QUEST.4 1/100のリビングデッド C

「…………」

 とんでもない夢を見てしまった。

 これは夢なのか。もしかして未来視なのか。

 姫ちゃんが怪物に襲われる夢――。どうして僕はそんなもの視てしまったんだろうか。

 いや、これは視ざるを得ないものだったのか。これは未来の僕が、過去の僕へと送った警告なのか。ショッピングモールに行けば、姫ちゃんが――

「あっ……ぅ……」

 胃の中がひっくり返ったみたいだ。ヤバい。だめだ。あれはきっと未来だ。来るべき未来なんだ。

 姫ちゃんとショッピングモールに行けば、姫ちゃんがあの伯爵に肩を噛まれて――

 あの伯爵の口には、尖がった牙があった。顔色が不健康の極みみたいに白くて、そしてコスプレみたいな黒いマントを着こんでいて……

「吸血鬼……?」

 ふと、その単語が頭に浮かんだ。

 吸血鬼に噛まれる……。それは言葉にしてしまえばファンタジーなものだけど、僕ら勇者候補生には一蹴することのできないコトだ。

 吸血鬼は妖魔の一種で、日本では聞かないけど、外国ではよく聞くものだ。

 肩を噛まれれば、たしか眷属になるか、なりそこないの吸血鬼、ゾンビになるとか……

「いったい、吸血鬼なんて……」

 僕はあわててテレビを点ける。ザッピングして朝の情報をかき集めるも『吸血鬼』の“き”の字も現れない。ネットのニュースにもなにもなかった。

 つまりまだ、吸血鬼は現れていない。なら……。まだ姫ちゃんは死なない。

「じゃあ……」

 まだ、未来は変えられるのかもしれない。姫ちゃんをショッピングモールに行かせなければ姫ちゃんは吸血鬼に噛まれることはない。

 そうすれば、姫ちゃんは救われる。だけど……。それで本当にいいのか。

 たとえば、ショッピングモールのほかの人たちは……。

「…………」

 でも今は、姫ちゃんを早急に救うのが先決ではないのか。吸血鬼が現れようとも、別に姫ちゃんが戦う必要はないのだ。

 勇者には代わりがあるんだ。僕の未来視の話を大っぴらにするわけにもいかないから……。それに、姫ちゃんに変に勘繰られたら、『それならボクもショッピングモールに行く』なんてことを言いそうだ。だから……


「へぇ……。ショッピングモールに吸血鬼ねぇ」

 僕はレオンさんの寮室に居た。

 そこで僕は昨夜見た夢――未来視の話をした。

「それで、ヒメ坊がショッピングモールに行ったら吸血鬼に血をチューチューされかねないから、ヒメ坊とのデートを中止させて、代わりにオレ様をショッピングモールに行かせるってワケか」

「はい、レオンさん……。勝手なことお願いして、すいません。でも、僕にはレオンさんしか頼る人がいないし、未来視の話も大っぴらにできないし」

「たしかに未来視の話はヒメ坊にも言わない方がいいかもな。昨日お前が総長から聞いた話みたいなのを、ヒメ坊が察してしまうかもしれねぇ。そうなったら、具合が悪いだろ」

「まぁ、そうですね……」

 レオンさんは立ち上がると鏡の前に立ち、ジェルを頭に塗る。あの逆立った髪ってジェルで固めてたのか。

「いいぜ晶。お前の未来視がホンモノにしろ、なんにしろ、後輩の頼みぐらい気前よく聞いてやるぜ」

「レオンさん……ありがとうございます!」

「んじゃ、オレ様もデートと行こうかな。相手は……弱ったな、女の知り合いなんて沙菜ぐらいしかいねぇぜ。まぁ、あいつとデートでもいいけどな」

「え、沙菜さんと……」

 そりゃ、沙菜さんとショッピングモールに行ってくれるなら、あの吸血鬼のこともいくらか安心だろうけど……。

「まー、妖魔退治は勇者の仕事だ。吸血鬼ごとき、オレ様が倒してやるぜ。そっちはそっちで、ヒメ坊をちゃんと手名付けておくんだぜ」

「はい……」

「ヒメ坊のことだから、今日のデートは張り切ってただろうな。遠足の前の日状態で眠れてねぇんじゃねぇのか? そんな状態のヒメ坊をうまく言いくるめるんだぜ、晶」

「うそん……」

 僕は姫ちゃんを守らないといけない。そのためなら何でもする覚悟はあるけど……。

 でも、その姫ちゃんをなんとかすることが一番の困難だったりするのだ。


「あっきらくーん! もう準備できちゃったの! はやいねはやいね! ボクはこれからちょいと身バレ防止でおめかししないといけないからさー、ちょーっと向こうに行っててくれるかな? え? ボクの着替えを見たいだって!? そ、そんな晶くんそれはちょっと早すぎるとゆーかもっと段階を踏んでからなんだよー! ほらほら向こう向いて向こう向いて、まさかその鏡を使って覗こうと――」

「…………」

 姫ちゃんがいつもの100割増しで上機嫌だ。

 それほどまでに僕とのデートとやらを楽しみにしてたのか……。

 やばい。こんな状況で『今日のデートは中止しよう』なんて言えない。雨でも降ってくれたら言い訳できるだろうか。いや、ショッピングモールは建物だし、天候は関係ない。

 こうなったら……奥の手だ。

「そ、そのぅ、姫ちゃん……。すごーく、言いにくいんだけどさ」

「ん? なになに晶くん」

「その、僕ちょっと風邪気味で……」

 そう、仮病だ。いくら姫ちゃんでも風邪を引いた僕を連れ回そうとするほど常識外れじゃないだろう。

「ふぅん、晶くん風邪なんだ」

「そうなんだよー。というわけで今日のデートは中止に……」

「うぉりゃああああああああああああああああああああああ!」

「ぎやぁあああああああああああああああああああああああ!」

 そんな僕の浅はかな策は、姫ちゃんのキャメルクラッチによって背骨とともにへし折られた。僕はエビ反状態で、姫ちゃんに身体を引っ張られていた。

「風邪なんか気合で何とかするんだ晶くん! ボクとのデートを中止なんて許さないぞ!」

「ああああああっ!姫ちゃん僕の身体が金のしゃちほこ状態に! これじゃあわざわざ仮病使わなくてもすでに重病人じゃん!」

 そう、姫ちゃんを説得するなんてこと、妖魔を倒す以上に困難なのだ。

 姫ちゃんは日本最強の勇者なんだ。そんな存在に盾突こうなんざ、愚の骨頂だ。

「せっかくボクがテレビの仕事キャンセルしたって言うのに! 晶くんはそれをパーにするっていうのかぁ!」

「そ、それは悪いと思ってるよ……」

「僕はうれしかったんだよ! 晶くんがボクのために戦ってくれて! そして勝利までして! だから、ボクは……」

「姫ちゃん……」

 僕を痛めつけていた手を緩めて、姫ちゃんはシュンとした悲し気な表情を浮かべている。

 こんな姫ちゃんの顔を見るために、僕は説得に来たんじゃなかったのに……。

「姫ちゃん、ゴメンよ。僕もべつに、姫ちゃんとのデートが嫌だってワケじゃないんだよ」

「じゃあ、どうして……」

「……その理由は、今は話せない。でも、僕は姫ちゃんを――」

 姫ちゃんが吸血鬼に噛まれる情景。そのあと、姫ちゃんが目の色を変えて、どこぞのプロモーションビデオみたいに、ゾンビ化して暴れまわる、そんなバッドエンド……。

 そんな未来、イヤだから。

「僕は姫ちゃんが大切なんだ。だからごめん、姫ちゃん。デートはまた今度にしよう」

「ぶぅ……。もう、晶くん……」

 姫ちゃんはどこかつまらなそうな表情を浮かべている。けど。

「でも、晶くんの目。ウソついてないみたいだし……。そこまで晶くんが言うなら、今日のデートはやめておこうかなー」

「姫ちゃん……」

「そのかわり、今度はユニバに連れてってね晶くん! 晶くんがエスコートするんだよ!」

「わかったよ姫ちゃん。今度はきっと、心置きなく遊べると思うから……」

 どうにか僕は姫ちゃんを説得できた。

 これでよかったんだ。ショッピングモールの吸血鬼も、レオンさんと沙菜さんにかかればそこまで脅威じゃないだろう。

 きっと、これでよかったんだ……。

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