QUEST.3 1/100の男の誇り E
「まったくわけがわからないわ。どうしてあんたなんかと決闘しなきゃならないのよ……」
「まぁ……ねぇ。僕だって、本当は決闘なんか反対だったんだけどさ」
闘技台の上、両者間を空けて立っている。その脇に巽総長が立ち審判役となる。
「でも僕は姫ちゃんのために戦わなきゃならない。姫ちゃんの思いを遂げないとならない」
「どうしてあなたはそう、身のほど知らずなのよ。格1の少彦名の天命保持者。そんなのと私が戦えば、あなたが負けるのは火を見るより明らかだわ」
「たしかにそうかもしれない、でも、男には引けない時があるんだ!」
「本当、マメダヌキと同じようにめちゃくちゃだわ。あなたとマメダヌキの歪んだ根性、叩き潰してやるわ!」
「あのぉーお主ら時間が押しておるんじゃからさっさと始めんか!」
総長がご立腹でいらっしゃる。
「さぁさぁ決闘を始めるぞお主たち。決闘のルールは……実際に剣や槍でズバズバ斬りあう……なんて血なまぐさいのは、今の時代にそぐわんじゃろうからな。お主たちには『サムハラの護符』を取り付けて決闘を行ってもらう」
「さむはら?」
聞きなれないのか、清水さんは疑問を浮かべている。
そんな清水さんに向けて、総長は一枚の白い札を取り出す。そこには解読不能な難解な四文字熟語が書かれていた。
「この札を身体に付ければたいていの斬撃は咒いの効果で無効化される。痛みは伴うが傷や出血の類は出ぬ。つまりは一種の防刃ベストのような効果が顕れる思ってくれればよい」
「ああ。そういう感じの
清水さんが納得する。
その清水さんと僕の背中に、例のサムハラの護符が張り付けられる。
「決闘のルールは、お互い勇者の“神器”を使って戦って……相手を屈服させるか、もしくは相手の背中のサムハラの護符を引っぺがす、もしくは切り裂くかしたら勝ちとする。ああ、あとこの台から落ちて場外となっても負けとするぞ」
「総長、じゃあべつに、相手を屈服させなくても、相手のサムハラの護符をうまいことはがすだけでも勝つことはできるんですね」
「まぁそうじゃが、そのためには相手の背後に回らんといけんし、サムハラの護符はとりもちでしっかりくっついておる。少なくとも相手をダウンさせないと難しいものじゃぞ」
「そうですか……」
「まぁとにかく、お互い頑張るのじゃ。童的には、まぁ、どっちが勝っても構わん。というより、もうなんでもいいからややこしいことは終わってくれんかのぉ……」
というわけで――ようやく、僕らの決闘が始まることとなった。
どちらの勇者が強いか。それは火を見るより明らかだろう。でも、今の僕にはなぜか炎のように力が滾ってきているのだ。今の僕なら、何でもできそうな気がする。
あの未来さえも、超えられそうな気がする。
「さぁー。見合って見合って、勝負、はじめぇ!」
総長の掛け声とともに、戦いの火ぶたが切られる。
すかさず――清水さんが槍上のアクセサリーを展開、聖槍〈ゲイルスケグル〉が輝きとともに伸展する。
「我は“戦場の勇気”〈イッヒ・ビン・ヴァルトラウテ〉」
その言葉のあと、清水さんを纏う空気が変わった。おそらく、天命を呼び起こすための“詠唱”なのだろう。
セーラー服の上にケープを纏った変わらぬ姿だけど、すでに彼女は勇者の霊をその身にまとっている。
北欧神話系、ワルキューレの9姉妹の一人、ヴァルトラウテ。
その腕を振るえば、トラック1台くらい軽く吹き飛ばせるだろう。そんな人外、神なる力を持つ存在こそ勇者だ。
「さぁ、あなたも自分の“天命”を喚びなさいよ。それともすでに降参?」
「……僕は、まだ手の内を明かせない」
「天命を喚び出せないって……ふざけてるの? まぁいいわ、どんな手を使うにしろ、私には敵いはしない。あなたの魂はヴァルハラに送ってあげるわ!」
ダッ、と目の前の清水さんが床を叩き、疾駆した。
目にも止まらない。放たれた矢のよう。狙い定められたものは運命的に心臓を抉られる――神がかり的な勇者の速さだ。
でも、こんな速さ慣れている。
僕にはわかる。僕はこの一カ月、まかりなりにも姫ちゃんの胸ポケットに収まって、姫ちゃんの戦いを見てきたんだ。
初めは姫ちゃんの速さに目と体がついていかなかった。でも、たった数日経っただけで、その目に留まらなかったビルや街頭のシルエットが、むしろゆっくりとコマ送りのように見えてきたのだ。
ハイスピードでサーキットを走り抜けるF1レーサーは通り過ぎる看板の文字を視認できる――なんて話もあるのだ。
その感覚を思い出せ。
そうだ。未来視も、まして勇者の力もいらない。勇者同士の決闘であっても、戦っているのは人間同士に変わりない。その人間の力を十分に発揮してやれば――
「はっ――」
清水さんが――1メートル手前、そこから石英と金のまばゆい長槍――が薙がれる。
僕の前、で一瞬止まり。そこからブン、と槍を手前に引き、空気を漕いで、そしてそれが一思いに薙がれる。
金色の軌跡は僕に向かって弧を描く。それを視認することはかろうじてできる。だけど――残念ながら、今の僕にはそれを避けるすべはない。
しゃがむにしても、後ろに下がるにしても、目の前の槍を躱せるほどの瞬発力を僕は持ち合わせちゃいない。なにせ、相手は天命を宿した勇者。敵うわけない、のは必然。
正面の戦乙女も勝利を確信しているだろう。
だけど、僕は――吠えなければならない!
「我が身
僕は矮さくなった。
身長145センチの十分の一、14.5センチとなった僕の世界は小さくなった。
頭上を金の軌跡が過ぎる。しゃがむことも退くこともできなかった僕は、この呪われた勇者の力を発動させた。
「なっ……」
誰もが驚くだろう。
己の身体を小さくして、槍をやり過ごすなんて――まったくバカげている。でも僕は、どんな手を使っても勝たなければならない。
今だ、
「やぁあああああああああ!」
14.5センチの僕が、腰に佩いた細剣『蔭針』を引き抜き、戦乙女、清水さんのもとへと向かう。
その歩幅は小さく見えるだろう。でもこの『少彦名』もまかりなりにも勇者だ。しかも小さくなった代わりに、僕の身体は誰よりも軽くなっている。
そして今、僕の身体には言いようのない力が滾っている。
まるで月面を歩いているかのように、僕の身体は軽やかだった。なにせ体重50キロが一気に5キロとなったのだ。45キロ分の重みがなくなったわけだ。
小さいものが弱いわけじゃない。大昔の恐竜だって、小型の鳥類に進化して絶滅を免れたんだ。そして昆虫は太古の昔からこの地球に生き続けている。
そう、僕は鳥だ。草を食む、昆虫だ。
「姑息なっ! それが少彦名のチカラだっていうの!」
その矮さい僕に向かって一直線に槍が突き抜かれる。身を乗り出し、足を踏み込み反射的な速度で僕を刺し穿とうとする。
もちろん、それを僕は避けれない。
ならば、
「――加えて十分の一! 少彦名!」
僕が穿たれるはずの“世界”を小さくした。
さらに十分の一、僕の身長は約1センチ半となる。もはや羽虫の類だ。
「なっ――」
十分の一ほどなら、まだ理解の範疇だろう。
でもさらに十分の一。それほどまでに小さくなったら、いったいどこまで小さくなるのかわからなくなるだろう。
そう、僕のこの力にはおそらく際限はない。どこまでも小さく、僕は成れる。
そして矮さくなった僕には、まだ戦う術が残っている。
僕の縮尺から見てA1サイズ、ポスターほどの白い紙を取り出す。それはあらかじめ五芒星の咒いの施してある、いわゆる式札というものだ。
それを背に、マントのように羽織る。ちょうど姫ちゃんの愛用マントのように見えた。
「
僕の言の葉に共鳴し、式札がはためく。風に揺れる反物のように揺らめき、ただ無秩序に風を起こしている。
それは、普通の大きさの人間にとって、些細な、耳に吹きかけられるような小さな風だろう。でも、極限に小さくなった蝿のような僕には十分な風だった。
ハエが空を飛ぶのは航空力学上ありえない――なんて言われていたことがある。しかし、計算上あり得なくとも、蝿の小さな体は空気という流体の海を泳ぐには十分な“軽さ”を有しているのだ。
空を飛ぶには、小ささが利点となるんだ。
僕は――空を舞った。
式札が扇いだ風で飛び上がった僕は、ただ式札の翼の繰り返されるはためきで
「あ、あんた……。格1のあんたがなんで空を飛べるのよ!」
「実技は0点でも、基本陰陽学は100点満点なんだよぉ!」
たとえ実技ができなくても、勇者としての力がなくとも、基本的な陰陽道、呪術の類は僕だってできる。
僕にだって、できることはあるんだ。
式札で普通の人間を飛ばすなんてこと、安倍晴明の天命を持つ巽総長でも難しいことだ。でも、それがゴマ粒みたいな“僕”を飛ばすことなら造作もない。
ただ、僕は陰陽道に関してはまだ素人なので、その効果はよくて1分だ。その1分で、清水さんを倒さなければならない。
僕は――風を蹴る。身を投げる。
「とりゃぁああああああああああああああー!」
清水さんに向かって一直線。蔭針を清水さんの喉元へ向け、前傾姿勢となる。
僕は獲物を狙う
式札は翼、剣は嘴。
風の壁を抜け、あらゆる雑念を恐怖を取っ払って、僕はただ突き進む。
ただこの一撃で、清水さんの背のサムハラの札を裂けばいい。ただそれだけで僕は勝つ。
卑怯だっていい。下種だっていい。
ただ今は、姫ちゃんのため――
カァアアアアアアアアン。
剣が、光を散らし閃いた。
「あっ……」
驚いたのは僕のほうだった。
僕という微小な存在に、驚き及び腰だった清水さんが、表情一変、
僕という――わずか1.5センチの存在を、槍の穂先の先端部分で、きっちり僕の細い剣を抑えていたのだ。
それはもはや、針の穴に糸を通すどころじゃない、放たれた砂粒を槍の一点で抑えるとかいう――もはや人知を超えた話だ。
「なにボケっとしてんのよ。私は――ワルキューレ9よ。あんたがどんな愚策を繰り出そうと、私の
そう威勢よく言い放った。
剣と槍が交差する。鍔迫り合い。いや、ぶつかり合っているのは剣の刃と槍の先という不安定なもの。
それは遠目で見れば不思議な光景に映るだろう。まるで清水さんが、何もない空間に向けて槍を突いてるようなオカルトな光景だ。
清水さんの槍を押す力はやはり強い。しかし僕も負けてられない。いまのところ、どういうわけか力が釣り合っている。僕の底力のおかげなのか。
「あなたの矮さくなる力……どうも、ただ体を縮小しただけじゃないみたいね」
「そう……だねっ」
「本当に体が縮小なんかしたら、そもそもあなたが人間の姿を保てなくなる。そして――こんなふうに私と押し合うなんてことはできない。身体が小さくなれば力も小さくなるのが道理なのに、むしろあなたの力は大きくなったみたいに見えるわ……」
「まぁ……ね。僕の天命はまかりなりにも勇者の天命、その力は、僕の力を底上げする!」
「それだけじゃ……ないんでしょ?」
「ああ。この力は僕を矮さくするんじゃない! 僕の“世界”を矮さくするんだ!」
少彦名の勇者のチカラは、僕の身体を小さくするんじゃない。僕の周りの“世界”の尺寸を小さく置き換えるんだ。
1メートルは10センチに。10センチは一センチに。僕を取り巻く世界の長さの“概念”が小さなものに置き換わったまでで、僕自身をわたあめを押しつぶすように圧縮したのではない。
僕の世界が変わっただけで、僕は変わらない。だから、小さくなっても力は変わらないんだ。
「まったく道理が分からないけど……。でも、なんにせよあなたが格1の勇者であることには変わりはないわ! 食らいなさい!」
ふっ、と力が緩んだ――瞬間、突発的な押し付ける力が加わる。
僕の剣を押し付ける、清水さんの槍が鐘つきのような重みで押し出された。僕は思わず浮遊していた体を崩し、直進する槍より体を反らした。その僕の動きを予測したかのように、槍がすかさず旋回――薙がれる。
「くっ……。どうしてそんな正確に……!」
「これが勇者の格の違いよ。あなたの剣の動き、素人ってわけじゃないでしょうけど、まだまだヒヨッコだわ。果たして、いつまで私の槍を抑えられるかしら?」
清水さんの四方八方の槍の軌跡。その軌跡を避けるのはそれほど難しいものじゃない。式札の飛行によって高次元の立体移動が可能になってるから、あらゆる方向に逃げることができる。でも、式札の効果はあと30秒ほどだ。早く手を打たないと……
ここは、無謀でも突撃しないと。
「てやぁあああ!」
八双の構え。剣を垂直に掲げて、声とともに勢いだけで突撃する。
「この猪口才なぁ!」
清水さんの槍が直進。その決して曲がることない軌跡を僕は目を見開いて視認する。直進する槍は直進するだけだ。ゆえにその動きを見破るのはたやすい。
これは未来視じゃない。だけど、読めた。
僕はその槍の穂に向かって――
「はっ――!」
直進した槍。踏み込んだ足を戻し、態勢を整えた清水さんはおそらく違和感を覚えているだろう。
「なっ、ど、どこよ! どこにいるのよ!」
槍の先に僕の姿は見えない。そのあたりにも、闘技台のすべての平面の上にもいない。
清水さんが僕を探すためか、やたらと槍を振り回す。それは僕という蝿を振り落とさんばかりの激しいものだった。
それが狙いだった。
思わず――ぶん、と清水さんの槍が一思いに切り上がり、その穂が清水さんの腰より上に移動したとき。
「てやぁ!」
「なっ!」
僕は清水さんの槍の穂の先――その裏に隠れて居た僕は身を乗り出した。
式札の浮上能力により、一瞬にして飛び上がった僕。そんな僕に太陽の神は味方した。
僕の背に昼の眩い太陽があった。
「くっ……」
反射的に清水さんの目が眩む。
それに追随して、清水さんの槍、腕の動きが一瞬停止した。相手はスタン状態だ。
ただ一瞬だけでいい。その一瞬にすべてを賭ける。
「行けぇえええええええええええ!」
穂先を越えて、懐に入ってしまえばこちらのものだ。リーチの長さが利点の槍だけど、そのリーチの端を越えて、小さな僕が近づけばそれをうまく振るうことも敵わないだろう。
ただ一瞬の隙。それを越えて、僕は――
ビィイイイイイイイイイイン!
「あっ……」
僕の全力全開の突撃は――サイケデリックな文様の壁に阻まれた。
それはどこか美しく、どこか不気味な。ゆらめくエメラルドグリーンの炎のカーテン。それは姫ちゃんの『燧石』のプラズマの壁と似たようなものだった。
「“私”を越えられると思ったの?」
槍を胸元に引いて清水さんがつぶやく。
「オーロラの鎧。プラズマで形成された絶壁の鎧。私を纏うこれは、あらゆる斬撃を、魔法魔術、陰陽道を防ぐ。たとえ私と同じ格10の勇者であっても突き破れない、それが各1の勇者なら、言わずもがなよ」
「なんだって……」
「所詮、無理だったってことよ。勇者の格が違いすぎる。あなたは、私の鎧を破れない」
清水さんを纏うオーロラの鎧は、鎧という名前を冠するからか、全身を薄く纏っている。その薄い膜に衝撃を与えれば“防御”となってオーロラが輝くんだろう。
これが、戦乙女の鎧か。
おそらく魔法的な鎧なんだろう。それを突き破る術など、僕には持ち合わせちゃいない。
「このっ!」
僕は蔭針を力いっぱい突く。横に薙ぎ、袈裟に斬り込み突破口を開こうとするけど、すべての剣戟が無効化される。
無駄だ。なにをしても無駄だった。
これはいつもの僕だ。いつも僕は――蛮小鬼に向かって剣を振るうけど、それにロクにダメージを与えられずにいた。
それは僕に力がないから。
いや、本当のところは僕は壁を作っていたのかもしれない。今まで僕は自分で硬い硬い殻のような壁を作っていたのかもしれない。
何もできないなんて、勝手に思っていた。
でも、僕は――ここまで来たんだ。
僕に与えられた未来視の力、それがなんなのか、さっぱりわからないけど。たとえそれが悪魔の力だったとしても、僕はそれを何としてもモノにしてやる。
今までの僕をぶっ壊してやる。
その、目の前にある壁の――向こう側へ!
「無駄よ。もう諦めなさい。あなたも、あのマメダヌキも、私に負けるのよ!」
「そんなの……いやだ!」
「ふざけたこと言わないで! 私が、私こそが正しい勇者なのよ!」
「違う! 正しくて、最強なのは――姫ちゃんだぁ!」
剣を振るう。オーロラは無情にもただ美しく揺らめいている。背中の翼、式札の効果はあともって十数秒。
もう、時間がない。
式札がなくなれば、僕にもう手がなくなる。どうすればいい。
考えろ。考えろ考えろ考えろ……!
相手の身体を纏うのは鎧だ。鎧の相手に対し、どう剣を振るえばいいか。
鎧というものは――西洋の甲冑、戦国時代の武将の甲冑にしろ、必ず可動部に隙間ができるものだ。服のような楔帷子であっても、細剣で突いてやればいいだけのもの。
対してこのオーロラの鎧には隙間があるだろうか。プラズマ――というより、それは化学現象を無視した一種の魔法作用なのだろう。魔法なんて人知の越えたものに果たして“隙間”というものが存在するのか。
いや……。待てよ。
もし本当にオーロラの鎧が、清水さんの身体を纏っているのなら、攻撃のさい、清水さんはその鎧をどのように展開しているんだろうか。
少なくとも槍には鎧が纏われていない。そしてこの清水さんのオーロラの鎧……どうも鎧というより、障壁と言ったほうが適当だ。よく見ると……清水さんを楕円状のタマゴで包むように、清水さんより離れた位置から曲面で展開されている。
障壁の外側にいる僕から壁となるそれは――逆に、内側の清水さんにとっても壁となるんではなかろうか。
つまり、あの槍を振るうには、このオーロラの鎧が邪魔になるんじゃないだろうか。
「…………」
「あら、どうしたの? ようやく自分の無力さに気づいたの?」
僕は無力だ。でも、僕にはそれでも守りたい存在があるんだ。
『なんでかどうしてかわからないけどっ……ボク、とっても悔しいんだよ! 涙が止まらなくって、心がズキズキしてっ!』
姫ちゃんが負ける未来なんか、僕は見たくない!
僕は、未来を否定する。
「じゃあ……一思いにやってあげる。これで私の正しさが――証明されるわ!」
僕の前に槍が迫る。それはまっすぐに進む直突きの槍だ。
これは一か八かだ。清水さんの槍が放たれる瞬間、そこに鎧の“隙間”ができるのかもしれない。おそらくそれは、自分と似たような相手との闘いの際には気にも留めないほど、小さな隙間だろう。でも、いま清水さんが相手するのはこの最小の僕だ。
ほんとうに一か八か。針の穴に糸を通し、その穴にもう3度ほど糸を通すような――無茶な芸当だ。でも――
見えた。異常なまでに研ぎ澄まされた僕の瞳。世界のすべてを見渡せるかのような超感覚。その世界に一つの光――迫る槍のまわりに空いた、小さなオーロラの鎧の隙間。
「そこだぁ!」
見える。そして飛べる。僕にあふれる言いようのないチカラ。これは姫ちゃんを助けたときに、渡辺先輩とぶつかったときに顕れた未来視の力だ。
その
槍をすり抜け、槍の柄を辿るように直進する。錐のようになった僕は押し寄せる風をものともせず、空いた鎧の隙間へ突き進んだ。
「あっ――」
そこにあったのは、あっけにとられ口を開けたままになっている清水さんの顔だった。
僕は勝利を確信し、彼女は絶望を確信した。
清水さんの腰を回り、急旋回。小さい回転角で腰の向こう、清水さんの背中へと到達。そこにある、サムハラの護符に向かって――
「穿て蔭針――!」
一直線に針を通した。
そして、僕を運んだ式札も
そこから先は、覚えていない。
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