QUEST.3 1/100の男の誇り D

「あっ……」

 朝日が僕の頭上に差す。ひんやりと頬に当たる冷たい木の机。A4ノートは枕の代わり。どうも僕は寝落ちしてしまったようだ。

「…………」

 もう数時間で決闘になってしまう。おそらく姫ちゃんはまだ熱にうなされているだろう。

 僕が、なんとかしなくちゃならない。でも、何の策も思いついていない。

「はぁ……」

 僕はふと、開かれた落書きノートを見る。そしてシャープペンシルを持って、作戦を考えてみる。

 確か昨夜、僕は……予知夢を見た。姫ちゃんの負ける未来という……最悪の未来を視てしまった。

 僕は否定した。そんな未来いやだ――と。

「ん……」

 なぜだろう。

 僕のカラダの中心から、言いようのない力が滾ってくるような。

 寝落ちしたというのに、僕の身体はいつも以上に軽くなっている。疲労の鎧がない、しかもどういうわけか不安の鎧もない。身軽となった、勇者ダビデのような……

 そして、ドバドバと言葉にならない思いが流れ込んでくる。頭が冴えきっている。まるでテストで勉強したところが当たって、スラスラとペンが進むように。

 今の僕なら、何でもできそうな気がする。

 僕は思いついたことをノートに書きなぐっていく。正直支離滅裂、だけどいままでの僕が思いつけなかったひらめきに満ちた言葉の数々が記されていく。

 そうだ、こうすればいい。そこをこうやって、そうやれば。

 そんな神がかり的、一種のオカルティズムな発想で、僕は一発逆転サヨナラホームランの策を練っていった。


 高天ヶ原、卯の方角に位置する『宗像闘技場』。広さは高天ヶ原の敷地面積の3分の1ほどのなかなか広いものだ。

 ここで様々な勇者同士の闘技が行われる。併設される体育館ではこの前僕が行っていたVR訓練所もある。トレーニングルームなどもあり、勇者の基礎鍛錬に事欠かない施設だ。

 その『決闘エリア』に僕は向かったのだが、なにぶん僕はここにきて1カ月のもので、こちらの施設にあまり詳しくなかったりする。そういうわけで、迷いに迷って『決闘エリア』に到着できたのは14時の数分前。あやうく間に合わなくところだった。

「待って、まってくださーい!」

 とロクに心の準備もできぬまま、着の身着のままで決闘エリアのステージに乗る。

「おお、よく来たのぉヒメ……って、なんでお主が?」

「巽総長! 僕が! 僕が姫ちゃんの代理で決闘に出場します!」

「なんじゃとぉー!」

 つまんでいた大福の袋を取り落とし、絶叫する総長。

 その正面、清水さんも突然現れた闖入者たる僕に首をかしげていた。

「どういうこと……なの? 代理って……」

「決闘に代理を立てるのはルールに乗っ取ったものです。先日いただいた決闘のルールブックにもそう記載されています!」

 僕は電子端末を突き付けた。

「の、のぉ! た、たしかに『決闘士は代理を立てることが可能』と記載されておるが……しかし決闘の代理はまだなんの登録もされておらんぞ。委員会の許可なしに、そんなことはできんぞ……」

「お願いします! 巽総長! どうか、どうかご慈悲を!」

「ぬ、ぬぅぅ……」

 僕は闘技台のタイルの上に額を乗せ土下座した。みっともないけどこうするしかない。

「あ、あなた……。どうしてそこまでするわけ? あのマメダヌキのために……」

「僕は……格1の勇者だ」

「はぁ? か、格1ですって……」

「でも僕は最強の勇者になるんだ! 僕は……姫ちゃんのために戦いたいんだ!」

 僕はただ頭を下げていた。ただ床しか見えない。ただ一点を見つめ、ただ祈っていた。

「わけがわからないわ。格1のあなたが、私に歯向かうなんて……飛んだお笑い種よ。最強の勇者だかなんだか知らないけど、あなたには“代理”は力不足よ」

「でも、姫ちゃんは負けちゃだめなんだ! そんな未来、許されないんだ!」

「あなたみたいな弱い勇者が騒ぐんじゃないわよ! 昨日調べたけどねぇ、あなた『少彦名』の天命なんでしょう? そんな“呪われた”天命の人間が、よくぬけぬけと勇者なんかやっていられるわね。あなたみたいな、足手まといの勇者なんか――」

「黙れよ、意識高い系」

 ふと、顔をあげたそこにいたのは――あの破天荒の権化である、レオンさんだった。

「ぬぉ、お、おいお主! どうしてここに! 今回の決闘は生徒には非公開となっておるのだぞぉ!」

「硬いこと言うなよ総長さん。あーあ、どいつもこいつも硬いことばっかり言いやがって。お前らはわかってない、勇者の本質ってやつがさぁ!」

 ダン、と放つレオンさんの踏み込みが衝撃を放つ。

「な、なんなのよ、そこの無礼なあんた……」

「いいかドイツ女、そこにいる晶はたしかに見た目からして弱いやつだ。だがな、オレ様にはわかるぜ、こいつは真に強い勇者だ」

「呪われた勇者が強いなんて道理……あるわけないじゃない」

「いいかお前、一番弱いやつは決めつけちまうヤツのことだ。弱いやつは弱いまま、強いやつにはかなわない……なんて腐ってるやつだ。むしろドイツ女、おまえはそっち側の、壁を作っちまう“弱い”人間じゃないのかぁ?」

「わ、私が弱いですって!」

「弱いから、ドイツから逃げてきたんだろ? たしかお前、ドイツでとんでもねぇミスやらかして逃げてきたんじゃなかったのかぁ?」

「くっ……」

「おや図星か。ネットの情報も当たることがあるもんだなぁ」

「そ、そんなことどうでもいいのよ! 私はどこにいようが、人々を守るべく存在になるのよ!」

「お前はこの決闘で負ける。そして初めて知るんだ。お前の弱さと、そして――“呪われた”勇者、晶の強さを身を守って知ることになる!」

「えーと」

「あのー」

 僕と巽総長が蚊帳の外になっている。

「な、なんにせよ代理の決闘なぞできんぞ。ほら、怜音殿よ、さっさと帰るがよい」

「なんだよ総長ツレねぇなぁ。せっかくイイモン持ってきてやったのに」

「い、イイモン?」

 そう言ってレオンさんは正面にどん、と紙袋を置いた。

「お、おいお主……。いくらんんでも童は二度もモノに釣られることはないぞ! またお菓子で童を釣ろうとしておるのか!」

「いーや、これは菓子折りじゃねぇぜ。これは全世界のイケメン勇者候補生――の生写真ブロマイドだ!」

「なんと!」

「ドイツのヴァルハラ、イギリスのアヴァロン、もちろん高天ヶ原の勇者の秘蔵写真もついている。アルゴスの監視の行き届かない風呂場での際どい写真も……おっとこれは声を大きくして言えないなぁ」

「レオンさんそれ盗撮じゃないですか!」

 これじゃあゲス勇者じゃなくてただの犯罪者じゃないか……。

「ぬ、ぬぉおおお! 童は写真なんぞに釣られるわけにわぁああああ!」

 ちなみに、総長はイケメン勇者好きである。どうも密かに2年の射場くん(天命:ダビデ)に恋心を抱いているんだとか。

「総長、決闘の代理の申請は後からでもできないことはねぇんだろ? だったら、晶の代理を許してやってくれねぇか?」

「ぬぅぅ……。わ、分かった……。お主たちがそこまで言うのなら、童も折れてやろう! け、決して生写真欲しさに折れたんじゃないんだからな!」

 と、あっさりと折れてしまった。

 まぁ、なんにしてもレオンさんのおかげだ。僕だけではどうしようもなかった。

「ありがとうございますレオンさん! 僕のために、総長を説得してくれて……」

「なに言ってんだよ。俺はお膳立てをしたまでだ。これからは、お前が頑張らなきゃならねぇだろ」

「そう……ですね」

 僕は戦わなきゃならないんだ。姫ちゃんの代わりに、清水さんに勝たないと。

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