QUEST.4 1/100のリビングデッド I

 来るべき未来を変えること、それはいとも簡単な事だったんだ。

 未来を変えるには、僕の見たあの情景を作らなければいいだけだ。だったら話は簡単だ。

 狙いが姫ちゃんなら――

「アルノルト・アルターぁ! レオンさんを傷つけた罪、贖ってもらうぞぉ!」

 姫ちゃんが叫んだあと、僕がブティックから飛び出る。そして渡り廊下に立つアルノルト・アルターと室戸の前へと駆ける。

「ほう、一人で来るとは感心だな、真幌場姫騎。もとより私の目的は君だけだ。日本最強の真幌場姫騎を手にすれば、日本は未曽有の大混乱! そしてアルノルト・アルターのクローンで日本は壊滅状態に――」

「…………」

 室戸は僕のことを、姫ちゃんと勘違いしているようだ。でも僕は、姫ちゃんじゃない。

 僕は姫ちゃんと服を取り換えたんだ。僕と姫ちゃんの背丈は似ている。そして姫ちゃんはマントと帽子をかぶるため、それをいくらか目深に被って覆って、姿を隠してしまえば室戸の目をいくらか欺けるはずだ。

 いわゆる女装――なんだろうけど。日本武尊の天命を持つ姫ちゃんに女装するというのは、どうにもチグハグな感じがするけど。

「アルノルト・アルター! やってしまえ!」

「食らう喰らい尽クス!」

 アルノルト・アルターの牙が、姫ちゃんの格好した僕の肩へと向かう。しかし――

「――――百分の一、少彦名!」

 僕は少彦名の力を解放。ばさり、と姫ちゃんの衣装だけが床に落ちる。

 僕の矮さくなる能力は僕の服しか小さくできないようで。下に着ていた僕のシャツだけが小さくなっていた。アルノルト・アルターの牙は空を食らうばかり。

「ガッ……あっ?」

「ど、ど、どういうことだ! ま、真幌場姫騎はどこに!」

 その姫ちゃんは――まさしく今、アルノルト・アルターの背中に居た。

「うぉりゃああああああああああああああああああああ!」

 僕の黒い制服を来た、“男”へと性転換を果たした姫ちゃん。剣を持ったその姿はまさに番長といったところか。

「な、なんだあの勇者は! いったいお前は何者だ!」

 姫ちゃんの天命は『日本武尊』。その勇者は女装してクマソタケルを討った伝説がある。

 勇者の能力は伝説になぞらえたもの――ゆえに、姫ちゃんには異性への変装の“能力”があるんだ。

 それは『完全変装』。僕の付け焼刃の変装どころではない。姫ちゃんは完全に正体を隠すことができる。服をひん剥かないかぎり、バレることはないのだ。そういう風に『認識』される。世界がそう、認識し、姫ちゃん“ではない”と定義されるんだ。

 そうなれば、もはや僕の未来の厄災は訪れない。姫ちゃんが姫ちゃんと認識されないうちは、姫ちゃんが吸血鬼に噛まれる――という運命は絶対的に訪れないのだ。

 未来という、絶対的なものを欺瞞する、僕の編み出した策だ。

「喰らえ! 『艸凪剱』鏃突き!」

 男装した姫ちゃん――が後ろ脚を発条にして、ミサイルのように飛ぶ。重力によって落下する間も与えず、その短剣を鏃のようにしてアルノルト・アルターの心臓へと向かう。

 どすん、と。姫ちゃんの短剣が、アルノルト・アルターの胸を穿った。

「バカな! アルノルト・アルターは心臓を突かれたくらいで死ぬことは――」

「まだよ!」

 その僕らの意識の外、ショッピングモール1階から光の槍が飛んだ。

「アッ――」

 アルノルト・アルターが反応する間もなく、それは2階へと跳び、そしてそのままの流れで、アルノルト・アルターの二個目の心臓を抉った。

「この吸血鬼、心臓が二個あったみたいね。ルーマニアのヴァンパイアには昔、そういう種があったみたいって、授業で聞いててよかったわ」

「ま、まさか……。アルノルト・アルターの弱点を知っていただとぉ!」

 心臓を刺されて死ぬのなら、バックアップを作ればいい。そんな安易な考えをあざ笑うかのように、清水さんの槍が、アルノルト・アルターの二個目バックアップの心臓を抉っていた。

「ア……アアアアッ!」

 アルノルト・アルターは壊れた機械みたいな音を発して、小さく震えていた。身体の中心からドクドクとゴボゴボと血が滝のように流れ落ち、もはやその不死性は尽きていた。

「なぜだ! なぜだなぜだなぜだ! わ、私のアルノルト・アルターは日本を、そして世界を征服するものなんだぞ! それがどうして!」

「なにが日本征服だぁ! ボクたちの努力をアワにしようなんてふざけてるぞ! お前が思い描くような未来なんかボクは願い下げだ!」

「こん……のぉ、いい気になりやがって!」

 室戸が吠えようとも、もはやアルノルト・アルターは死に体だ。もうこれで、姫ちゃんが吸血鬼に噛まれる運命は訪れないだろう。

 やっと、これで、もう……。


「えっ……」

 一瞬、なにが起こったかわからなかった。

 吸血鬼が、姫ちゃんを掴み上げていた。

 でも、その吸血鬼はアルノルト・アルターじゃない。アルノルト・アルターはすでに床に伏せて骸となっている。

 それは白衣を着た、人ならざる吸血鬼――

「室戸……どうして」

 室戸が、姫ちゃんを掴み上げていた。

 室戸の目が黄色い猫のような双眸となっていた。口から牙が生え、体を纏う筋肉が剛いものに成り代わっていた。

 室戸は吸血鬼に変わっていた。

「吸血鬼……ハ、アルノルト・アルターだけではない! 私こそが、第一号の実験体――アルノルト・アルター、ナンバーワンだ!」

「そんな……」

 アルノルト・アルターはその名のとおり代替品……。ほんとうの吸血鬼は室戸のほうだったというのか……。

「くぅっ……は、離せぇ! お前はボクを捕まえて何をする気なんだぁ!」

「お前には興味はない! 私が興味があるのは真幌場姫騎ただ一人! 真幌場姫騎を実験体とし、狂勇者ベルセルクとして、この日本を終わらせてやる!」

 狂勇者……だって。

 狂勇者、それすなわち、なんらかの理由で勇者の天命が荒霊あらたま化した――暗黒に蝕まれた勇者のことだ。それは勇者と対成す、妖魔と同義の存在――

 そうなれば、姫ちゃんは、姫ちゃんじゃなくなってしまう。あのゾンビみたいに、妖魔のような存在と化してしまう。

「真幌場姫騎! 聞こえているならこちらへ来るんだ! この勇者の命が惜しくばここまで来るがいい!」

 その姫ちゃんは――皮肉にも、室戸の手の中にいる。完全変装で姫ちゃんだとバレていないんだ。しかし、正体がバレるわけにはいかない。でも、このままじゃ……

「よそ見してるんじゃないわよ! 勇者はこっちにもいるんだから――」

 清水さんが槍を構え、室戸へと突撃する。

 それは一直線に室戸を穿とうとしていたが――

「はてさて、君にこれを刺せるかな」

「はっ……」

 室戸は身を回し、つかみ上げていた姫ちゃんを盾のように清水さんへと突きだした。一瞬、清水さんの動きが止まったのを見逃さず、室戸は――足を頭の高さまで振り上げ、清水さんの曲がった背に、かかと落しを繰り出した。

「あぐっ――」

 清水さんが床へと顎を着けた。その清水さんを無慈悲にも室戸は靴底で踏みつけた。

「さぁ出てこい真幌場姫騎! はやく駆けつけないと、お友達が大変な目に遭うぞ?」

「くぅうう――。真幌場姫騎はボク――」

「姫っち、それは言わないで!」

 どうしてだ。どうしてこうなるんだ。

 せっかく完全変装で未来を欺けたと思ったのに、どうして……。

 どうしてこうなっちゃうんだよ!

「姫ちゃんから離れろぉ!」

 僕は決心する。今しかない。僕しかない。

 室戸は僕のことに気づいてないだろう。なら、いま僕が、姫ちゃんを助けるしかない!

 僕は蔭針を引き抜く。そして駆ける――

「人型の紙、空に舞え! 急急如律令!」

 背中の式札を展開。清水さんに届いたこの奇策しか今の僕にはない。それでも僕は――

「おりゃあああああああああああああ!」

 吸血鬼――室戸に近づき、その姫ちゃんを掴み上げる腕へと蔭針を斬りつける。

 そこに一筋の傷がつく――が。

「五月蠅い! 小さき勇者め!」

 相手は吸血鬼。そんな傷、一瞬で治癒してしまう。

 反対の手の掌にはたかれた、ただそれだけで僕は羽虫のように飛ばされる。

 強い。圧倒的な腕力だ。常人の何倍もの腕力。そして再生能力……吸血鬼の持つ人並み外れた力だ。それが、勇者の力も通らないなんて……途方に暮れるしかない。

「ぐっ……」

 僕と姫ちゃん、清水さん……。みんな、室戸に成すがままになっている。もはや、僕ら勇者に光はないのか。希望はないのか……。

 そのとき――

 ピピピピピピピピッ! と。

 僕の寝そべっていた床が震えていた。いや、それはどうも電子端末だった。室戸にはたかれた際、偶然にも自分の電子端末の上に落ちたみたいだ。

 発信者はなんとレオンさん。僕はすぐさま画面をタップし、

「レオンさん……」

「よぉ、晶。そっちは……どうだ」

「それが、姫ちゃんが……」

「まぁ聞くまでもねぇ状況だろうな。実はな、どうもほかの、東京区内のショッピングモールで似たようなゾンビ騒ぎがあってな……。それで総長も、ほかの勇者もこっちに駆けつけてくれない状況だそうでな……」

 レオンさんのその情報は僕らに追い打ちをかけるようなものだった。ほかのショッピングモールがどうなっているかわからないけど……なんにせよ、こっちに援護が来ないとは最悪な状況だ。

「まぁそんな悪夢みたいな状況だがよ。捨てる神あれば何とやらだ、一人……こっちにOBの勇者が駆けつけてくれることになったみたいでな」

「OBの勇者って……」

 高天ヶ原を卒業した勇者は、非常勤ながらも妖魔退治の責務を負っているそうだ。OBであるがゆえ、その力は現役勇者に劣るものの……今は猫の手も借りたい状況だ。

「そのOBの勇者って……」

「ああ、それなんだがよ。俺のツイートに反応して、そのOBさんはこっちへ駆けつけてくれたんだが……。ヒメ坊のこと、やっぱり伏せときゃよかったかな」

「えっ……」

 どうも、レオンさんの言葉の切れが悪い。

「ちょっと気を付けてくれよ。いまから来るOB勇者、死ぬ気かもしれねぇぜ」

「死ぬ気って……そりゃ、僕らの仕事、命かかってますけど」

「そのOB勇者……どうも姫っちの――」

 ガシャァアアアアアアン!

 ガラスの割れる音が響いた。ガシゴシと床を叩く音。その奇抜な音楽を奏でる闖入者は――

「!? ひ、姫ちゃん!」

 それはまごうことなき姫ちゃんだった。白いマントにベレー帽。髪さえも犬耳のような茶色いインテーク。円らな瞳。小柄な背。100パーセントの姫ちゃんだった。

 でも、吸血鬼と化した室戸の手の中にも、姫ちゃんが存在していた。

 どういうことだ? どうして姫ちゃんが二人いるんだ? 二つの姫ちゃんなんて、二つの勇者なん――

「ま、さか……」

 二つの勇者……。

 勇者の天命は被ることもあるんだ。ドイツにジークフリート天命の勇者がいて、日本にもジークフリート天命がいるように。

 姫ちゃんの天命である『日本武尊』を持つ人間は、世界に10人ほどいるんだ。それは天命――勇者の霊魂というものが確率的、量子力学的な存在であるがゆえ、あらゆる可能性の“天命”があるが故だ。

 そして、この日本には3人の『日本武尊』の天命を持つ勇者がいる。一人は『十神将』の真幌場祐騎。姫ちゃんのお祖父さんだ。そしてもう一人は、姫ちゃんのお兄さん――

「うぉおおおおおお!」

 そう、それは。

 姫ちゃんのお兄さん――真幌場和騎さんだ。


 それは姫ちゃんの姿を騙った、和騎さんの姿だった。

 日本武尊の天命を持つ和騎さんは、完全変装の能力も持っている。つまりは、和騎さんは姫ちゃんの姿に変装しているんだ。

 それは完全変装ゆえに、人々の目を欺いてしまう。事情を知っている僕でさえ、それは“姫ちゃん”の姿と認識される。

「どう、して……姫っちが」

 清水さんの目が釘付けとなる。和騎さんと姫ちゃんを交互に見ている。

「わざわざそちらから来てくれるとはありがたい。真幌場姫騎、今度はホンモノだろうな」

「やぁああああああああ!」

 その荒々しい挙動から、時折和騎さんの姿がうかがえる。和騎さんは――おそらく、レオンさんのツイートから、姫ちゃんが狙われていることを知ったんだろう。和騎さんは妹思いの強い勇者だ。だから、姫ちゃんが危険な目に遭えば迷わず駆けつける。

 姫ちゃんと似た黒い鏃のような短剣を下げて、固まったエスカレーターを駆けあがる。

 そう、それは未来の情景とそっくりだった。

 そういうことだったんだ。僕はてっきり、姫ちゃんが吸血鬼に噛まれてしまう――そんな未来を視ていたと思っていたんだけど。

 最初っから、その“未来”ってヤツに欺かれていたんだ。僕が視ていた姫ちゃんは、和騎さんが化けた姫ちゃんだった。

 つまり、吸血鬼に噛まれるのは――

「だめだ和騎さん! あなたがそっちに行ったら! 室戸に、吸血鬼にやられてしまう!」

 僕は叫ぶ。でも、和騎さんは耳を傾けない。ただ、一直線に、姫ちゃんを掴み上げる室戸に向かって、姫ちゃんの首を掴む、その醜い吸血鬼の腕に向かって――

「――――」

 そのとき、和騎さんはおそらく“僕”に向かってつぶやいたんだろう。

 “姫騎は僕が守る”――と。

 そして和騎さんは吸血鬼となってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る