QUEST.3 1/100の男の誇り B

「で、結局どーするんだよ晶。ヒメ坊を決闘に出すか出さないか?」

 高天ヶ原勇者学校に隣接する勇者専用の寮。歴史的建造物的な趣きのある校舎とは少し違って、寮は大正時代の御屋敷を彷彿とさせる、和洋折衷でモダンな様相となっている。

 そのチョコレートケーキのような5階建ての建物の1階の奥が僕の部屋だ。そこに人を招き入れたのは、姫ちゃんと今目の前にいるレオンさんとで二人目だ。

「レオンさん……。いま、姫ちゃんは」

「ヒメ坊はとりあえず保健室に運んだぞ。沙菜のヤロウが傍にいるから……少々不安だが、あいつもさすがに超えちゃいけないラインはわかってるだろう」

「そう……ですか」

 とりあえず、姫ちゃんはなんとかなるか。高天ヶ原の保健室は大病院レベルの施設だ。医療費も勇者用の特別保険から引かれるから問題ない。

 問題は……明日だ。

「レオンさん……笑わずに、聞いてもらえませんか?」

「なんだよ、オレ様はシリアスとコメディの空気ぐらい読めるぜ」

「僕が……レベル1の僕が、あの清水さんと戦う…………っていうのは、バカげていますか?」

 そう言ったあと、レオンさんは頭を垂れて、霞がかったサングラスの中……

「くぅーっはっはっはっはっはっは!」

 お腹を抱えて大笑いしていた。

「れ、レオンさん!」

「かぁーっ、傑作だぜ! 晶、かっけぇこと言うじゃねぇか!」

 そりゃ、笑うだろう。僕だっておかしな話だと思う。

「ヒメ坊がだめなら、お前が代わりに戦うってか。でもよぉ晶、さっきネットで調べたんだが、あの清水エイルとかいう意識高い系、どうも格は10以上あるみたいだぞ」

「格10以上……。姫ちゃんよりも、強い……」

「格だけじゃあ勇者の能力は図れない。格っていうのは、アルゴスの正規依頼である妖魔退治をこなし、経験ポイントを稼ぐと高くなるもんだ。だが、ある程度の指標にはなるし、やっぱり格1と格10以上じゃ勝負にならないはずだ」

「やっぱり、そうですよね……」

「だが、面白れぇじゃねぇか」

 真っ白な歯を見せてレオンさんは笑みを浮かべる。

「格1が格10と戦うなんてよぉ、正気じゃねぇぜ。晶ぁ! お前はもしかしたらオレ様以上にイカれてんのかもしれねぇぜ!」

「い、イカれてる……」

「だが、オレ様以上に……最高だぜ。やっぱりお前は俺が見込んだだけのことはある」

「僕が……最高」

「お前はオレ様に懼れをなさなかったオトコだ! お前はオレ様が認めたオトコだ! 胸を張れよ!」

 ボン、と背中をたたかれる僕。

 どうしてだろう、じーんと心に響いてくる。レオンさんとはつい一か月前に出会ったばかりなのに。どうしてか僕はこの人の言葉が信じられる。この人の強さが信じられるんだ。

 だから、僕は胸を張らなきゃならない。

「お前がそんなこと言いだすってことは、あの清水エイルを倒す、なにかしらの策があるってことだろ?」

「あ、いやその、一応策というか……。レオンさん、このことは姫ちゃんにも話していないことなんですけど、今度こそ笑わないで聞いてもらえますか?」

「おう、さすがのオレ様も二度も笑わないぜ」

 僕はレオンさんにあの“未来視”のことを話した。


「ほぉ、未来視ねぇ」

 レオンさんは僕の話を笑わず、真剣に頷きながら聞いていた。

「オレ様の姉貴も陰陽博士だったからなぁ。そういう話は俺もいくらか聞いたことあるぜ」

「え、レオンさんのお姉さん、陰陽博士なんですか?」

「まぁ、佐野家は一応陰陽師の家系だったからな。でもまぁ……未来視で超人的なチカラを得るっていうのは……どうもご都合主義な感じがするぜ。未来が見えたからって、お前が強くなるって道理はおかしいだろう。いわゆるプラシーボ効果みたいなのが働いたのか、それとも……」

「それとも……?」

「いやぁ、なーんか引っかかるけど。やっぱりよくわかんねぇや」

「そうですか……」

「でも、そのあやふやな“未来視”とやらで清水エイルを倒せるのか?」

「正直、心もとないですね。なにかほかに、あの清水さんを倒す手立てを、考えないといけませんね……」

「まぁなぁ」

「でも、格1の僕がどうやって……」

「おいおい、圧倒的不利な状況で戦い勝利を得るってのは、そう珍しい話じゃねぇぜ。小さいヤツが大きいやつを倒す――それこそ、お前の身に宿った“勇者”のなすべきことじゃねぇのかよ」

「レオンさん……」

「そして、愛しの姫を救うんだぜ」

 背を叩かれた僕。

「オレ様ができるのはお前を励ますくらいだ。だが勝てよ晶。オレ様はお前を信じてるぜ」

 いつものようにヘラヘラ顔で言うレオンさん。そのまま僕の部屋を去っていく。

 さて……僕はどうすればいいのか。


 そんなこんなで僕は思い悩んでいた。

 すでに0時を回り、もう決闘の開催日だ。あと14時間後、僕は姫ちゃんの代わりに戦わなければならない。

「うーん……」

 たった14時間で、あの清水さんを倒すすべなんか思いつくものだろうか。

 僕の勇者としての能は“矮さくなる”ことぐらいだ。お伽話のように、相手の体内に入って暴れまわる……なんてことできたらワケないけど、そう現実はうまくいかない。

 たしか勇者ダビデは、大男ゴリアテを倒すため己の身軽さを武器にして、鎧をまとった鈍い動きのゴリアテを投石器で倒したそうな。

 そしてレオンさんの天命である素戔嗚尊は、八岐大蛇を倒すため、その八岐大蛇にお酒を飲ませて眠らせて倒したという……なんともゲスな武勇伝があるそうな。

 なんにせよ、綺麗でもゲスでも勝たなければならない。姫ちゃんの名誉のために……

 でも……

「あああああっ! なにも思いつかない!」

 A4ノートにいろいろと書き込むも、それはただの無意味な落書きだ。

 矮さい僕になにができるっていうんだ……。

 僕は――呪われた勇者なんだ。

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