QUEST.2 1/100の黒船来航 A

 それから、翌日。

「ああもう、まったく仕事ばかり増やしおって!」

 そんなふうにない胸を張って、ぷんすか怒っているのはこの高天ヶ原を統べる勇者の長、もとい陰陽博士の長である『土御門巽つちみかどたつみ』総長だ。

 通称『たつみ総長』。現代を生きる凄腕の陰陽師で、ついでに『安倍晴明あべのせいめい』の天命を受けた勇者でもある。

 だがしかし、その「総長」の姿は――あまりにも幼すぎる。

 姫ちゃんと同じくらい、つまり小学校に潜入しても違和感ないくらいの背丈。一本にまとめてポニテにした筆の毛先のような長い黒髪。そして、赤と白の巫女装束。紅い行燈袴はぶかぶかで裾が床についている。

 そんな小さな巫女さん、巽総長は天井のない開け放たれた勇者学校の校舎の屋上で寝転がっていた。ここがどうも総長のお気に入りの場所で、転がってA4サイズの電子端末を操作していた。

 そんな総長にある相談をするため、朝も早く僕はやってきたのだ。

「まったくのー。童はこう見えて忙しいんじゃ。仕事を増やさんでくれ」

「総長、なにかあったんですか」

 わきに置いた大福をほおばりつつ、端末を操作しつつ総長は僕に愚痴をこぼす。ちなみに巽総長は大の甘党。

「もにゃもや……。実はのぉ、この高天ヶ原に転校生がやってくることになっとるのじゃ」

「転校生ですか?」

「まぁのぉ。ドイツの『ヴァルハラ』勇者学校出身の期待の新人勇者だそうだが……」

「でも転校生なんて、勇者の総数って各国で決められているんじゃなかったですか?」

「一人二人は問題ない。かくいうお主も特例の編入正じゃろう。手続きさえ踏めば10人程度の誤差はいいことになっておる」

「そうだったんですか……」

 僕はふと過去を思い出し嘆息する。

「なーにをそんなにしょぼくれておる。お主こそ、いろいろあったようじゃのぉ」

「総長……。まぁたしかに、昨日はいろいろありましたけど」

「ふむ……。昨日の妖魔退治、お主が倒したのか?」

「いや、それは」

「『アルゴス』に映ってない。お主はあまりにも“矮さ”すぎるからな。だが、玄人陰陽師の頂点に立つ童にはすべてお見通しじゃ」

 全世界監視システム『アルゴス』とは、この世界を監視するビデオカメラのようなものだ。公共の場所、道路、職場……プライベートな場所以外のほとんどの場所に設置され、あらゆる『悪』を監視する、いわゆる『監視カメラ』のワールドワイド版という感じだ。

 この『アルゴス』のおかげで、妖魔の出現を瞬時に察知でき、そして『アルゴス』の人工知能によるシミュレーションにより最善の判断が下される。

「『アルゴス』には解像度の問題で、お主のような小さなものは感知されにくい性質となっておる。お主がこちらに編入して1カ月たってもなお、レベルが1なのもそれが所以でもある」

「まぁ、僕自身のチカラのせいも多分にあるんですけど……」

「しかしお主は、あの獄卒鬼を倒した。格1のお前さんが」

「あれは……まぐれなんですけど、でも」

「でも?」

「総長、一つ、突拍子もないこと聞いてもいいですか?」

「なんじゃ? 質問があるなら大福をもう10個追加じゃが?」

「僕……未来が見えたんですよ」

「はぁ?」

 大福にかじりついていた総長の手が止まった。

「姫ちゃんが襲われそうになったとき、どういうわけか姫ちゃんが獄卒鬼に殺される情景が浮かんだんですよ」

「ふぅむ」

「それに、たまに変な夢も見るし……」

 巽総長は気のない返事で電子端末をタップしている。僕の話を聞いてるんだろうか。

 そんなふうに心配していると。

「未来視……のぉ。たしかに、陰陽博士のなかでも、そのような力を持つ者もいる。それが勇者ならば、むしろなおのことあり得る話じゃ」

「そ、そうなんですか……」

 やっぱり僕って未来が見えるんだろうか。矮さくなるしか能のない僕に、新たな力が誕生したんだろうか!

「だがしかし、それが本当に未来視、千里眼の類かどうかはセイミツに調べぬかぎりわからぬものじゃ」

「えっ……」

「お主の勘違い、というのも多分にあるはずじゃ。テレビでたまにあるじゃろう? 陰陽博士でも勇者でもない者も『未来を予知した!』だの『予知夢を見た!』だの。あんなのはハッタリか勘違いか偶然のどれかじゃろう」

「はぁ……」

「頭に偶然浮かんだ情景、偶然見た夢が一致すると、それに因果を感じてしまうのが人間の性じゃ。お主もそういう“勘違い”で、自分に未来視があると思ったのかもしれん」

「でも……確かに見えたんですよ。あれは勘違いじゃない、どこか、妙にリアリティがあって、それで……」

「うぬ」

「って、のわわわわっ!」

 総長が目の前にいた。いつものけだるそうな表情で僕を見分している。

「お主のその、『矮さくなる』チカラも不思議なものだしのぉ、獄卒鬼を倒したのもお主じゃろ。獄卒鬼の解剖結果より判明しておる。しかしお主はどのようにして獄卒鬼を倒したのかはっきりとは覚えておらんようじゃな」

「はい……」

「それも含め、お主のことは調べておくぞ。ってこう忙しいのにまた仕事を増やしおって……」

「あはは……すいません総長、また大福買ってきますよ」

 僕は屋上を去る。どういうわけか、僕は総長さんとよく授業前におしゃべりする。僕の『矮さくなる』チカラを物珍しがっているようで……。

(未来を視るチカラ……か)

 なんにせよ、有意義な時間だった。

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