QUEST.2 1/100の黒船来航 C
「はいはい、授業を始めるよ。勇者諸君!」
円形に広がるアリーナのような、大学風の教室。その教卓に立つのは『基本陰陽道』の教科担当であり、そして二学年主任でもある「
「はぁい、まずはねぇ授業を始める前にみなさんに転校生を紹介しようと思いまーす」
「え、ええ! 転校生ぃ!」
隣の席の姫ちゃんが机をたたいて叫んでいる。あーそういえば、巽総長がそんなことを言っていたっけ。まさか僕らの学年だったとは。
姫ちゃんだけでなく、ほかの生徒(勇者)たちも騒がしい。
「はいみんな静粛に。堺くんは『
「うがぁ! オンナ打ち取ったぞぉ!」
勇者学校はエリート学校であるはずなのに……どういうわけか問題児が多い。どうも新しい女の子の登場に胸が躍っているようだけど、「竜は落せても女は落せない」と言われている堺くんに春は来るんだろうか。
「ではでは……。ドイツからはるばるやってきた帰国子女、清水エイルさん、どうぞぉ!」
どこか調子のいい口調で円堂先生が話す。まるで芸能人がやってくるような感じだけど、いったい誰が出てくるんだろうか。
教室の入口から颯爽と、異国情緒の風が吹いた。
神々しいプラチナブロンドの髪。すらりと伸びる大人びたプロポーション、それでいて、どこか子供らしさを残す白磁の肌。
高天ヶ原のセーラー服に身を包み、その上に鳶色のケープをまとった、どこか探偵みたいな出で立ちのその子。なにからなにまで僕たちと住む世界の違うその子は――どこかでみたことあるような。
「あの子……」
「わわわわ! 晶くん! あの人もしかして! ワルキューレ
「わ、ワルキューレ?」
そんな交響曲っぽい名前が彼女の名前なんだろうか?
「もー晶くん疎いなぁ。ワルキューレ
「えーと……」
高天ヶ原に来てまだ1カ月の僕には、勇者の事情についてときたま抜けていたりするのだ。
どうも、僕以外の生徒たちは、姫ちゃんと同じような驚きようでその生徒の姿を目に焼き付けている。いわゆる羨望のまなざしってやつなんだろうか。
「お、お、お! わがクラスにワルキューレ9の一人、エイルさんが来校するとは!」
「はーいはい、みなさん静かにしなさい。あんまりうるさいと呪詛かけるわよ」
円堂先生が凄みかかってそういうと、クラスの荒波が鎮まった。
しかし、どういうわけでドイツの有名勇者グループさんがわが校に? いわゆる交換留学ってやつなんだろうか。
「こちらがドイツからやってきた清水エイルさん。プロフィールは……まぁ皆さん熟知してるだろうけど、とりあえず手短に自己紹介してくれないかな、清水さん」
「……はい」
プラチナブロンドの清水エイルさんが静かに返事した。ドイツ出身と言っていたが苗字が日本名で、どうも日本語を理解している。いわゆるハーフというやつなんだろうか。
「私は清水エイル。……ある事情により、ドイツのヴァルハラから、この高天ヶ原に転校しました。住む環境が変わっても、私は勇者として……すべての人を救い、そしてすべての悪を倒すつもりです。みなさん、よろしくお願いします」
そう淡々と答えていた。声にあまり抑揚のない、はっきり言って暗い感じの自己紹介だった。どうも心なしか気が張っているような感じがする。つまり緊張しているんだろうか。
「ねぇ姫ちゃん」
「ん? どーしたの晶くん」
「その、姫ちゃんの知ってる清水エイルさんって……。あんな感じなの?」
「うーん、たしかにエイルさんはクール系だけど、テレビで映ってるときはもっとスマイルを浮かべてたと思うよ」
「ふぅん」
「まー『営業スマイル』は有名人の必須スキルだから、あれが本来の清水エイルさんってことなのかなー」
なんて言いつつ、姫ちゃんはエイルさんをビー玉みたいな輝かしい目で眺めている。
「清水さんって、姫ちゃんの憧れの存在とか?」
「そりゃもう! ボク、ワルキューレ9の勇士はみーんな好きだけど、エイルさんはイチオシだよ!」
「へぇ」
「なーんかねぇ、エイルさんはとっても強いんだけど、時たまピンチになったりドジ踏んじゃったりして“弱い”部分も出てくるの。それでもちゃーんと妖魔を殲滅してて、カッコイイなぁーって思うんだよ」
「そうなんだ。僕たちと同じ世代なのに……そんなすごい人なんだね」
姫ちゃんといい、清水さんといい、凄腕勇者の目の前では自分の存在がノミみたいに小さく見えてしまうものだ。
でも、それゆえにそんな存在にあこがれてしまう。
「でもなんで、そんなすごい勇者の彼女が……日本の高天ヶ原にやってきたんだろう」
「うーん、エイルさんの生まれは日本だから、里帰りしてきたんじゃない?」
しかしわざわざ転校してまで里帰りするものだろうか。勇者学校は普通の学校とは違うものだ。僕みたいな例外は居れど、編入や転校なんて簡単にできないはずなんだけど……
「ほーぁみんな! また騒いじゃって! そんなに私に呪詛をかけられたいのかしらぁ?」
先生の脅しに、さすがにみんな口を一文字にした。
「まぁそういうわけでね、この学年のクラス22人なったけど、勇者どうし仲良くやっていくのよ! そしてエイルさんを見習ってみんな立派な勇者を目指すこと! それと! 今度騒いだら呪詛だからねぇ! わかったわね、勇者諸君!」
「はい!」
みんな、返事だけはお利口さんであった。
「じゃあまぁ、1時間目は……巽総長による特別授業で……って、総長まだ来てないわね。先生は総長を呼んでくるから、みんなはしばらく自習ということで! いいわね!」
円堂先生が靴音を鳴らして足早に教室を去った。あの自由奔放な巽総長のことだ、1時間ほど授業は自習になるだろう。
それを知ってか知らずか、エイルさんの席には黒山の人だかりができていた。
「エイルさーん! どうして日本に!」
「俺っちは堺竜治! 天命はゲオルギウスだぜ! まずはラインの登録から~」
「エイルさん格はいくつなのー!」
なんて騒がしいことになっている。
そして、その黒山の人だかりの中心を目指そうと、姫ちゃんも人のスクラムをかき分けていた。
「どいてどいてぇ! エイルさんと握手するのはボクが最初だぁ!」
「うっ……姫ちゃん、なんで僕まで引っ張ってくるの……」
姫ちゃんは右手に色紙、左手に僕の手をつかんでエイルさんにお近づきになろうとする。
「姫っち順番守りなよー」
「なーにを言うんだぁ! エイルさんを想う気持ちはボクは誰にも負けないんだよ!」
姫ちゃんの威勢に押されてなのか、人だかりが徐々に姫ちゃんに対して道を開けてくる。そして正面にあの清水エイルさん……。
「エイルさーん!」
姫ちゃんはいつもの太陽の笑顔以上の輝きでエイルさんに向かい合う。
「…………」
しかし対する清水さんは、どうもご機嫌斜めなようで。
どうも先ほどの自己紹介から、黒山の人だかりの質問攻めに至るまで、終始こんな感じの態度をとっているようだ。
あれかな、よくある『時差ボケ』ってやつ。それで疲れちゃってるんじゃないかなー。
「エイルさん! ボクの名前は真幌場姫騎! あの真幌場祐騎の孫! 現在格10の勇者でーす。天命は
「……それで」
と覇気のない返事をする清水さん。
どうも清水さん、僕ら高天ヶ原の生徒に興味を示していない様子だ。
まるで眼中にない、と言いたげな雰囲気だ。
「エイルさん! お近づきのしるしに握手と、そしてできればでいいんですが……こちらに、サインをお願いしまーす」
僕を離した左手と、色紙を持つ右手を突き出す姫ちゃん。大阪のおばちゃんさながらの、欲張りなご注文だ。
そんな姫ちゃんの態度に業を煮やしたのか。清水さんは……ガタガタと震えている。
そんな清水さんの様子をまったく察知していない姫ちゃん。あこがれのエイルさんに会えた絶頂の思いで目がかすんでいたんだろうか。クラスメートたちが清水さんの発する威圧を察して去っていくなか、姫ちゃん、場違いに飛び跳ねている。
そして――
バコォオオオオオオオオン!
「え、ええええ……」
アメリカンコミックを彷彿とさせる効果音。いったい何が起こったのか、僕も姫ちゃんも数秒間理解できなかった。
しばらくしてわかった。姫ちゃんの手にしていた正方形状の厚紙の色紙が……銃で打ち抜かれたみたいに、穴が開いていた。そしてその穴の中に、清水さんの手が突き抜けていた。
「あんたねぇ」
清水さんがきつい口調で、閉じられていた口を開いた。
「ここは普通の学校じゃない、勇者学校なのよ。市民のために身を粉にして、命を盾にして戦うのが私たち勇者よ。日本の勇者学校がこんな馴れ合いみたいなことしてたなんて……失望したわ」
「…………」
今度は僕たちのほうが無口になってしまった。
「いいこと? クラスメート同士は敵同士! 勇者は自身の格を上げるため、妖魔退治に邁進するのが常識でしょう! そのための基礎訓練である、この学校のカリキュラムをこなすのも勇者の仕事だろうけど、でもそのカリキュラムには、普通の学校みたいな馴れ合いみたいなものはないのよ! これなら自衛隊のほうがまだましだわ!」
「自衛隊って……」
つまり、僕たちは“軟弱もの”だと言いたいんだろうか。まぁ、姫ちゃんいわく、清水エイルさんは名の知れた勇士さんだ。その勇士さんが言う言葉だ。棘があるにしろ、正しいことには間違いはない……と思う。
僕たちには、勇者としての自覚がないんだろうか。でも、いくらなんでもクラスメートを敵同士に見ろとは突飛すぎないだろうか。
「あなた、真幌場姫騎って言ったわね」
「は、はにゃ……は、はい! ボクは真幌場姫騎でありますでございますでおじゃる……」
「こんな小さい子供が、あの二代目真幌場勇士の孫だなんて……。日本の勇者も落ちぶれたものね。私にあこがれを持つ前に、牛乳でも飲んだらどうなの?」
「え……」
「あんたみたいな、チビで弱い勇者どうでもいいわ。目障りだから消えてくれないかしら」
「…………」
姫ちゃんが固まっている。動画のストリーミング再生に不具合が生じたみたいに。ひきつった顔のまま、焦点の合わない、少し涙ぐんだ目を浮かべている。
……そりゃあ、あこがれの相手にあそこまで言われればそうなってしまうだろう。
「ひ、姫ちゃん……。だいじょうぶ?」
僕は姫ちゃんの肩をたたいてやった。
って――熱ッ! 姫ちゃんの肩が、体がマグマのように底なしの熱を有していた。
歯をむき出し、目を吊り上げ、阿修羅の形相となる姫ちゃん。かわいい顔が台無しとか、そんなレベルじゃない。姫ちゃんは怒っているんだ。
「てめぇ、いまなんつったぁ!」
姫ちゃんがまったく似合わない、突っ張ったセリフを吐いた。僕とほかのクラスメートが騒然とする。
「ボクがチビで弱い勇者だとぉ! ボクを馬鹿にするなぁ! ボクの体には『日本武尊』さんの猛々しい魂がこもっているんだぞぉ! ボクを馬鹿にすることはその日本武尊さんを馬鹿にするのと同じ! そんなやつが日本の土を踏むなぁ!」
姫ちゃんは目の前の清水さんに挑みかかる。身を競り上げ、清水さんに噛みつかんばかりの勢いだ。
対する清水さんは、しばらくあっけにとらわれていたが――
「なに見当違いなことをほざいているの? 私はねぇ、あなたの天命を馬鹿にしたつもりはないわ。その天命を受けた、身のほど知らずのあなたを馬鹿にしたまでよ! そんな身の丈に合わない天命を身に受けて、驕ってるあなたが馬鹿なだけよ!」
「ボクが驕ってるだとぉ! ボクの実力も知らないで、勝手なこと言って! おまえこそ『ワルキューレ9』の地位に甘んじて調子乗ってるんじゃないのかぁ!」
「何言ってんの! 私は、あなたたちとは違う、血のにじむような努力をしてきたのよ!」
「ボクがなにも努力してないとでもいうのかぁ!」
「その身長を見れば明らかじゃないの!」
「身長で人を判断するなぁ! ボクは最強の勇者になるオンナだぁ! 身長なんか凌駕するぐらい、強い勇者になるんだぞ!」
「ハン、チビはチビよ! あなたどうも、日本最強の勇士みたいに祭り上げられてるけど、どういうことなのかしら? ニッポンジンってやっぱりロリコンばっかなのかしら?」
「なぁにぃ! ボクのファンたちをロリコン扱いだとぉ! たしかにそーゆうファンも多いけど! でも、ファンをそんな風に愚弄するなんて許さないぞ!」
「なによこのチビ、マメダヌキ!」
「ま、マメダヌキぃ! ボクのどこがマメダヌキだぁ! この……」
二の句が継げない。
なにせ、目の前の清水さんは……容姿だけはだれもが羨む100点満点で、けなす部分がまったくない。
そういうわけで姫ちゃんは、なぜかその視線を、清水さんの胸へと向けた。
「こ、このデカメロン!」
「で、デカ……なんですって?」
「そーんなおっきいおっぱいじゃあ剣も槍も満足に振れないじゃないかぁ! そんな勇者、とっととグラビアアイドルにでも
「な、なによ! チビが粋がっちゃってぇ! そういうあなたは、張り合うだけの“胸”を持ち合わせていないじゃないの! そんな小さな胸で勇者としての誇りを保てるわけ?」
「む、むね……」
姫ちゃんにとっての胸は、弁慶にとっての脛である。
姫ちゃんの胸は――水平線のように真っ平だった。
「あ、あ、あ、あ! ボクの胸がなくなっている!」
「いや、もともとないでしょう、姫ちゃん……」
もはや二人の言い合いは水掛け論。取り付く島もない。
「ボクの胸がちっさいだとぉ! ちっさくたってボクのファンはたくさんいるんだぞぉ!」
「なによ! 私なんか世界に名を馳せる『ワルキューレ9』の一人よ!」
「じゃあなんでその『ワルキューレ9』の一人が日本にやってきてるんだよ? まさかぁ、『ワルキューレ9』脱退しちゃったのぉ? エイルさーん?」
「なっ……」
「おおかた、オトコにでもうつつを抜かして、ポカやらかしちゃったんじゃないのー? そーいうのネットで言われてたよー? へっへっへ、勇者としての自覚がないのはいったいどっちかなぁ?」
「ひ、姫ちゃんやめなよ……。そんな悪者みたいな口調、姫ちゃんに似合わないよ……」
姫ちゃんがこんな雑言を放つのは、たいてい悪い相手に放つときのみだ。しかし今は……たしかに清水さん、感じが悪いところがあるけど、姫ちゃんのいうこともどこか支離滅裂だ。そんな姫ちゃんのイヤミな言葉に参ったのか、清水さんは頭を抱えていた。なにか思いつめ、何かを問答している。
そして――
「ふざけないで!」
思いつめていたものを吐き出すように、清水さんは両手で机を叩いた。
「私は……あなたたちとは違う! 私の覚悟はそんな生半可じゃないわ!」
感極まり、強い口調で清水さんは言い放った。その言葉にみんなが圧倒される。
だけど、姫ちゃんだけは、まだ牙を納めていない。
「へぇ、覚悟ねぇ。たしかにワルキューレ9に成り上がるくらいだから、それなりの覚悟はあるんだろうねぇ。でも……ボクたち日本の勇者たちをなめてもらっちゃ困るよ」
「なによ、日本の勇者なんて……」
「ボクは負けないんだ! ボクは……最強の勇者になるんだ! そのための覚悟なら、おまえの何百万倍もあるんだぁ!」
姫ちゃんの大音声が教室じゅうに響いた。
「そこまで言うなら……その覚悟、見せてもらおうじゃないの!」
そういって清水さんは腰のベルトに侍らせていた――槍状の小さなアクセサリーを取り出す。
それを正面にかざす――と、それが石英と金で飾られた長槍へと変化した。
「それは……」
「聖槍〈ゲイルスケグル〉! さぁマメダヌキ! あなたの武器を引き抜きなさい!」
「こ、このぉデカメロンめぇ!」
姫ちゃんが腰に佩いた剣を引き抜こうとする――
「ちょ、ちょっと待ってぇ!」
僕は思わず二人の前に出た。
そうだ。ここは仮にも学校で、勇者学校にも校則というものが存在する。
勇者学校の校則で――学内学外問わず、非公式の許可のない勇者同士の決闘は禁止されているんだ。もし、勇者同士で戦ってしまえば、最悪、退校処分となってしまう。
姫ちゃん然り、清水さんも、どういう経緯か知らないけど、転校したばかりで退校処分にでもなったりしたらシャレにならない。
僕は無我夢中で二人の間に入った。そう、ちょうど二人が立つ間に、二人が体を衝突させようとするところへ……
「ん?」
「はにゃ?」
「あ……」
僕は二人の胸に挟まれていた。
左に立つ清水さん、右に立つ姫ちゃん。二人のもみ合う中に入ってしまった僕は、文字通りの意味で二人の板挟みになってしまった。
左にマシュマロのようなやさしい感触。右に、温かみを感じる硬い感触……。柔らかさとほどよい硬さを持ち合わせたミルフィーユのごとき甘いひととき……。
「うぅ……晶くん!」
「ひ、姫ちゃん……」
「この……変態!」
「し、清水さん! あのっ――!」
テンパってしまった僕はたじろぐばかり。どうしてこう、こじれてしまったんだろうか。
僕がふがいないせいなんだろうか。
「晶くんのバカぁ!」
「この変態勇者――!」
二人の女の子に張り倒された。
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