QUEST.2 1/100の黒船来航 D

 それからの一日は生き地獄だった。

 どういう因果か、清水さんは僕の左隣の席に座っていて、時折、10秒おきぐらいに僕と、僕を通して右隣の姫ちゃんにガンを飛ばしてくる。

 そして対する姫ちゃんは、僕と、そして僕を通して向こうの清水さんに「ヘンな顔」を飛ばす。そういうわけで僕は両方から睨まれている。

「えーのー、そういうわけでお主ら『勇者候補生』は来るべき災厄、黙示録、ハルマゲドン、末期、最後の審判……などの阻止、そしてその際に現れるといわれる、通称『魔王』を倒す真の勇者の選定が主な役割じゃ。よいか、この厄災というのはな……」

 厄災か……。

 はたしてそんなことが本当に起こるのだろうか。確か僕らが生まれる前、前世紀の末には「ノストラダムスの大予言」が流行ってこの世の終わりとはやし立てられていたけど……。そんなことは起きず、数年前の2014年も世界の終わりと、玄人陰陽師でさえも声を大きくして言っていたはずなのになにも起きず……。

 SF漫画でありがちな、そんな“厄災”は来ることなく、それを口を酸っぱくして告げる“玄人陰陽師”たちは、どうも「オオカミ少年」みたいな感じになってるそうな。

 つまり、陰陽師たちの言い分は「インチキじゃねぇの?」とネット上でしばしささやかれていたりする。

「おい! そこの前の席のヤツ! 童の話がタイクツというのか! ヨダレ溢して寝とるんじゃない!」

「だってソーチョー、ハルマゲドンもハルマキ丼も起きやしませんよー。毎年起きるって言いつつ起きないじゃないですかー」

「わ、童の言ってることがウソだというのかぁ!」

「あれじゃないですかー、そういうふうに不安をあおって商売でもしてるんじゃないですか? 非常食とか消火器とか高く売りつけるとかー」

「こ、このぉ! お主ら勝手なこと言いおってぇ! 起こるったら起こるんじゃぁ! こ、今年こそはきっと起こるんじゃあ!」

 子供のダダのように総長が叫んでいる。身長がめっちゃちっちゃいので、たしかにいじめられている女の子みたいに見えていたたまれなくなる……。

 はたしてそんな黙示録みたいなことが起きるんだろうか。

 アーサー王もジークフリートも、ゲオルギウスも、そしてヴァルハラのワルキューレさえも……

(あれ……)

 なぜか僕の脳裏に、時たま見る夢が浮かんだ。あの夢はどうも……

「なぁに考えてるの、晶くん」

「あ、いや、姫ちゃん……」

 姫ちゃんの射貫くような視線。別に僕はなにも悪い思想を浮かべていないのに……

「……そんなにおっきい胸のほうがいいのか! 晶くん!」

「いやそんな思春期真っ盛りなこと考えてないから!」

 僕は胸のことなんか一ミリも考えていなかったのに……。

「変態……」

 そして左から、冷たい吐息。

「うぎゃぁあああああああ! 起こるったらおこるんじゃぁああああああ!」

 そして正面から総長の叫び声。

 いよいよこれが、玄人陰陽師さんの言うところの“厄災”じゃないんだろうかと、思ってしまうほどの修羅場だった……。

(助けて勇者さま……)

 真の勇者はいったい何処へ。


 そしてそんな無間地獄のような長い長い授業が終わる。

 鐘の音。午前の授業が終わり昼となる。昼というより……たしか今日は午後の授業はなく、各々「依頼」やら「自主訓練」をしておくようにと言われていた。

「はぁ……」

 ようやく息がつける。

 そう思った矢先、左右からダン! と重い音が響いた。

「あ……ええと、姫ちゃん、清水さん……」

 二人は黙っている。黙っているからこそ、底の見えない怖さが肌にヒリヒリと伝わる。

 二人はまるで示し合わせたように、黒板消しで黒板の複雑怪奇な文字を消している巽総長へと向かっていた。そして二人並んで総長の前に立つ。

「うぬ? なんじゃお主ら質問かの?」

 いつもの落ち着いた童顔で、総長が小首をかしげている。

「総長さん……お願いがあります」

 姫ちゃんが重い口を開く。

「ボクとこの生意気な口を聞くデカメロンとの……決闘を許可してください!」

「なん……じゃと?」

 総長、目を丸くしている。

「土御門巽総長、この高天ヶ原は勇者を育てる学校。先ほど総長がおっしゃっていた『黙示録』に備えるためにも、勇者としての力を常日頃鍛えておかなければなりません」

「そ、そうじゃ……のぉ」

「しかし! この学校には意識の低い勇者ばかりです! その意識改革のためにも、私にもこのマメダヌキとの決闘を許可していただきたく思います!」

「け、決闘とな……。話がよく見えんが、姫騎よ、お主は転校生とさっそくこんな諍いを起こしておるのか……。勇者というものは、ワンマンでやっていけるものではない、皆で協力することも必要じゃから……ここは穏便に、双方矛を収めて……」

「総長さん! ニッポンの勇者がどこの“ドイツ”だか知らないヤツに言い負かされて黙っていられますか! ニッポンの勇者のスゴイところを見せつけるためにも決闘を許可してください」

「う、うぬぅ……」

 双方の勢いに押されて総長は涙目になっている。なんだかかわいそうだ。

「しかし決闘なぞ……。そんなこと突然言われても、手続きが面倒だ。童はいろいろと忙しい身なんでな……。お主らの戯れに時間を割く暇など……」

「総長!」

 姫ちゃんはおもむろにどーんと――教卓の上に紙袋を乗せた。

「日本全国から取り寄せた大福もちの詰め合わせセットです! イチゴ大福に豆大福、塩大福にコーヒー大福! ほっぺたが落ちるまで食べつくしちゃってください!」

「だ、大福のつめあわせ……」

 大の甘党の総長は、口元にヨダレをひっかけていた。

 つまり姫ちゃん、押してダメならモノで釣ろうという算段なんだろうか。そうまでして清水さんと決闘をしたいのか……。

 たしかに「正式な」決闘なら校則違反にならないので問題ないだろう。でも、「決闘」で解決なんて……。

「わ、童はモノなんぞで釣られぬぞ!」

「じゃー総長さん、大福いらないんですか?」

「ぬっ……」

 総長のココロが揺れている。あと一押しするだけで崩れそうなほど脆い。でもギリギリのところで総長は踏ん張っている。

 そんな総長に追い打ちをかけるように、また、どーんと教卓の上にナイロン製の袋が置かれた。それを置いたのは、なんと清水さん。

「こ、今度はなんじゃ……」

「総長、こちらはドイツ直送のお菓子詰め合わせセットです」

「ドイツ直送……のお菓子じゃと!」

「本場のチョコレートにグミ! ツヴィーバックにバウムクーヘン。どれも日本では買えない、本場の味です!」

「ばうむくうへん……じゃと。たしかドイツのバウムクーヘンは厳しい基準をクリアしないと本物のばうむくうへんとして認められないはずじゃ……」

「その本物の味です。総長。どうかこれをお納めください」

「うぬ……」

「そして、私たちの決闘を受理してください」

「うぬぬぅう!」

 総長は身もだえしていた。おそらく、総長の頭の中で天使と悪魔が首脳会議を開いているところだろう。

 日本全国の大福に、本場ドイツのお菓子。それらを積まれれば、甘党の総長は悪魔に心を売るしかないのかもしれない。

 そして……

「わ、わかった! お主たちの決闘を受理してやろうではないか! 決闘の開催日は明日の午後2時! 開催場所はここ高天ヶ原の宗像闘技場決闘エリアにて! これは決定事項じゃ、もう取り消しは効かんからな! いいのぉ!」

「ありがとうございます総長さん!」

「痛み入ります総長」

「か、勘違いするのではないぞ! 決して童はお菓子につられて受理したのではないぞ! たしかに勇者同士は協力も必要じゃが、ときに剣を交えるのも悪くないと思って……その、つまり、勇者たちの自主性というか、自由な発想を重んじてブツブツブツ……」

 総長はお菓子をチラ見しつつ言い訳を述べている。そんな総長をしり目に、当の二人は決闘に向けて熱い闘志を燃やしている。

「私の考えが正しいってことを証明して見せるわ」

「何をお! ボクが日本最強だってこと、そのブルーな目に焼き付けてやるぞぉ!」

 お互い、歯をむき出していがみ合っている。

 とうとう、姫ちゃんと清水さんの正式な「決闘」が決まってしまった。どうしてこんなことになってしまったのか。僕に宿る「未来視」のチカラはこんな時に限って発揮されないでいた。

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