QUEST.4 1/100のリビングデッド E
一瞬で着替えを済ませた僕らは、早馳風に飛び乗ってショッピングモールへ馳せる。
すでにショッピングモールには人だかりができていた。『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープをかい潜って、墓所と化したゾンビたちのショッピングモールに侵入する。
「なっ……」
そこは異様な空間だった。
人の少ない田舎の平日のショッピングモールと化したそこには、人ならざるものが徘徊していたんだけど。
でも、その人ならざるものは、どういうわけか“人”の格好をしていたんだ。
見るからに民間人。だけどゾンビ。
果たしてそれは妖魔なのか、ニンゲンなのか。ジャケットを着た若者、おめかしした婦人、灰色の髪の老人……みんなみんなゾンビと化していた。
「ぞ、ゾンビが……」
「たしか、吸血鬼の仕業なのか……」
なにかで聞いた話だけど――現代の吸血鬼は弱いという。
民間人に噛みついてゾンビを創り出すぐらいしか能がない、ただただ厄介なだけの、病原菌のような存在だそうだ。
だけど――その“弱い”と言われていた吸血鬼に沙菜さんとレオンさんはやられている。いったいどうなっているんだ。
「おとうさぁーん!!」
そのとき、叫び声が聞こえた。そこに黒髪の小さな女の子と、そして――
「清水さん――」
あの清水さんがいた。
白いブラウスにジーンズ。そして聖槍〈ゲイルスゲルグ〉を構えている。まさに未来で見たものそっくりの状況。
そしてその清水さんの周りには、妖魔たる、ゾンビがいた。清水さんを中心に、時計の目盛りのようにずらりと並んでいた。
「大変だ、清水さんが……。あの女の子も」
「はやく助けに行こう!」
僕と姫ちゃんはゾンビの影を縫うように、その中心へと向かった。
「あなた……たち、どうして」
「清水さん! 僕は君を助けに来たんだ! あんな未来、回避しなきゃならない!」
「未来って……。何の話か知らないけど、あなたたちの手は借りないわ。ここのゾンビは、私が全部片付ける! だから下がってなさい!」
「そんな、片付けるって……」
ここいらに居るゾンビは……。もともと、ショッピングモールで普通に遊んでいた、民間人じゃないのか。
「なに言ってんだよ! そこのゾンビはもともと人間だろう! 人殺しじゃないか!」
「ええそうよ! でもどうするっていうの? このまま手をこまねいていたら被害が広がる一方よ。まだ逃げきれてない民間人もいるのよ! はやく私たちが手を打たないと……」
悲痛の声を溢す清水さん。清水さんの判断は非情だった。だけど……その清水さんの槍の先は一滴たりとも血に濡れていなかった。
「清水さん……。まだ、ゾンビを倒していないの……」
「……わかってる。あいつらは妖魔で、倒さなきゃならないって。でも……」
妖魔は倒さなきゃならない。
でも、もともと人間だった――何の罪もない一般人を殺していいのだろうか。
僕たちは、人々を守る存在であるはずなのに。
そのとき――
「お、おとぉさん――!」
清水さんの脇に居た女の子が、突然ある一体のゾンビのもとへと駆けだした。
おかっぱ頭のその女の子は、涙を貯めてゾンビの足元にしがみ付いている。それはゾンビに恐れをなしてというよりもむしろ、そのゾンビに対し、救いを求めているようだった。
見るまでもなくわかる。残酷な事実。
おかっぱ頭の女の子と、ゾンビと化したあの男は――親子なんだ。
おかっぱの子はまだ普通の人間だ。しかし父親のほうは――手遅れなのかもしれない。
ゾンビは、妖魔は倒さないといけない。でも、そうすればあの女の子は……父親を失う。
「…………」
清水さんは槍を振りあぐねている。どうすればいいんだ――と心の天秤が揺れ動いているんだろう。
「清水エイル……」
「私は……勇者よ! あのゾンビを誰かがやらないと、多数の被害が出るわ! いまここでやらないと……!」
そう言う清水さんの手元は、震えていた。
「お姉ちゃん! やめて! おとうさんをころさないで!」
女の子が清水さんの槍の前に立つ。
「あっ……」
そんなことされちゃ、誰だって躊躇する。
清水さんは、思わず槍の柄を取り落とす。もう、清水さんはあのゾンビを殺せない。
「どうすれば……どうすればいいのよ! どうすれば全部救えるっていうのよ!」
僕らは勇者のくせに、どうすることもできなかった。
姫ちゃんも立ち尽くしていた。こんな妖魔退治――ここ一カ月の中でもなかった。それはとても幸いなことだったけど、僕らはただ目を伏せていただけなのかもしれない。
これは、汚れ仕事なんだと。
そんな僕らの心情をまったく慮ることなく、ゾンビの男、女の子の父親がゆっくりと腕を振り上げ――そして、女の子の肩に手を置き、抱き留めるように女の子を引き寄せる。
「おとう……さん」
だめだ。それはもう君のお父さんじゃない。
もう手遅れなんだ。その手から離れないと君も……
僕は、僕はどうすればいいんだ。こんな未来いやだ。いやだいやだいいやだいやだ……。
くそぉ、どうして未来視の力が出ないんだ……。ここでどうして現れないんだ……。
「もうこうするしかないわ! 私はもう――誰かを傷つけるわけにはいかない、だから!」
清水さんは取り落としていた槍を手に戻した。そして――
槍を正面に構えて、女の子に噛みつこうとするゾンビ――もとい、父親に狙いを定める。
「やめろ……。やめるんだ清水さん!」
そんなことをしてはいけない。そんなこと、間違っている。
そんなことをしたら、君は――
カァアアアアアン。
清水さんの槍と僕の剣が交差する。
「なん……で」
「やめるんだ清水さん! どうせ君には、あのゾンビは殺せない!」
「殺せないってなによ! 私はワルキューレ9の一人なのよ! ゾンビくらい一突きで」
「そういう話じゃないんだよ! 僕にはわかるんだ! 清水さんはゾンビを殺せない。だから……ゾンビに手心を加えちゃって、返り討ちに遭っちゃって……そして」
僕が視た未来。
それは清水さんが、ゾンビを殺そうとして、手を止めてしまって、そして槍を取り落として、ゾンビに噛みつかれて、それを誘い水にして、ゾンビに集られて……
つまり、清水さんは心の中では踏ん切りがついていないんだ。僕らみたいに悩んでいて、それでも何とかしようとして――
そうしてしまった
「私の覚悟を甘く見ないで! 私はもう間違えない、誰も傷つけたくないのよ! もう、子供を怪我させたくないのよ! 退きなさいよ呪われた勇者!」
「ぐっ――」
一瞬の隙をついて、清水さんが槍の石突きで僕の腹を突いた。僕が蹲る中、清水さんがゾンビへと駆けつけ、そして――
「うっ……」
石のように固まってしまった。それは僕の見た未来と同じ運命だった。
このままでは、ゾンビ化した父親の娘だけでなく、清水さんも犠牲となってしまう。
でも、僕はその運命を変えに来たんだ。
「清水さん、離れて!」
僕は清水さんの脇を抜け、ゾンビに立ち向かう。そして決死の覚悟を胸に、女の子の身体を抱き留める。そして床に転がって――
「姫ちゃん女の子をお願い!」
姫ちゃんに女の子をパスした。姫ちゃんは小さいが、腕力はあるため女の子を難なくキャッチした。
「晶くん!」
「清水さんを連れて離れるんだ! このゾンビは僕が相手する!」
「相手って何言ってるんだよ晶くん!」
「僕が時間稼ぎする! 時間がたてばきっと勇者も駆けつけるだろうし、総長も来てくれるかもしれない。だから、それまで僕が、ゾンビたちを押さえておく。僕は絶対、誰も傷つけない。ゾンビになったとしても、誰も傷つけない!」
「晶くんなにいってるんだよ! そういうのはボクの出番じゃないか! 勝手にボクの出番を取らないでよ晶くん!」
「ごめんね姫ちゃん。でも、今日だけは、その出番、僕に譲ってくれないかな」
「もう、晶くんのカッコ付け! わかったよ! いますぐ女の子を外に避難させておくから、それまで頑張ってよ!」
姫ちゃんと清水さん、女の子がその場を去っていく。
僕は孤軍奮闘となる。周りにはゾンビの集団。その動きはゆっくりで、その力も、僕と五分五分ぐらいのものだろう。でも、その相手を殺さず足止めしなければならない。
「くっ……」
僕は覚悟を決め、突撃する――
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