QUEST.4 1/100のリビングデッド A

 あの決闘の日が過ぎたあとも、僕の日常はさりとて変わらなかった。

 僕の療養も、巽総長の怪しげな祈祷によって一瞬にして回復したため、目覚めてからわずか数時間で保健室を後にすることになった。

 そしていつもの学校での日々。妖魔退治に、そして一向に上達しない実技訓練に。

 あの未来視の力は最近現れていない。あれはおそらく、精神が極限状態に達したとき発動する伝家の宝刀なんだろう。まぁそんな極限状態が迫ってないということは……。いまのところ平和だということなんだろう。

 でも、相変わらず清水さんは孤独だった。

 授業中は窓際の席に座って、実技は一人で黙々とこなし、依頼も一人。そして食事も一人でとっている。

 相変わらずネット上で清水さんのことがめちゃくちゃに書かれていたけど、学校ではあまり騒がれてはいない。むしろ孤高に徹する清水さんからみんな距離を取ろうとしている。

 僕も姫ちゃんも近づけないでいた。


 そんなある日のこと。僕はおもむろに総長に呼び出された。

「よく来たのぉ、深玄殿」

 そこは総長の研究室。サーバーとディスプレイと配線のカオスの中、僕は立ち位置を探すようにふらふらしていた。正面の回転椅子に座る総長は、いつものことながら大福をほおばっている。最近はコーヒー大福にハマっているんだとか。

「で、総長いったいなんの用なんでしょうか」

「お主を呼び出したのはほかでもない。お主に、告げなければならぬことがあるからの」

「僕に……」

「前に話したじゃろ。お主の未来視について」

「あっ……」

 僕は思い出す。あの、ピンチの時の頼み綱の“未来視”について、前々から総長には話していたんだ。

 清水さんをも倒してしまったあの“未来視”の力は、いったいなんなのか。毎晩ふと脳裏によぎるものの、僕という凡庸な人間には到底答えが見つからなかった。

 しかし、総長さんなら……。総長さん、見た目以上に年を取ってるって噂されてるし。

「清水エイルを倒したときも、お主、“未来”を見たといったの」

「ええ、そうですけど」

「ふむ……。いろいろとあやふやな部分があるが、やはりお主には本当に未来視の能力があるのかもしれんな」

「えっ……」

「童もの、お主の未来視についていろいろ推測を立てたんじゃ。まずはお主は呪われた天命『少彦名』の勇者。少彦名はたしかに咒いの神であるが、その能力は勇者候補生にはほとんど受け継がれん。言うなれば、お主の天命である『少彦名』というのは、実際にはお伽話に出てくる『一寸法師』のようなもの。もしかしたらそっちが本当の天命やもしれん」

「い、一寸法師……」

「いや、勇者候補生の天命があやふやというのはよくある話じゃよ。かくいう『ワルキューレ9』の天命も出所がよくわからんから、あるオペラの登場人物を当てはめている……というらしいしの」

 果たして僕の身体にある天命――古の勇者さまとはいったい何なんだろうか。

 “呪われた天命”。なんで僕の天命は、こうも“弱い”のだろうか。

「とにかく、お主の天命には、いまのところ“未来視”を行えるような能力は見つかっておらん。ただ、お主には“小さくなる”能力しかないんじゃよ」

「じゃ、じゃあ僕の未来視は……」

「お主の未来視はどうも咒いによるものではないようじゃ。単純な能力ではない。言うなれば、能力の“応用”なんじゃよ」

「応用……」

「お主の少彦名の能力はお主自身を縮めるものではなく、お主を定義する世界の縮尺を変える。一種の自己暗示というか集団催眠というか……この話は突き詰めるとややこしいので省くが、つまりはお主は仮初めでも、世界というものを小さくすることができるのじゃ」

「はぁ……」

「なんだかよくわかっておらんようじゃの。まぁ言うなれば“コレ”じゃの」

 そう言って総長は机の下の引き出しをガサゴソ漁って……黒とシルバーの、いかにも理科の実験っぽい器具を取り出した。それは……

「顕微鏡……」

「顕微鏡は小さなものを見る器具じゃ。その小さな対象物をレンズを通して、見えるほどの大きさに拡大する。お主が世界を小さくする能力を有しているなら、必然、その小さな世界を“視る”能力も備わっているのではないか? ……というのが童の推測じゃ」

「な、なるほど……。じゃあ僕は、その顕微鏡みたいに、小さなものを見る力も同時に持っているんですね」

「いや、こんな簡素な顕微鏡じゃない。お主は言うなれば電子顕微鏡レベルの、ナノサイズのモノを視る力を持っているやもしれん。なにせ、お主の小さくなる能力は際限がないからの。つまりは、お主は――おそらく、量子の世界、極小の世界を視ることができる」

「極小の世界……」

 いったいスケールが大きいんだか、小さいんだかよくわからない話だ。

「お主は量子力学は習っていたかの?」

「いえ……。僕が知ってるのはシュレディンガーの猫の話ぐらいで……」

「そうか。まだ2年だからの。量子の世界というのは確率的な世界での。あるモノがそこに存在しているかと思えば、あっちに存在したり、向こうに存在したり、もしくはどこにも存在していなかったり……と、マクロの世界ではありえない世界じゃ。ちょうどお主の言ったシュレディンガーの猫の話のことじゃ。箱の中の猫が生きていたり、死んでいたり、そのどっちの世界も存在しておる……」

「生きていたり死んでいたりって……。つまり、いろんな可能性があるってことですか?」

「なかなか察しがいいの。つまり、量子の世界にはあらゆる可能性があってな。そしてその世界には『時空泡』というものが存在してな」

「時空泡?」

「一種のワームホールってやつじゃ。簡単に言えば、別の世界につながっている“穴”じゃよ。お主はおそらくの、その時空泡、ワームホールを覗くことができるんじゃよ」

「わあむほおる? そ、それを覗けば別の世界ってヤツを視ることができるんですか?」

「別の世界、もしくは、お主が辿るべき“未来”が見えるやもしれん」

「えっ――」

 量子力学の話なんて僕には馬の耳に念仏だけど、つまり総長の話を要約すると、僕は小さくなれるがゆえに、小さな世界、『量子の世界』とやらを覗けて、その量子の世界には別の世界につながるワームホールがあって、その一つに未来につながる穴があって僕はそれを覗ける。ゆえに、『未来視』ができるというわけ……みたいだ。

「どうじゃ深玄殿、理解できたかの?」

「なんとなくは分かりましたけど……。ぼ、僕……本当に未来が見えたんですね」

「いや、長々と話したんじゃがの。これはあくまで童の推測じゃ」

「え?」

 僕は口をポカンと開けた。

「そう考えればつじつまが合うというだけの話じゃ。しかもこの考え通りなら、お主の未来視とやらは、できないことはないかもしれんがかなり困難なものとなる。量子の世界を覗けたところで、お主がそこから『未来』に通づる穴を覗くなんて芸当は、誰も試したことがないものじゃから、できるかどうか不明なのじゃよ」

「そうなんですか……」

「だからお主に本当に未来視の力があるかどうか、いまはハッキリとしておらんのじゃ」

 散々難しい話をされた挙句、どうも僕の未来視の可能性は“未だ解明できていない”状況のようだ。果たして僕の未来視の能力って……

「……未来視の能力があれば、僕も、今以上に強くなれるんでしょうか」

 僕は足元のうねうねとした配線を眺めながらつぶやいた。

「お主、一つだけ言っておくぞ。もし本当にお主に未来視の能力があったなら……お主は苦しむことになるぞ?」

「え? どういうことなんですか?」

「過ぎたる力は身をほろぼすのじゃ。未来視は、なにも視たい未来だけが視える能力ではないのじゃ。モノによっては、視たくない未来ばかり見えてしまうこともある」

「視たくない未来……」

「たとえば、大切な人が傷つく、もしくは死ぬ未来。もしくは、誰かが傷つき、誰かが死ぬ未来、自分自身が傷つき、死ぬ未来……とかの。お主の大切な人間が何者かに殺されたり、事故で死んだりする“未来”を見てしまった場合、お主はどうするのじゃ? その未来というのはもしかしたら決定している未来で、どうあがいても書き換えられない運命というやつかもしれん。そうなれば、お主はその大切な人間が死ぬ運命をただ指を咥えて見ているしかできないんじゃぞ」

「…………」

「まぁ、人の生き死にはそう起こるものではないが、童たちは勇者候補生じゃ。もし、お主の未来視がホンモノなら、誰かが死ぬ未来を視てしまう――やもしれん。その覚悟をしておくんじゃぞ」

 僕の未来視の能力。それは困難な未来を乗り越える、非力な僕に与えられた伝家の宝刀だと思っていた。

 でもその代償は重く。もし、僕の未来視の能力が、いまのようなあやふやなものでなく、テレビを見るみたいに受動的に湯水のように“未来”を視れるものだったらなら……

 その未来の重さに、僕は亡んでしまうだろう。

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