QUEST.3 1/100の男の誇り C

◆◆◆


 勇者の身体に宿る『天命』。それは陰陽博士による検査により“素質がある”と判断された子供が12歳になると降霊術により憑依されるものだ。

 誰がどんな勇者の天命を受けるか、それは降霊の儀式を迎えるまで分からないものだ。

 だけど、憑依される天命にはある一定の傾向がある。

 過去の勇者が生まれた場所、または没した場所では、その勇者の天命が憑依しやすくなっているそうだ。つまり、日本人の勇者には日本武尊や滝口の武士、ドイツ人には北欧神話の勇者、ワルキューレなど……の天命が憑依しやすい。そして、やはり“天命”と憑依する“勇者”が同じ国の人間の場合のほうが相性がよく、強い勇者となる傾向がある。

 日本人で外国の勇者の天命を受けた場合、さほど強い勇者にはならないそうで。しかし逆に、日本人で日本の勇者の天命を受けた場合は相性がよく、強い勇者になるそうだ。

 姫ちゃんと沙菜さんがいい例だ。双方の強さの所以は、その天命の出身と自分の出身が重なるところにもあるんだろう。

 そしてもう一つ、天命には傾向がある。

 それは勇者の血だ。つまり過去の勇者の末裔、勇者の血を引く人間、たとえば源義経の血を引く人間は自然と源義経の天命を“受けやすく”なるんだ。

 姫ちゃんの家は名門真幌場家。日本武尊の血を引く一族の末裔だったのだ。姫ちゃんのお爺さんも、お兄さんも……姫ちゃんと同じように日本武尊の天命を受けている。つまり、ある過去の勇者の血を引く場合、降霊の儀式で受ける天命は九割五分、その“血”の勇者の天命となるわけだ。

 そして僕――深玄晶は、元鹿島家の人間だった。


「晶くんすごぉーい! そんなにまっすぐ竹刀振れるなんて!」

「いやぁ、それほどでもーないよ」

 そのころ僕の名前は『鹿島晶』だった。

 鹿島家の末裔で、将来有望な勇者になるだろうなんて、もてはやされていた少年だった。

 鹿島家は建御雷神タケミカヅチの天命を代々宿す勇者候補生の家系だ。その血は建御雷神の神血を色濃く受け継いでいて、ほかの天命の勇者になることは万の一つもあり得ない――と言われていた。

 だから僕は、建御雷神の天命を受けて最強の勇者になるんだ! なんて、姫ちゃんに言い聞かせていたんだ。

 それを――当時無垢で、弱弱しかった姫ちゃんは真に受けて、僕を“英雄視”していた。

 そんな夢に満ち溢れた幼少時代。

 でもそれは泡沫うたかたの夢だった。


 待ちに待った降霊の儀式。そこで告げられた僕の天命は『建御雷神』――ではなく。

 呪われた、忌むべき勇者。『少彦名』の天命だった。


 『少彦名』の天命――それは、トランプのババヌキでいうところのジョーカーだ。

 小さくなるしか能がなく、元に戻るためには『打ち出の小槌』が必要で、常に誰かの助けがなくてはその存在が認識されなくなる。

 『少彦名』の天命を受けた勇者が失踪――なんてこともあったそうだ。小さくなるというのはそれなりの能があるように思えるかもしれないけど、それは誰かの助けなくてはそもそも成り立たないもので、それを差し引いてしまえばただただ面倒な存在なだけなのだ。

 つまり、いらない勇者。

 どうして鹿島家の人間の僕が、建御雷神でなく、少彦名の天命を引き当ててしまったのか――途方に暮れた僕は、厳しくも優しかった父さんにすがるように尋ねた。

 ――お前は、私の子供ではない。

 と。幼かった僕にはそれがすぐには理解できなかった。

 僕は鹿島家の人間ではなかった。僕は父さんと母さんから生まれたのではなかった。鹿島の血を持たない母と、どこの馬の骨ともわからない、まだ見ぬ本当の父親との間に生まれた子供……だったと。

 その事実は最悪にも、降霊の儀式で判明してしまった。

 鹿島の血でもなく。

 実の子でもなく。

 そして挙句に宿った天命は『少彦名』。

 “不貞”のレッテルを張られた母さんと、その息子の僕は鹿島家を勘当させられた。

 そして、勇者となるはずだった僕の人生も断たれてしまった。

 鹿島家を勘当させられた僕は、勇者でない普通の人間としての暮らしを余儀なくされた。『少彦名』の天命で入学したところでロクな成果が出るどころか、皆の足を引っ張るしかできない。そして『少彦名』の天命は“呪われた”天命で、いくら頑張っても蛮小鬼さえも倒せない――そんな欠陥しかない天命なのだ。

 そんな勇者が高天ヶ原に行ったところで、1年後に留年、その次の年に退学となるのがオチだ。そして学校に入るには試験を通る必要もあり、少彦名の天命では、満足に通ることはできないだろう――

 そんな理由わけで、僕の勇者の夢は断たれた。

 それは同時に、姫ちゃんとの別れも意味していた。


◆◆◆


『晶くん……晶くぅん……』

 これは、

 姫ちゃんが泣いている。ここは……あの宗像むなかた闘技場の決闘エリア……。

 おぼろげな情景のなか、姫ちゃんがしきりに涙の雨を垂らしている。

 まるであのときの再現だ。

 姫ちゃんと別れた時とそっくり。

 だけど、目の前の姫ちゃんは、鹿島家を勘当され、勇者の道を断たれたときとは違う、幾分か大きく、そして強くなった姫ちゃんの姿だ。

『なんでかどうしてかわからないけどっ……ボク、とっても悔しいんだよ! 涙が止まらなくって、心がズキズキしてっ!』

 これは――姫ちゃんの敗北の姿だ。

 つまり、決闘で負けた姫ちゃんの姿。

 いつもなにがあろうと、ケロッとした顔を浮かべる姫ちゃんが、こうも盛んに泣きわめくなんて……。

 きっと、ただ負けたんじゃないんだ。

 姫ちゃんは誰よりも目指していたんだ。勇者の高みへ、最強の勇者を。

 不甲斐なく落ちぶれてしまった僕の代わりに、僕の夢を叶えるために……。

 だから、姫ちゃんは僕のせいで、僕のために泣いているんだ。


 こんな未来、いやだ。

 いやだいやだいやだ……。僕は未来を否定する。未来を拒絶する。

 これはおそらくこれからたどるべき未来――姫ちゃんが負けるという未来だ。それを否定しなければならない。

 僕は勝たなければならない。そうでなきゃ、姫ちゃんは僕のために泣いてしまう。

 もう、ふがいない自分はごめんだ――!

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