QUEST.4 1/100のリビングデッド F
「なぁにグズグズしておる勇者候補生ィイイイイイイ!」
きぃいいんと耳を突くような音。ハウリングするアナウンスの声は、どうも聞き覚えのある声だ。
「えっ、な、なに……」
フロアを駆けていた姫ちゃんたちも足を止めた。
その声に耳を傾け固まっていた僕たちのもとに、弾丸が飛んできた。
「なっ――」
意識の外にあったその弾丸は、息をつく間もなく――僕の肩を紙一重ですり抜け、その背後――のゾンビの身体に被弾した。
「あっ……」
ゾンビが撃たれた……?
僕らはすぐさま弾の辿った軌跡を追い、その放たれた場所を探す。やがて見えた赤い線、レーザーサイト。その線の終端に、スナイパーライフルの銃口があった。
そのスナイパーライフルを持つのは、僕と同級生の勇者、射場くんだった。
ダビデの天命を受けた、寡黙な勇者候補生。ボディアーマーを着用した、勇者というより、冷酷な軍人のような出で立ちだ。
「しゃ、射殺した……の」
僕が途方もなく叫んでいると、
「案ずるな、お主たち。射場殿が撃ったのは鉄砲玉ではない。その狙撃銃は麻酔銃を改造したもので、射場殿はワクチンを注射したまでじゃ」
「ワクチン……って、その声は!」
アナウンスで聞こえた声の主。その特徴的なしゃべり方からすでに予想できていた。曲がり角から巫女装束の巽総長が現れた。
「まったくお主らは! ウダウダと無意味なことやりおって。お主らは民間人の避難だけやればいいものを、民間人に剣を向けるとは何事じゃ」
まったく、頭が痛い話だ。
でも、僕らはまだまだ未熟者で、手に余ることさえも手を伸ばしてしまうんだ。
「よいかの、清水殿。お主はゾンビを討とうとしておったが、それはお主たちがやるべきことではないぞ」
「総長……さん」
清水さんが、涙目でつぶやいた。
「単純な対ゾンビ用のワクチンなら、高天ヶ原にもあるんじゃ。日本ではゾンビなぞ現れなかったので、ホコリを被っておったんじゃが……。有事の際に備えるのが、高天ヶ原の勇者じゃ。童の命を受けて、射場殿がワクチンの薬品を、狙撃銃で投与してくれることになってな。まぁこれで、ゾンビの脅威は去ることになるじゃろぉ」
まさか僕らの問題が、こうもあっさりと片付くなんて……。やはり頼りになるのは総長というわけか。
「まったく、血気盛んな勇者ばかりで童は疲れるぞ……。ほら、お主たちもゾンビに投薬と、民間人の避難を行うんじゃ。ボケっとしとらんと早くやらんか!」
「は、はい!」
そんなわけで、総長のおかげで難攻不落の未来を越えることができそうだ。
総長の命に従い、僕らは粛々とゾンビ鎮圧と民間人避難を行うことになった。その際、僕らは1階イベントスペースの隅で倒れていたレオンさんと沙菜さんを発見した。
「レオンさん!」
「沙菜さん! 大丈夫ですかぁ! 顔色が邪なコト考えてるときみたいになってますよ!」
「おう、オレ様は不死身だぜ」
「私も……なんか気持ち悪いわ」
二人とも満身創痍だった。
僕のせいで、二人は吸血鬼にやられてしまった。かろうじて生きているけど、これは僕の禍根だ。
「晶、お前は思い悩むんじゃねぇよ。オレ様たちがこうなっちまったのは、オレ様たちが弱ぇからだ。お前は関係ない」
「でも……。僕がもっとちゃんとしていれば」
「じゃあよぉ、いまはオレ様たちのことには構わねぇで、周りのゾンビを何とかしろよ。総長さんが、ワクチン持ってきたんだろ」
「はい……」
「どーも、吸血鬼のヤロウは逃げちまったようだからな。勇者とやり合うのは分が悪いとでも思ったのか、ゾンビだけまき散らしてトンズラしちまったのかな。なんにせよ……頼むぜ、晶」
吸血鬼……が、逃げた。なら、もう姫ちゃんが吸血鬼となる未来はなくなったんだ。
まだゾンビはいるけど、こちらにはワクチンがある。もうこれで、安心だ。
ゾンビ鎮圧のためのワクチンが渡されたはいいものの、しかし僕と姫ちゃん、2学年の勇者は銃の講習を受けていないので(射場君はなぜか銃が扱えるようだけど)、ショッピングモールにいた3学年以上の先輩勇者にゾンビの鎮圧を任せて、僕らは民間人の避難、そのほかもろもろを粛々と行っていた。
気づけば――この世の終わりと思われていたゾンビの脅威も、もうすっかり8割方鎮圧できたそうだ。麻酔銃、もしくは注射器で投薬を受けたゾンビ化した人たちは、ひとまず救護室に送られているそうだ。
「よかった……。なんにせよこれですべて丸く収まるよ」
「ほんとだねぇ! 実のところボクも総長に救われちゃったよ。あんな状況、いくら強い勇者だって切り抜けられなかったし、勇者は強いだけじゃダメなんだって勉強になったよ」
「私も……救われたわ」
清水さんがぽつりとつぶやいた。
「もう少しで私、また同じ間違いを犯すところだった……。妖魔退治に必死になって、向こう見ずで誰かを傷つけるところだった……。ありがとうね、そのー……深玄くん」
「清水さん……」
いつも辛辣で棘のある口調な清水さんだけど、今ばかりはそれがまろやかになっている。ちょっと上目遣いになっていて、かわいらしい。
「じぃーっ」
なぜか姫ちゃんが僕を訝し気に睨んでいるけど……
「私……。日本に戻ってきたのはね、ドイツで不祥事を起こしたからなのよ」
清水さんが静かに語りだす。
「ああ、たしか黄金守護竜ファフニールの討伐のときになにか事故があったって聞いたことあるけどー」
姫ちゃんがポツリとつぶやく。
「うん、その妖魔退治のときに、私、子供に怪我をさせてしまったの」
「えっ……」
「私が未熟だったから女の子を怪我させてしまって……。先輩にも同級生にも迷惑かけて、挙句――日本に逃げることになってしまったの……」
清水さんの背負った過去。それは僕の知らない世界だった。だけど、その瞳に映るのは悲痛なココロだった。
それほどまでに追いつめて。だからあんなに――厳しかったのか。
自分にも、そして他人にも。
「私、逃げてばっかりだわ。日本に逃げて、なんとかしようって思ったけど、でもそれはただ逃げ道を探してただけだったのかも。深玄くんにも負けたし、さっきも、あなたたちにカッコ悪いところ見せちゃって。もう私……勇者失格なのかな」
「そんな……清水さん」
僕はなんて声をかけたらいいのか分からなかった。清水さんがゾンビにならなかったのはいいものの、このまま、心を病んでしまったら意味がない。
そんなとき、姫ちゃんが――清水さんの顔へと、自らの顔を押し付ける。おでことおでこがぶつかっているけど……
「なぁにが勇者失格だぁあああああああ!」
「え、え?」
ここは空気を読んで当たり障りのない言葉をかけるのが
「清水エイル! 失望したよ! いいか、僕はあきらめたり、弱音吐いたりウジウジする人間が大っ嫌いなんだよ! 勇者失格? それがなんだっていうんだよ! それだったらボクたちはどうなるっていうんだよ! ボクなんかチビで女でとても『日本武尊』の天命を継げるような器じゃない! 晶くんなんか“呪われた勇者”だよ! それでも! 僕らは勇者やってるんだよ!」
勇者にふさわしくない。それは僕と姫ちゃんが何度もぶち当たった壁だ。
姫ちゃんの叫び――は、清水さんの心に届いたのか、瞳に泪の粒を浮かべていた。
「ボクと決闘しようとした熱い魂はヴァルハラに置いてきたのかよ! ドイツでなにがあったか知らないけどさ、僕の知ってる清水エイルはもっと気高い戦乙女だっただろう! ミスもポカもする、それでも依頼こなして頑張ってたんだろう! ベルリンでトロール退治、シュプーレ川でローレライ退治、それにそれに……」
「姫ちゃん……」
やっぱり、姫ちゃんは清水さんに憧れていたんだろう。だからこそ、本気で姫ちゃんは怒っているんだ。なぜかそれは僕と重なるようで、こそばゆいものだ。
「真幌場姫騎、どうして、私のこと……」
「そりゃーボクは清水エイルのファ――ゲフンゲフン、こ、これくらい勇者の常識だよ! だからさ、清水エイルにファンなんかいるかどうかわからないけどさ、失望させないでほしいんだよ! 日本に逃げたっていいじゃないか! ここでやり直そうじゃないか!」
「真幌場姫騎……」
そして姫ちゃんは、うつむいた清水さんに手を差し伸べる。
「ボクも不本意だけどさ、ボクらは仮にも決闘で剣を交えた
「まー決闘したのは僕なんだけど」
「あ、晶くんそれは華麗にスルーしてさ!」
まぁなんにせよだ。
姫ちゃんの熱い思いは、清水さんの複雑な心境なんか一瞬にして書き換えてしまったみたいだ。こんなこと、僕なんかじゃできない。やっぱり、姫ちゃんはすごいや。姫ちゃんには、ちゃんと勇者の器があるんだ。
僕も、負けてられない。
「じゃ、ボクたち戦いを通して心を分かち合った同士ということで――」
僕と姫ちゃん――そして、清水さんが互いの手を出し合い、腕をY字に交わした。
「よろしくだよ! 清水エイル、いや、エイルっち!」
「え、エイルっちって……まぁいいわ。よろしくね、えーと、ヒメ坊でよかったのかしら」
「にゃ! そ、その呼び方はレオンさん限定! 普通に姫っちでいいからさ!」
なんだか女の子同士、呼び方で揉めてるようだけど、僕は果たして清水さんをこれからなんて呼べばいいのか。まぁ、今まで通り、“清水さん”でいいんだろうか。
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