QUEST.4 1/100のリビングデッド H
「はぁ……」
僕ら勇者は一時、ショッピングモール2階のブティックへと駆け込んだ。あくまで一時的な撤退で、こんなところ隠れてようともあのアルノルト・アルターを凌げるとは思えない。
「……断片的に話は耳に挟んだが、あれはアルノルト・アルターとかいう吸血鬼なのか?」
「はい……。よくわからないんですけど、どうもあのアルノルト・アルターを量産して日本を征服するとか……。それに、姫ちゃんを大将にするとか言っていて……」
その、子供のラクガキみたいな野望……日本を征服するなんて話、ワケがわからない。
どうして姫ちゃんを? そりゃ、姫ちゃんを憎む人間はいないこともない。「勇者にふさわしくない」なんて懐疑的な考えを持つ人もいるけど、どうもそんな感じじゃない。むしろ、姫ちゃんを利用しようとしているような節がある。
「ヒメ坊を利用する……ってんなら、理由は一つしか考えられないな」
とレオンさんは痛む身体を押さえつつ、つぶやいた。
「室戸はヒメ坊を捕らえて、日本に恐怖を与えようとしてるんだろうよ。あの室戸自身じゃなくて、おそらくその室戸を雇っている、謎の左翼団体が首謀者なんだろうな。政治の話はよく知らんが、過去の遺恨で日本を恨む団体はあるだろうしな。ヒメ坊の人気は日本経済をチョット狂わせちまうくらいの影響力を持っている。そんなヒメ坊が攫われたなんてウワサが立てば……日本は大混乱に陥るだろうな」
「でも、姫っちが攫われただけで、日本が大混乱になるんでしょうか?」
清水さんが静かに尋ねた。
「そもそも今のこの世界っていうのは不安定なモノなんだぜ。都市にはほぼ毎日のペースで妖魔が出現している。日本の外では妖魔の襲撃で街を、州を、そして国を滅ぼされている事例もある。日本の都市もいずれそうなるかもしれねぇ……そーんな不安を日本国民は抱えてるんだぜ。でも日本は妖魔の襲撃でさして疲弊してねぇ。経済活動もそこまで滞りもない。それは高天ヶ原の勇者の“絶対的な強さ”があるからに他ならねぇのさ。警察がいるから治安が保たれるように、勇者がいるから都市と日本の治安は守られているってわけだ。だが、その勇者の“絶対的な強さ”が脅かされちまったら……人々は内に隠していた不安に駆られるだろうよ。まして日本最強と謳われた勇者が妖魔にやられたなんてウワサされちゃ、日本は大混乱だ。勇者は妖魔に敵わないのか? 日本は妖魔に滅ぼされるんじゃないのかって……経済活動どころの話じゃねぇ。暴動だって起こるかもしれねぇ。妖魔に滅ぼされる前に人間同士で自滅するかもしれねぇぜ」
「な、なるほど。姫ちゃんが襲われることは、“日本最強”の勇者がやられることと同義だから、そんなことになったら日本が混乱の渦に巻き込まれるのは必至ですよね……」
そうして日本の外堀を埋めて、そしてアルノルト・アルターのクローンで日本の本土を討つ――室戸の描くシナリオは、そんな壮大なものだったのか。
「つまりはこれは人間同士の内輪揉めってワケなんだよ。妖魔退治でも依頼でもねぇ。政治家の因縁とかカネとか昔の恨み辛みとか……そーんなオトナの勝手にヒメ坊は巻き込まれたってわけなんだよ!」
「な、何だってんだよ……」
姫ちゃんは妖魔でも吸血鬼でもなく――ただ、醜いオトナたちの都合によって利用されていたというのか。
姫ちゃんは、姫ちゃんは……。あんなに必死になって人々を守ろうとしていたのに。ただ、自分の信じる正しい道のために、強くなるために、身を粉にして、命を盾にして戦っていたのに――!
「レオンさん! ボクは難しいことわかんないけど、あの室戸とかいうヤツは悪いやつなんだろ! だったら早くボクらで倒してしまおうよ!」
「ヒメ坊、お前はホントに話を理解してねぇな。だからな、お前が室戸もとい吸血鬼につかまっちまったらオシマイなんだよ。意思のねぇ妖魔ならともかく、あいつらは意思をもってお前を捕らえようとしてんだよ」
「う、うぅ……。なんでまたムズカシイ話に! なんにせよあの吸血鬼やっつけちゃえば済む話じゃないか! 1階の食料品エリアでニンニクでも買い込めば楽勝じゃないか!」
「そう言って沙菜もやられたんだぜ。あの吸血鬼は規格外だぜ……」
じゃあ、今ここにいる勇者ではあの吸血鬼は倒せないのか……。
「れ、レオンさん! それじゃあ総長は! 総長さんなら吸血鬼ぐらい倒せるんじゃ」
「総長はもうここにはいねぇぜ。総長も忙しい身でよ、どうも別の妖魔退治のほうに向かっているそうだ」
「……なんだって」
「というわけで、ここはオレ様たちで何とかするしかねぇ。早くしねぇと、アルノルト・アルターがしびれを切らしてこっちに来るぜ」
何か、考えなければ……。
吸血鬼、アルノルト・アルターを倒さなきゃならない。でも、あれは絶対的に強く、そして姫ちゃんを狙っている……。
どうすればいい。考えろ考えろ。小さい世界を見渡して、来るべき未来を――見据えろ!
レオンさんも沙菜さんも満身創痍だ。戦えるのは僕と姫ちゃんと清水さん。僕ら三人でどうすればいい?
僕がやるべきことはただ一つ、あの姫ちゃんが吸血鬼に噛まれる運命を回避することだ。どうすればそれを回避できるか――
「あっ――」
そうだ。姫ちゃんが戦わなければいいんだ。
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