QUEST.2 1/100の黒船来航 E

「ほぉー。2年はそんな面白ぇことになってんのかー。転校生に決闘申し込むとか、ヒメ坊やるなぁ」

「いやーそれほどでもーあるかなー」

「レオンさん! 姫ちゃんをおだてないで下さいよ! あーもう、どうしてこうなっちゃったんだぁ……」

 ため息をつきたくなるような最悪のランチタイム。

 高天ヶ原校舎の離れに立つ『保食亭うけもちてい』という食堂に僕らは居る。メニュー豊富で勇者たちにウケのいい学生食堂だ。

 正面に座るレオンさんは、相も変らぬ奇抜な風体で豚骨背油ラーメン大盛り、釜玉うどん大盛を召し上がっていらっしゃる。麺類ばっかりだ。

「しっかし、ヒメ坊も破天荒だけど、そのヒメ坊が逆上するぐらいその女勇者もスゲェのか。たしか、ワルキューレ9のエイルとかいうやつだったよな」

「あーんたねぇ、ここに4年在籍してるってのに勇者業界のことまだわかってないの?」

 と呆れきった声を出すのは、レオンさんの同級生の「常盤沙菜ときわさな」さんだ。

 赤い髪のツインテールがゆらゆら揺れている。上級生だからか、どこかおねーさんな感じのする女勇者さんだ。

 背は姫ちゃんほどではないが、上級生にしては小さいほうだ。身軽で華奢な身体は、勇者としての人気と強さに一躍買っていたそうな。どうも姫ちゃんが「日本最強」と言われる前、絶大な人気を誇っていた勇者だ。

 でも、その人気は今は昔の話だったする。

「業界のことなんざ知らねぇよ。なぁにがワルキューレ9だ。オレ様は3次元のアイドルなんざ興味ねぇぞ。2次元なら許すけどなぁ!」

「あん……たねぇ! 元人気アイドルの私の人気を散々にしたヤツがそんなことのたまうわけぇ!」

 フォークを握る手でダン、とテーブルを突く沙菜さん。

 沙菜さんは昔、姫ちゃんに引けを取らないほどの人気勇者アイドルだった。でも、その人気はレオンさんによって粉々に踏みつぶされたのだったりする。

 きっかけは、沙菜さんとレオンさんの「熱愛発覚」のスクープだ。

 人気者だった沙菜さんに「恋人」もしくは「思い人」のウワサが立てば――草の根もなくなるほどの大炎上となってしまうものだ。

 そんなこんなで、沙菜さんの人気は地に落ちた。ちなみにその「熱愛発覚」のスクープは根も葉もない、デマ情報だったのが事の真相。つまり沙菜さんとレオンさんはただのクラスメートの関係だ。

「あー、たしかお前もつい1年前まで『御曹司おんぞうしちゃん』なんてチヤホヤされてたんだなー」

「その私の地位をあんたがぶっ潰したのよ!」

「なーに言ってんだよ。もとはと言えば根も葉もないこと騒いでた“マスゴミ”のせいで、それにあおられてお前が自爆したのが決定打になったんだろ?」

「うぅー! 去年は『大河ドラマ』の主役のオファーも来てたのよ! それが今は地方のラジオ番組に呼ばれるくらいなのよ……」

 そう、沙菜さんの天命は「源義経みなもとのよしつね」。日本史の教科書にも載っている、悲運の武将として昔から贔屓されているアイドル的存在の勇者だ。

 そんな元から人気の勇者が女の子に憑依したとなれば人気が爆発するのも無理はない。

 そんなわけで沙菜さんは絶大な人気を誇っていた。かつては「御曹司おんぞうしちゃん」と――幼少の源義経が言われていたという呼び名で絶賛されていたそうな。

 しかし今は昔だ。

 アイドルだったのに……変わり果ててしまった。それはどこか、あの清水さんと重なるような感じがする。清水さんにもなにかあったのだろうか。

「で、ヒメ坊。そのドイツ女ってどんなヤツだ? 沙菜みたいに性格腹黒いやつなのか?」

「なっ! 私性格腹黒くないわよ!」

 沙菜さんがイカスミパスタを巻きながら叫んでいた。ツインテールが躍っている。

「うーん、そうですねぇ。アイツは……沙菜さんに匹敵するほどの性格の悪さですよ!」

「そうか、そりゃ悪魔もびっくりするほどの性悪オンナだ!」

「それって私が性格悪いって言いたいわけ! 私のどこが性格悪いっていうのよ!」

「陰陽道の授業で習った咒いで、ライバルを呪おうとしてたのはどこのどいつだぁ?」

「うっ……。ちょっと脳裏に浮かんだだけで、実際には行ってないんだから!」

 沙菜さんの性格の悪さはともかくとして……。

 たしかに清水さん、どうしてあんな突っぱねるような性格なんだろうか。もともとなのか、それとも、なにかあったのか。

「ボク、つい数時間前まではワルキューレ9の大ファンだったんですけどねー。まさかあんな性格だったなんてガッカリですよ。アイツ、クラスメートは敵同士だとか、意識が低いだとか、挙句にボクのことチビだの貧乳だの言ってきたんですよ!」

「へぇー。外国人はズバズバとモノを言うねぇ。その性悪オンナ、高天ヶ原とか、ヒメ坊とかになにか因縁でもあんのか?」

「そーゆーの全然わかんないんですよねー。そんなふうに言い合ってたら、ボクもなんか頭に来ちゃって、そういう感じで決闘になっちゃったってわけですよ」

「ふぅん。じゃあなんだ、その性悪オンナが突っかかってくる理由ってのはわからずじまいってのか」

「どんな理由があるにせよ、この学校とボクをバカにした罪は重いんですよ! ボクが徹底的に叩きのめしてやりますよ!」

「ヒュー! さすが我らのヒメ坊だ! 日本の底力見せてやれ!」

「だからレオンさんおだてないで下さいよ!」

 悪乗りになってる二人を僕は諫めようとする。なんだか悪い流れだ。このままじゃ、なにかダメな気がする。

「なんだよ晶、愛しのヒメ坊が心配なのかぁ?」

「愛しのって……。とにかく、勇者同士の戦いなんて不毛じゃないですか。僕たちは妖魔退治に専念しないと……」

 その妖魔退治もロクにできない僕が言えることじゃないけど。でも、こんなのやっぱりおかしいよ。

「晶、拳と拳、剣と剣とで語り合わねぇとわからねぇこともあるんだよ」

「そんな前時代のヤンキー漫画じゃあるまいし……」

「俺たち勇者は普通の道理で解決できないこともあるんだよ。話し合いなりなんなりは、戦いのあとでいくらでもできるだろう」

「まぁそうですけど……」

「そういうわけだ。晶、おめぇもヒメ坊を応援してやんなよ」

 レオンさんの言うことも……間違ってないんだろうけど。でもなんだろう。心の中で鐘が鳴っている。止めろ止めろ……と。

「うっ……」

 頭が少し痛くなった。

「ん? 晶くんどーしたの?」

「いや、何でもないよ」

 僕は平静を装う。姫ちゃんに未来視のことは……話すべきだろうか。

 でも、総長も「もしかしたら違うかも」と言っていたし、決闘前の姫ちゃんを変に驚かすのもよくないだろう。

「それより姫ちゃん……。身体のほうはもう大丈夫なの?」

「からだ?」

 姫ちゃんは小首をかしげている。

「姫ちゃん、昨日の妖魔退治でぶっ倒れてたじゃないか」

「あーそれねぇ。昨日一晩寝たら完全復活だよ!」

「そうなの……か?」

 僕はふと、姫ちゃんの顔色を窺う。

 別段悪いところがあるようには見えない。でも、姫ちゃんはこう見えて無理をする性格だ。僕に心配を掛けないように取り繕っているのかもしれない。

 姫ちゃんの今日の昼食メニューは……釜上げ手打ちうどん大盛におでん定食という……こってり系大好きな姫ちゃんにしてはヘルシー志向なものばかり、そしていつもより2品ほどメニューが少ない。

 どういうことだ? ダイエットにでも目覚めたんだろうか。でも姫ちゃん、横にも縦にもあまり伸びない体質だし。つまり、体調が悪くてあまり食べられないということなのか。

「姫ちゃん、気持ちはわかるけど、無理してぶっ倒れちゃ元も子もないよ。体調が悪いならしっかり休んどいたほうがいいよ」

「な、なーにを言ってるのかな晶くん! ボク、体調は万全だよ! ほら、今日も妖魔退治の依頼たくさんあるから、ごはん食べ終わったらちゃんとこなさないと!」

「姫ちゃん、休みなしでずっと頑張ってるじゃないか。今日ぐらい、ゆっくりしたってバチは当たらないよ」

「な、なにを言うか晶くん。こんなところでへこたれちゃあ、あのエイル……野郎に……」

 姫ちゃんの言葉が、調子の悪いラジオのように霞がかっていた。

「姫……ちゃん?」

「くふぅー……」

 じゃぽん、と釜揚げうどんの桶の中に顔を沈める姫ちゃん。ぶくぶくと入水自殺を図るかのようなヤバい状況……。

「姫ちゃぁああああああああああああん!」

「ヒメ坊ぉおおおお!」

「姫っちぃいいいいいいいいい!」

 僕らのアイドル姫ちゃんが、日本最強の姫ちゃんが、決闘前にあろうことか熱にうなされて倒れてしまった……。

 こんな未来、誰が描いたんだろうか。

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