちょうど二人が立つ間に、二人が体を衝突させようとするところへ……
「ん?」
「はにゃ?」
「あ……」
僕は二人の胸に挟まれていた。
白い道着に、はちきれんばかりの胸を収める清水さんと、相変わらずの真っ平な姫ちゃん。その両者の胸に挟まれた僕は――
「晶くんのバカぁ!」
「この変態勇者――!」
二人の女の子に張り倒された。
こんな未来、誰が描いたっていうんだ。
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