QUEST.2 1/100の黒船来航 B

 予鈴が鳴った。もうすぐ授業開始だ。

 僕はいつものように木造づくりの廊下を歩いていた。そのとき、

「おい格下」

 と耳に障る、嫌みな声が届いた。それはどうも僕にかけられたものだ。

 僕は振り返る。そこに、悠然と立つ学友であり勇者である男子生徒が立っていた。

 茶髪でいかにも荒々しそうな風体。髪がヤマアラシようなツンツンで、目つきも心なしかとがっている。たしかこの人は……。

「渡辺……先輩」

「そういうお前は、あの真幌場姫騎の『金魚のフン』だったよなぁ」

「金魚のフン……」

 徹底的に僕は下に見られているようだ。つまるところいじめられている。

 そういうのは、僕の人生のなかでよくある話だった。僕は弱い。そのくせ妙な正義感があって、誰かと衝突してしまって……でもそれで、また自分の弱さを見せつけられて、そんな悪夢のような循環が繰り返されてきた。

 そして――そんな繰り返しはここでも行われる。僕は格1の勇者。言うまでもなく弱く、そして小さい……。

 誰も僕を認めないだろう。誰も僕を見ないだろう。だけど……そんな僕も勇者だ。

「おい、金魚のフン、聞いてんのかよ?」

「あ、はい……」

「格1の金魚のフン! お前に頼みがあんだよ!」

「な、なに……ですか」

「お前のご主人様の“姫ちゃん”とやらを呼んでこい。調子乗ってるあのチビオンナに先輩の威厳ってやつを見せてやるんだよ」

「調子って……」

「昨日の依頼は俺たち『滝口たきぐちの武士』が先に駆けつけていればもっと早く済んだはずなのに、あの二年が調子乗りやがって……」

 どうやら渡辺先輩は姫ちゃんに対し並々ならぬ対抗心を持っているんだろう。その八つ当たりで、僕にあてこすりをしてるんだろうか。

 まぁ姫ちゃんはあれだけの人気者だ。その反対の人間が出てきてもおかしくはない。

「姫ちゃんになにするつもり……なんですか」

「あいつを叩きのめしてやる! 日本最強の座は俺が手に入れる!」

 目の前の渡辺先輩はめちゃくちゃだ。怒りに任せて、ライバルをけしかけようなんて……勇者のやることじゃない。

 勇者は……姫ちゃんは、誰かを助けるために戦っているんだ。こんなやつと喧嘩するために、勇者になったんじゃない。

「姫ちゃんに……手を出すな」

「はぁ? なに言ってんだ格1が?」

「先輩でもっ! やっていいことと悪いことがあると思います!」

 僕は心の底から叫んだ。弱いけど、叫ばずにはいられなった。

「なんだとてめぇ!」

 渡辺先輩が僕の胸倉をつかもうとする――

 そのとき、嵐が吹いた。

「おうおう、朝から血気盛んじゃねぇか、下級生ども」

 そこに現れたのは、渡辺先輩以上に風体の荒れた人物。

 赤いドラゴンの絵が描かれたTシャツ、その上に学ランを羽織ったという一昔前の不良な感じのファッションスタイル。

 そして耳に金のピアス。腕に入れ墨(なぜかアニメキャラ)。黒いベッコウアメみたいなサングラス。そして金髪。決して外国人というわけではない、何かしらの染料で染めたんだろう。そしてその髪は逆立っている。まるでスーパーサイヤ人のように……。

 とても高校生に見えない、まして勇者にも見えないこの先輩は『素戔嗚尊スサノオノミコト』の天命を受けた「ゲス勇者」――佐野怜音さのれおんさんだ。

「ほぉ、『滝口の武士』が何の用だぁ?」

「佐野、てめぇ俺に文句があんのかぁ?」

「おいおい、先輩に対して口がなってねぇぞ、下級生。オレ様は4学年だぞ」

「はぁ? 格が未だ5の先輩に敬意なんか払う必要ねぇ! いいか! 勇者ってのは『アルゴス』が算出する『格』ですべてが決まるんだよ! わかってんの――」

 ゲス勇者、佐野怜音。通称レオンさんが渡辺先輩にキスするんじゃないかというくらい顔を近づけた。いわゆるガンを飛ばしているんだろうか。まさに不良同士の一触即発だ。

「てめぇはなにも本質を分かってねぇ。いくら格が大きかろうと、弱い勇者もいるんだよ」

「な、なんだと……!」

「そして、いくら格が小さくとも、強い勇者もいるんだよ」

「それは……てめぇのことを言ってるのか?」

「いいや、オレ様じゃねぇ。オレ様以上に強え、このチビの晶のやつだよ」

「え、えーと……」

 なぜか不良同士の諍いに、僕が召喚された。

「はぁ? そいつが強い? 格1の勇者が強いなんてありえねぇじゃねぇかよ!」

「いいや、こいつは強えぜ。なにせこいつはこんな風体のオレ様を初めて“笑った”オトコなんだぜ?」

「えーと」

 僕はくるりと、レオンさんに顔を向ける。その……見るとなぜか笑いが出てくる風体に。

 おかしいな……。僕の感性はおかしいんだろうか。僕はどういうわけか、誰もが恐れをなす、誰もが近づかない、恐怖の対象であるレオンさんに対し、“おそれ”の感情を抱けなかった。

 むしろなぜか……親近感を覚える。

 出会ったのはたった1カ月前、それ以前に会ったことなんてなかったのに……。

 なぜかその髪型を見ると笑ってしまう。

「っぷ、くく……」

「がっはっは! こいつは大物だ!」

 思わず笑ってしまった僕に対し、レオンさんは怒ることなく笑い声をあげている。むしろこの人こそ大物かもしれない。

「な、なんだよてめぇら、勝手に笑いやがって……」

「お前、実のところオレ様のこと怖いんだろ?」

「は、はぁ!? な、なにを言ってんだよ!」

「今でも足がすくんでいる。俺にぶん殴られるのが怖くてビビってんじゃねぇのか?」

「そ、そんなこと……」

 まぁ、渡辺先輩の反応が自然なんだろう。なにせレオンさんは牛鬼を素手で倒したという逸話があったりするものだし。

 それほどレオンさんは周りから畏れられている。そしてその荒々しい風体、荒々しい妖魔退治プレイを見せられ、誰も彼も怜音さんに近づこうとせず、「ゲス勇者」という忌み名が独り歩きしているのだ。

「これは武者震いだぁ! いいか格1のお前! 佐野とどういう仲か知らねぇけど、いい気になるんじゃねぇぞ」

「別に僕、いい気になってるわけじゃないんだけど……」

「ああっ?」

 だめだ。僕がなにを言おうと怒りは鎮まらないようだ。

「面白ぇ、そこまで俺をコケにするならまずはお前に先輩の威厳ってやつを教えてやる!」

 そういった渡辺先輩は腰に掛けていた刀を抜く。神器剣「火嵬斬ひげぎり」。茨木童子を打倒したという伝説の刀の影打コピー

 刀が袈裟に斬られる――

 なぜかそれがわかった。どういうわけか、その動作が見えた。

 その刃がどこへ向かい、どこで止まるか。そしてどのようにして止めるべきかも――

「なっ!」

「はぇ……」

 僕は斜めに振り下ろされた「火嵬斬」を素手で受け止めていた。白刃取りというやつだ。

 どうしてそうなったのか説明できない。ただ、情景が浮かんだんだ。あの姫ちゃんが襲われたときみたいに……。

「くくくっ、はーっはっはっは! スゲェぜ晶! まさか本当にやるとはなぁ!」

 レオンさんがお腹をかかえて笑っていた。

 対する渡辺先輩は……刀の刃のように、冷えた表情で佇んでいた。

「な、なんでっ……。なんで格1のお前がっ……」

「驕る平氏は何とやらだぜ、後輩クン。ああ、平氏じゃなくて源氏のほうだったな、お前のご先祖は」

「く、くそぉ……」

 さんざん暴れまわった挙句、渡辺先輩は煮え湯を飲まされ地団太を踏んでいる。なんだかこちらがいたたまれない感じがするけど、僕はただ、手にしていた刀を離すしかない。

「……俺たち『滝口の武士』は最強の勇者の集団だ! お前たちみたいなやつらに、日本最強は渡さないぞ!」

 そういって渡辺先輩は去っていった。

(また視えた……)

 また未来が見えた。いったい僕にどんな変化が起きているんだろうか……。これが最弱の僕に与えられたチカラというのか……。

「おう、やるじゃねぇか晶。オトコだぜ」

「ああいや、あれはまぐれというかなんというか……」

「そーやって謙遜するとこがまた大物なんだよ。お前はすげぇぞ」

「レオンさん、いつものことながら僕のこと買い被りすぎなんじゃないですか……」

 そう、レオンさんはどういうわけか僕のことをすごくいいように買いかぶっている。あの恐怖の大魔王と噂されるレオンさんに買いかぶられるのは……光栄なこと、なのかな。

「おっともうすぐ授業だな。じゃあちょっくら……下界に降りて、遊んでくるか」

「さぼるんですか? レオンさん」

「授業なんか天才のオレ様に必要ねーよ。じゃあそういうことで、またな晶」

「ああ、うん。レオンさん、行ってらっしゃい」

 なんて、いつものようにやり取りしていた。

 勇者にはいくつかの徒党が作られていたりする。オンラインRPGでいうところの『ギルド』みたいなものだ。。

 レオンさんはどういう因果か、その徒党の一つである『滝口の武士』に対し並々ならぬ敵愾心を抱いているようだけど……

 今朝は、なんだかいろんな事ばかり起こる。

 そして、これからも何か起こりそうな予感がしてならない……

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