QUEST.4 1/100のリビングデッド L
僕の世界が黒幕に覆われた。
劇の終わり。千秋楽。
これでもう、おしまいだ。僕は嫌な現実から逃げて、目をつぶって、膝を抱えて小さくなるしかない。
もう、今の僕にはなにもできない。
じゃあ、だったら。今からずっと未来の僕なら、なにか突破口を思いつけるだろうか。
この宇宙に、果たしてあるんだろうか。僕が――夢見た、最強の勇者となっている、そんな栄光の未来はあるんだろうか。
「…………」
探せ、見渡せ。僕の顕微鏡の目が見る、矮小の量子の世界――その数多の時空泡の中の最適の未来を――
「僕はっ! あきらめたくない! 姫ちゃんも和騎さんも、清水さんも……みんなみんな救える未来を、つかみたいんだ! だから助けてくれ! 未来の僕――!」
届くはずのないその世界に、僕は声を発した。
すると――
『そう……か。なら、これを教えよう』
「えっ……」
時空泡の一つが輝いた。その輝きを目に焼き付けた僕は、デジタルデータをインストールするみたいに、どくどく脳に情報が書き込まれていった。
「っ――――」
目を見開く。そこに、吸血鬼と化した和騎さん。そして、つかみ上げられた姫ちゃん。
「和騎さん、僕は……あなたを助けます!」
僕は蔭針を手にする。もう、僕は逃げない。
「はっはっは! 小さき勇者よ、もはや手遅れだぞ。もう真幌場姫騎は助からない、そして君も、吸血鬼となった真幌場姫騎に殺される! すべてがオシマイなんだよ!」
「まだ終わってない! 僕は勇者だ! 最強の勇者になる男だ! 僕はすべてを救うんだ! 姫ちゃんのために……僕は!」
「あ、きら……くん――!」
その僕に反応して、姫ちゃんはじたばたと足を動かした。室戸に首を絞められ気絶していたはずなのに、姫ちゃんはただの気力で暴れまわった。
「無駄だ! この私の腕から離れられるわけがない! 私は100年前の吸血鬼なんだぞ! 吸血鬼は勇者一人でどうこうできる相手ではないとわかって……」
「なら私も戦うわよ!」
続いて、清水さんも起き上がる。二人とも、死力を尽くして室戸の拘束から逃れようとしている。
それは一見、不可能なものかもしれない。でも、僕らは勇者だ。たとえ不可能なことでも、怖気るわけにはいかない。たとえ非力だったとしても、なにもできなくても、大切な人を守るために、あきらめるわけにはいかない!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
姫ちゃんが潰された喉から雄たけびを上げると、室戸の腕を刺した。
「はん、それくらいの傷――」
「輪切りだぁ――!」
ボトン、と。
姫ちゃんはただただ力任せに、自分を掴み上げていた室戸の腕を宣言通り輪切りにした。ハムの断面みたいに斬られた室戸の腕は、姫ちゃんと滴る血とともに床に落ちた。
「こ、このぉおおおおお! おのれぇ!」
「晶くん! 室戸はボクらがやる! 晶くんは……お兄ちゃんを倒して!」
「姫ちゃん……。僕は和騎さんを――絶対に殺させない!」
和騎さんが死んでしまう未来。それが、僕が見た未来の結末だ。
和騎さんを殺すのは姫ちゃんだ。吸血鬼と化した和騎さんはもはや対処の術がなく、意識のあるうちに殺してしまおう。そんな残酷な判断で姫ちゃんは和騎さんを殺してしまう。
そして、姫ちゃんは――あの太陽の笑顔を失ってしまう。
そんな未来はいやだ。だから僕は、最善の未来から力を得たんだ。
僕の身体に力があふれていた。どういうわけか、僕は未来から力を受けているようだ。未来――あの時空泡から、力が流れ込んでくるんだろうか。そんな詳しい事情はさっぱり分からない――けど。
「やるしか――ない」
あのとき受け取った、力を発現するしかない。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
僕はやぶれかぶれの式札をはためかせ飛んだ。一直線に。
もはや満足に跳べない紙屑だけど、ただ一度、飛べればいい。
「ウガ……アァっ!」
それを、和騎さんは羽虫のように叩こうと、剣を振るうが、僕はそれを宙返りで躱す。
「な……っ」
僕には見える。その剣の軌跡が。すべてが、未来が。手に取るようにわかる。
どこへ行けばいいか、どこへ飛べばいいか、それが感覚的にわかるのだ。
僕は真夏の蝿のように、和騎さんの胴の周りをまわっていた。
僕の小さな戦いだ。
「ま、真幌場姫騎! やってしまえ! そんな小さなもの、剣ではたけば事切れる!」
命令を受けた和騎さんは僕へと剣を叩きつけようとする。
僕は迫りくる剣に対し、剣で応対する。小さい剣と大きい剣の鍔迫り合いだ。
さすがの速さと重さ。でも、その重みは乾いた木のように軽い!
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「グォオオオオオオオオオ!」
蔭針を握りしめる。僕の格では、たとえOBとなった和騎さんを押し飛ばすことは困難だろう。
でも、僕はなにを言われようともあきらめない。僕は、ふさわしくなくとも――
「うぉおおおおおおおおおお!」
「ウ、ガァアアッ!」
和騎さんがよろめいた。短剣が揺れる。脇が上がり、小さな隙が見えた。
僕は、和騎さんの胸へと馳せた。
そこに向かって蔭針を突き刺す。
「禁厭の
あらゆる悪霊を呪い祓う、禁厭の神――少彦名の法だ。
少彦名は神なる勇者だ。それを
ゆっくりと、血濡れの和騎さんが倒れる。
「ウガァア……ヒメ、キ……」
最後に和騎さんはそうつぶやいた。
これで終わりだ。これですべて――
「やぁああああ!」
「とやぁああああああああああ!」
その数秒遅れで、姫ちゃんと清水さんが室戸の二つの心臓を抉っていた。隣に倒れていたアルノルト・アルターに重なるようにして室戸は息絶えた。
「やった……のね。これで……全部」
そう清水さんが息を着く隣で、姫ちゃんは――
「晶くぅーん! お兄ちゃぁーん!」
倒れる和騎さんと、矮さくなった僕のもとへと駆けてきた。そしてすぐさま僕を卵を持つみたいな優しい手で抱き留めた。
「姫……ちゃん。よかった。これで、全部救えたよ……」
「なに言ってるんだよ晶くん! あんなに無茶して! こんなボロボロになって!」
「ごめんね、姫ちゃん……。僕は、ああするしかなかった。すべてを救うためには、和騎さんをああするしかなかった……」
その言葉に、姫ちゃんは和騎さんへと顔を向ける。僕に胸を刺された和騎さんは床にあおむけに倒れ、静かになっていた。
「そんなこと……。晶くんが背負うことじゃないじゃないか! だって、お兄ちゃんはもう、吸血鬼になっちゃって……ああするしかなかったんだろ! 晶くんが殺してくれたんだ……。だから、お兄ちゃんはきっと苦しまずに死んで――」
「ええと……。姫ちゃん」
ありゃ、僕、言葉足らずだったかな。
「おおい! お前ら大丈夫かぁ! ってヒメ坊がサスペンスドラマの死体役になってる!」
いつも軽口ばかり垂れてるレオンさんが柄にもなく驚いている。レオンさんの目には、あの床で倒れる和騎さんは姫ちゃんに見えるんだろう。
「レオンさんボクはここだよ。あれは、お兄ちゃんだよ……」
完全変装を解いた姫ちゃんが言った。
「んあ? な、なんでヒメ坊が二人……」
「なにかの幻術でも使ってるの……」
清水さんとレオンさんが首を傾げている。
「お兄ちゃんは……吸血鬼に噛まれて、それで……」
「なんだって……」
レオンさんが駆け寄り、和騎さんの身体を確認する。胸に耳を当て、鼓動を確認してい
るようだ……けど。
「ありゃ……これ、生きてるぜ」
「え、ええ!? どういうことなの!?」
姫ちゃんは目を開けて驚いて、そして手にしていた僕に顔を向けた。
「ああ、姫ちゃん……。僕はあの咒いで……和騎さんの勇者としての力を根こそぎ消してしまったんだ」
「ま、咒い……。どういうことなんだよ晶くん! あの咒いは!」
禁忌の呪法――『蔭針の法』。
それはあらゆる呪いを調伏する、簡単に言えば、あらゆる霊的な力を無効化するという退魔の法だ。勇者の力さえも無効化させてしまう、強大な呪法。それゆえ、格1の僕には知り得ない力だ。
だけど、未来の僕は知っていた。
それを僕が受け取ったんだ。
「この力は……未来の僕の力だ。これでなんとか、和騎さんが死んでしまう未来は……」
そうして僕は目を閉じた。
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