QUEST.3 1/100の男の誇り A

 大変なことになっちゃった。

 あの姫ちゃんが……日本最強ゴールデンジパング太陽童子サンオブザサン無敵超人スーパーノヴァ最強幼女ロリポップスターの異名を持つ姫ちゃんが……ただの風邪で倒れてしまった。

「こりゃマジでヤベェぜ。バカは風邪を引かねぇって定説はやっぱりオカルトだったか?」

「うぅ……。ボクは……バカじゃない」

 片付け下手の姫ちゃんの乱れた部屋の中、軽く片付けられた人形だらけのベッドの上、姫ちゃんはうんうんと唸っている。

「ほんと、どーすんのよ。姫っちが病気だなんて情報ネットにでも上がっちゃ大変なことになるわよ」

「でも、病気ならそう悪いウワサは立たないんじゃないのか? ネットの人間もそこまで性格ねじ曲がってないだろ?」

「それがねぇ……。例の『決闘』の話、ツイッターで拡散されてるのよ。それでどっちの勇者が勝つかでお祭り騒ぎでねぇ」

「そんな中でヒメ坊の風邪が知れちゃ面倒だな。日本最強の勇者が、決闘前に熱出して不戦敗……。過程がどうあれ、結果が悲惨じゃ騒がれるってのはネット界の常識だな。いったいどこの誰が不用意に決闘のこと拡散したんだぁ?」

「どうも拡散主は巽総長らしいわよ……」

「あののじゃロリ甘党巫女総長かよ!」

 レオンさんが途方もなく叫んでいる。僕も心の底から叫びたいものだ。

「まぁ正式な決闘だし、どうせ公式発表されるのは時間の問題だったが……。これからどうするものかね」

「たしか決闘は……明日よね」

 そう果敢無げにつぶやく沙菜さんの横で、体温計がピピピピッと電子音を奏でる。表示されるデジタル数字は「38.5℃」。かなりの高熱。インフルエンザの類かもしれない。

「ほんとにシャレにならねぇぞ。こんなの一日でなおせねぇぞ。とっとと保健室に連れて行かなきゃならねぇな」

「そうね。これじゃあ決闘どころじゃないわ……。うふふふ……」

「おい性悪オンナ、どうしてそこで含み笑いが出てくるんだ。まさか人気勇者がダウンする姿が見てて楽しいってのか?」

「そ、そんなことないわよ! べ、べつに姫っちの没落をの、望んでなんかないわよ!」

 ブンブンと必死になって否定する沙菜さん。

 しかし、本当にもうどうしようもない。これは決闘をあきらめるしかない状況だ。

「姫ちゃん、レオンさんたちの言う通り、保健室か下界の病院に行こう。もう、こんな状態じゃ決闘なんかできやしないよ」

「晶……くん。でも、ボクは……アイツに勝たないと……」

「そんなのいいじゃないか。決闘なんかやっぱり不毛なんだよ。そりゃ、棄権なんかしたらネットであらぬこと言われるかもしれないけど、でもこんな高熱じゃ仕方ないよ」

「違う……晶くん。ボクは負けちゃダメなんだ」

「負けたって……いいじゃないか。僕なんかずっと負けっぱなしだ。姫ちゃんはずっと勝ってきたんだし、一回ぐらい負けたって……」

「ダメなんだよ! ボクが負けちゃあ! クロボシなんか刻まない! ボクは最強の勇者だ! ボクは誓ったんだ! 晶くんがいなくなったとき……最強になるって!」

「姫ちゃん……」

「晶くんが最強になれないなら、晶くんが最強になるまでボクが最強の座を確保しておかなきゃならないじゃないかぁ!」

 そうだ。僕が姫ちゃんのために勇者となったように、姫ちゃんは……ふがいない僕のために勇者になろうとしたんだ。

 僕が最強の勇者になるため。姫ちゃんは最強の座を手にしようとしたんだ。

「姫ちゃん……ありがとう」

「晶くん……。ボクは、晶くんのためなら、こんな風邪、一瞬で治しちゃうよっ……」

「でもっ……。今回だけは姫ちゃん、じっとしておいてくれないか。あとは僕がなんとかするから」

 そう言って――僕は姫ちゃんを背に飛び出した。姫ちゃんとレオンさんたちは何かざわざわと言っていたけど……。

 僕はいま、男の誇りにかけて駆けなければならない。


「総長!」

 僕は巽総長の研究室へと入る。そこは玄人陰陽師の長の研究室とは思えないほどサイバーな空間だった。

 アンティークなデスクの上にデスクトップパソコン、ノートパソコン、有象無象のタブレットPC。棚に大量の情報関係の専門本、隣の空間には物置みたいなサーバーの群れ。乱れに乱れた配線類……。

 と、まるで情報関係の大学の研究室の様相となっている。巽総長曰く、現在の陰陽道はスーパーコンピューターを使って宇宙や星の動きをシミュレートして行うとのこと。自然と情報機器が必須となってくるとのことだ。

 と……そんなことより、その巽総長だ。

「もにゅもにゅもにゅ」

 巽総長は、ハイスペックPCでプログラムを組みつつ、ドイツ直送の硬いグミをつまんでいた。

「総長! 突然ですがお願いがございます!」

「ぬ、ぬぬぬ! なんじゃお主! このグミは一粒たりともやらんぞ!」

「お菓子なんか食べてる場合じゃないですよ! 総長! 姫ちゃんと清水さんの決闘の開催日を延期してください! 1週間! いや三日、せめて一日でも!」

「ま、待て待てお主落ち着け。まるで卒論の提出間際の生徒のもの言いじゃないか……」

「姫ちゃんが熱にうなされてるんです……。あんな状態じゃ決闘なんかできやしませんよ。だから、姫ちゃんの熱が下がるまで、決闘の日を待ってもらいませんか」

「ぬぅ……。突然決闘を申し込んだ挙句、その日程を延期しろと言われても……。もう決闘の手続きは1時間55分前に済ませてしまったぞ」

「そ、そんな……。なんとかならないんですか!」

「そんなこと言われても、こっちは無理を通して手続きしたんじゃ。勇者学校の委員会に今更そんなことは言えんし……」

「そんな……。ちょ、ちょっとだけでいいんです! なんとか延ばしてもらえませんか! なんなら大福もちを1年分差し上げてもいいんですよ!」

「むぅ……。童はしばらくお菓子には困らんのじゃ。あの二人にもらった至高のお菓子があるからのぉ。というより、もうモノで釣られんし……」

 口をすぼめて臆する総長。たしかに総長の立場というのもあるだろう。でも……

「どうか……お願いします!」

 僕は深く頭を下げた。僕ができるのはこれくらいだ。今はまだこんなことしかできない。

「いったい、なんのつもりなの」

 頭の上から届いた声は、予想外のものだった。それは痛烈な言葉の鉄砲玉。

 顔をあげると、総長の横に――プラチナブロンドの戦乙女が立っていた。

「清水……さん」

「断片的にしか聞いてないけど、あのマメダヌキ、熱を出したですって? ほんとう、自己管理がなってないわね。やっぱりあのマメダヌキは勇者にふさわしくない女よ」

「なんだって……」

 姫ちゃんが病にうなされてもなお、清水さんは姫ちゃんを鞭打つのか。

「姫ちゃんは……今日まで休みなしで頑張ってたんだ。依頼もこなして、ときにはアルゴスの判断しない非正規の依頼までこなしてて、姫ちゃんは努力したんだ! だから清水さんに姫ちゃんをけなす資格はない!」

 僕は思いの丈をぶっ放した。吠えろ。ここで吠えなきゃ姫ちゃんに合わす顔がない。

「努力ですって? 努力すればなんでも許されると思ってるの? そんなのは普通の“学校”でしか許されない、下界の人間社会でも許されない、ましてその上に立つべき“勇者学校”では許されざることよ! 自己管理も含め勇者のなすべきことなのよ!」

「そんな……。じゃあ姫ちゃんは、決闘はどうすれば……」

「決闘は私たち二人の合意で決めたこと。今更それを無効にすることも、延期することもできないわ。マメダヌキに残された道は二つ、決闘を棄権するか、風邪のまま決闘に出るかの二つよ」

「風邪のまま、あんな状態の姫ちゃんが、決闘なんかできるわけないじゃないか!」

「じゃあ、明日の決闘は私の勝ちね。勝ち逃げするようで釈然としないけど、勝負は勝負よ。せいぜいこれからは、今までのちっぽけな努力ってやつを見直して、勇者として精進していくことね」

「お、おおう。さすが帰国子女。童の言いたかったことを的確に言ってくれたのぉ。ほら、深玄くんよ。彼女の言う通りお主も姫騎殿も頑張るのじゃ」

 僕は完全に腫れ物にされていた。

「僕は……」

 反論できなかった。だって、たとえ吠えたとしても、姫ちゃんの決闘がどうにもならないことには変わらないのだから。

 どうしようもない――僕みたいに。

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