QUEST.4 1/100のリビングデッド K
「…………」
和騎さんの姿はすでに吸血鬼の色に染まっていた。
肌が青白く、そのくせ妙に筋肉がついている。目が黄色で、口から牙が生えている。
「はっはっは、まさかこうも簡単に真幌場姫騎を吸血鬼にできるとは!」
「ア……ウゥ」
「待てよ……。現役の勇者が、こうもあっさり吸血鬼になるものか? それに相手は日本最強……どういう事だ一体?」
室戸もようやく異変を感じたようだ。でも、すでにもう遅い。和騎さんは吸血鬼となってしまった。
そういう未来だった。
そういう未来――を僕は知っていたのに。僕は、今回も何もできなかった。
「アア……ウゥ、ヒメ、キ……」
和騎さんの目の焦点が合っていない。
たしか和騎さんは学生時代は格10以上の勇者だったはずだ。でも、勇者の能力は20歳を契機に下がっていく。一般人と同じほどに下がってもおかしくないのだ。
だから、吸血鬼になってしまった。
「だ、だが、これはまごうことなき真幌場姫騎だ! よし、我が眷属、手始めにこの小さな勇者を仲間にせよ!」
「アァ……ゥ」
それはまるで意思のない人形のよう。
和騎さんは、室戸という主の命に忠実に従うことになるんだろう。それは吸血鬼で、眷属で、そこに人間の意思はない。
「さぁ、この勇者を、噛め」
室戸が突き出すのは――姫ちゃんだった。
こんな
「アァ……ウゥ……」
吸血鬼と化した和騎さんが口を開く。腔内の牙が室戸の腕の中の姫ちゃんを狙っていた。
このままでは、姫ちゃんが、和騎さんが――
「僕は――」
僕は決めたんだ。無力でも、呪われた勇者でも――それでも僕は、勇者になると。
「僕は勇者だ!」
式札の咒いの効果は、おそらくあと1分ほどだ。式札を翼にして、僕は
届け、届け、届け――!
僕はこれでも現役の勇者だ。なら、勇者を卒業した和騎さんを倒すことはできるかもしれない。狙いを、猫背になって姫ちゃんに近づく和騎さんに向けて――
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
カァアアアアアアアアアン!
僕の蔭針と、そして――和騎さんの短剣が交差する。吸血鬼となっても、剣の腕はどういうわけか備わっているようだ。
その姿は、いまだ姫ちゃんと同じ。その姫ちゃんと同じ存在である、和騎さんを僕は葬らなきゃならない。
この、僕が――!
「晶……くん! やめるんだ! あれは、僕のお兄ちゃんだ。それに、晶くんじゃ敵うわけ……」
「ごめん姫ちゃん、僕は戦わなきゃならない!」
式札の風をジェットに和騎さんへ急接近。
届け、届け。僕は和騎さんを止めないと!
でも――
和騎さんを止めて、僕はどうすればいい。ああなってしまった和騎さんを、どうやって助け出したらいい? ゾンビみたく投薬で治るものなんだろうか――
そんな不安が脳裏によぎった。
和騎さんとの距離はもう1メートルもない。ようやく剣のぶつかる間合いへと、小さな僕が到達したとき。
剣が――
「あっ――」
あまりにも早すぎた。剣の刃が、僕の横腹をかすめた。とっさに剣を構えるもその衝撃は先週戦った清水さん――以上のものだった。
巨人のパンチだ。それは僕の内臓をシェイクして、僕の身体の肋骨を振動で傷つけ、そしてただの風圧だけで僕の背中の翼――式札を切り裂いた。
「和騎……さん」
翼を亡くしたイカロスのように、飛ぶ術を失った僕は体中の痛みを抱えて床へと落ちた。
「がっ……ぁ……」
苦しい、痛い。体中がズタボロだ。まるで人間におもちゃにされた虫のようだ。口から赤い血が吐き出される。
ぞっとする光景。初めての光景なはずなのに、なぜか僕はとっても冷静に終わった世界を眺めていた。
ただ、心の中で、ぽつぽつと雨垂れのように小さく思っていた。
こんな未来いやだ。こんな未来いやだ。
こんな、未来、なんて――
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