QUEST.3 1/100の男の誇り F

「晶くん晶くん死んじゃやだよぉ! またお別れなんかもう嫌だよぉおおおおおおお!」

 姫ちゃんが、泣きわめいている。

 それはどうも――最悪の未来のときの、敗北の涙ではなく、どうも僕の安否を想って泣いているようで。

 っと――ここはどこだ。僕はどうなったんだ。

「ん……」

 目を開ける。そこは白い空間。白いベッドの上で僕は眠っていたそうだ。

 そしてその脇に、姫ちゃんが涙のパックして立ち尽くしていた。

「姫ちゃん……」

「晶くぅーん!」

 べちゃっとその涙そして鼻の汁を僕の胸元へと擦り付ける。いや、これは涙涙の抱擁だ。

 えーと僕は、そうだ清水さんと戦って……。

「姫ちゃん、僕は……」

「晶くん弱っちいのに、なんでボクの代わりに戦ったんだよ! そりゃ、晶くんはやがて最強の勇者さまになるオトコだけど、今は……ぜんぜんダメダメな勇者じゃないか!」

「あー……うん、そうだね」

 まったく、その通りだ。

「ボクが負けたってどうだってよかったのに……。それに、これはボクの問題なのに……どうしてっ……」

「ごめんね……姫ちゃん」

 僕は、姫ちゃんの犬耳のような跳ねた髪をなでる。

「僕は……どうしても戦わなきゃならなかったんだ。だって、姫ちゃんは負けちゃだめだから。姫ちゃんは……僕のために最強の勇者になってくれるんだろう」

「うぅ……」

「だから、その姫ちゃんの思いを、毀したくなかったから、僕は勇気を出したんだ」

「えっぐっ……。そんなっ……。これじゃあいったいボクが誰のために勇者になったかわからないじゃないか!」

「ほんとだね……まったく」

 お互いがお互いを“守りたい”と思うあまり、いったいどっちが守られる側で守る側かわからなくなってしまっている。でも、それでもいいのかもしれない。持ちつ持たれつ、僕たちは大切な――幼なじみなんだから。

「でも……それよりもなによりも、ボクはうれしいよ!」

「えっ……」

「晶くんが……初めて勝ったんだよ! しかも、あの性悪アイドルの、清水エイルに!」

 そうだ。僕は勝ったんだ。

 あのサムハラの護符を破ってから――僕の記憶はぶっ飛んでいたけど、あれはもう、言いようのない僕の勝ちだったんだろう。

「僕は……勝ってたのか」

「もうっ、晶くん勝ったのはいいけど、そのあとぶっ倒れちゃって……。巽総長と、清水エイルがさ、晶くんを拾って、『打ち出の小槌』で晶くんを元に戻して……。でも晶くん、なかなか起きなくって、もう二日も寝込んでちゃったんだよ!」

「そうだったんだ……。面倒かけたね、姫ちゃん」

「なーに言ってんだよ晶くん! それよりもなによりも、ボクのために“勝利”を勝ち取ってくれてうれしいんだよ! もう晶くんのオトコマエ!」

「あ、うぅ、姫ちゃん……」

 姫ちゃんがぎゅっと抱き着いてきた。その顔は太陽の笑顔。僕はこの笑顔を取り戻すため、ここまで必死になってきたんだ。

 と、そういえば……。

「姫ちゃん」

「ん? なぁに晶くん」

「そういえば姫ちゃん、風邪のほうはどうなったの?」

「ん? ああ、それなら昨日、巽総長の祈祷でどーゆうわけかすっかり治っちゃったよ」

「そんなオカルトな方法で治ったの!」

 まぁオカルトが現実に存在するのがこの勇者学校というわけで。

「そんな簡単な方法であの高熱が治っちゃうなんて……拍子抜けだよ」

 なんだか僕の努力が全否定されたような……。まぁ姫ちゃんはもともと身が丈夫なんだろう。その姫ちゃんの精神力のおかげで、熱がぶっ飛んだんだろう。

「でも、晶くん、とっても助かったよ。ボクが負けてもどうでもいいって言ったけど、実際……ボクが負けていたらさ、清水エイルみたいに……」

「え?」

 いったい僕の眠っている間になにがあったのか。そんな疑問をもくもくと焚いていると。

「……失礼するわ」

 おもむろに、保健室の戸が開かれた。

 そこから現れたのは、あのプラチナブロンドの戦乙女。“戦場の勇気”〈ヴァルトラウテ〉の天命の元ワルキューレ9の……清水エイルさんだ。

 ケープを纏った悠然とした出で立ち。しかし今の彼女は、僕が目覚める前に出会っていた清水さん――以上に冷たい雰囲気に包まれていた。孤高というより、孤独な感じ。

「清水さん……」

「どうやら、目覚めたみたいね。格1の、最強の勇者さん」

 あてこすりのようだけど、いまいち張り合いのない淡々とした言葉だった。

「私も勇者のはしくれだから、後付けであっても決闘のルールには乗っ取ってあげたわ。二日前の決闘はあくまで私とマメ……真幌場姫騎との決闘。あなたは代理で出たまで。つまりあなたは私に勝ったわけではない」

「なっ――」

「でも、真幌場姫騎は私に勝った――そして私が負けたことになる」

「えっ……」

 つまり、清水さんは負けを認めた……のか。

 そりゃ……清水さんは“意識高い系”の勇者なわけだし、それゆえそこら辺の線引きは意外としっかりしているんだろうけど……。あれほどまでにいがみ合って、吠えまくっていた相手が、こうもあっさり矛を収めてしまうなんて……拍子抜けだ。

 すべてがうまく終わったはずなのに、どうもしっくりこない。対する姫ちゃんも、その清水さんに訝し気な表情を浮かべるも、雑言や売り言葉を吐かない。

「あんな戦いを勇者の戦いだと認めたくないけど私は負けた……。私は考えを改めるわ」

「考えを……って」

「私の理想を他人に押し付けない。私は……私だけで理想のために鍛錬を続ける。弱いのは……私のほうだって気づいたから、だから……」

 清水さんは暗い声をかき消して手に持っていたナイロン袋を僕のベッド脇の棚に置いた。

「よかったら、これ食べておいて。じゃあ……そういうことで」

「あっ、清水さん!」

 清水さんは袋を置くと、逃げるように保健室を飛び出していった。

「ぶー、あの女、ほんっとーに相変わらずなんだからー。まったくー」

 姫ちゃんは文句を垂れていたけど、その言葉はいつもより棘が丸い。姫ちゃんは清水さんが持ってきた袋を開け、その中のバウムクーヘンをおいしそうに眺めていた。

「あの、姫ちゃん……」

「ん? どうしたの晶くん」

「清水さん……何かあったのかな」

 僕の問いに、姫ちゃんは持っていたバウムクーヘンを箱に戻す。

「ああ、うん。それがねぇ……ほんとう、ボクもなんだかムズムズする話なんだけどさー。清水エイル、晶くんに負けたでしょ?」

「うん……」

「決闘は非公式なもんだから、動画とかは上げられないんだけど、そのかわり一応委員会から勝敗だけは通達されるんだよ。つまりボクの勝ち、清水エイルの負けって情報がねー。それが……ネットにドバドバーっと拡散しちゃってさぁ」

 姫ちゃんは携帯端末を操作し、いろんな情報サイトを開いていく。

『ワルキューレ9、戦場の勇気ヴァルトラウテ敗れる!』

『清水エイル、高天ヶ原の日本最強、真幌場姫騎に惨敗! ヴァルハラの乙女凋落か!』

『ドイツヴァルハラの面汚し! 戦乙女の誇りはどこへ!』

 なんてふうに。あることないことが独り歩きしていろんなことが書かれていた。

「決闘の結果を呼び水にしてさ、清水エイルの高天ヶ原転校のことも漏れたみたいでね。なーんか有名人の凋落ぶりをみーんな面白おかしく騒いじゃって……。これじゃあ清水エイル、表を歩けないよ」

「そんな……」

「ボクたちも清水エイルの内っ側部分ってやつをロクに知らないからさ、よくわかんないんだけど……でも、アイツ、口は悪いけど格10の強い勇者だよ……。それが“面汚し”だとか言われちゃって……。ボクも時たまそういうこと言われたりするからわかるけど、参っちゃうんだよね……」

「うん……」

 勇者というのはこの世界を守る存在だ。それを誰よりも、清水さんはわかっていたはずだ。たとえ言い方が乱暴だったとしても……信念は間違っていなかったはずだ。

 そんな清水さんが……世間から陰口をたたかれるなんて。

 いったい正義ってなんなんだろう……なんて月並みなことが頭によぎったりする。

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