QUEST.1 1/100のファーストエンカウント C

 がらんどうだったハチ公前に、取材陣と野次馬が押し寄せていた。

 パチパチとカメラのフラッシュ、ケータイの電子音。黒い撮影機器のレンズに、日本最強で日本最強にかわいらしい勇者の姿が切り取られる。

「さすがですね真幌場勇士! 人命救助に妖魔退治、瞬く間にすべてをこなすなんて!」

「いやぁー。はっはっは。はやくシャワー浴びて優雅なディナーにありつきたいものですねー」

 マイクを向けられた姫ちゃんは、汗をぬぐいつついつものスマイルで応対している。いくらか鼓動は落ち着いたようだけど、姫ちゃんの体はまだ沸騰した薬缶のように熱い。

「我先に現場に駆けつけるなんてすばらしい! まさに勇者のカガミですよ!」

「いやぁ、それほどでも~」

「それとあの新必殺技! 『かげろうぎり』でしたか! あの燧石と神器剣の合わせ技、先代の真幌場勇士に勝るとも劣らない、繊細かつ豪快な剣捌きでしたよ!」

「えへへー、それほどでもーあるかなー」

 小首をかしげるようなしぐさで笑顔を浮かべる姫ちゃん。その至高の笑顔を焼き付けようと取材陣、そしてその後ろからスナイパーのごとく目を光らせていた“熱烈な”ファンの方たちが連射のフラッシュを放つ。

「ところで真幌場勇士、そちらの胸ポケットにあるお人形はいったい……」

「はにゃ?」

 その取材陣の一人の質問に、姫ちゃんの胸ポケット――にうずまっていた僕に視線が注がれた。

 僕はなぜか世間から人形として認識されているようだ。そりゃ無理もない。いくら勇者というのが当たり前になっても、こんな手載りサイズなリトル・ピーポーの存在なんか誰も知らない。それに今は姫ちゃんの取材中……。騒ぎを起こしたら大変なので、ここは空気を読んで僕は人形に徹することにした。

 姫ちゃんも空気を読んで、僕という名の人形をつまみ上げる。

「えーとこれはぁ、ファンの人からのプレゼントというかなんというか……」

「へぇぇ、プレゼントですかぁ。いったいどんな方からのプレゼントですか?」

「えーと」

「まさか、男の人からとか?」

「はにゃ!?」

 男の人という言葉に過剰に反応してしまった姫ちゃん。昔から嘘や隠し事が勉強以上に苦手だった姫ちゃんである。

 たしかにこの人形(僕)は男の人からのプレゼントでもなんでもない。でも、その人形こそが男の人である僕なわけで……

「まさか真幌場勇士! 付き合っているオトコの人とかいらっしゃるんですかぁ?」

「ななななななっ、そ、そんなのいないですよぉ! ボクにはまだ、そんなのは……」

「それじゃあ、気になる男の人とかは?」

「はにゃぁ!?」

 姫ちゃんの鼓動が高くなる。とってもわかりやすい反応だ。どうやら姫ちゃんには「気になる男の人」がいるようだけど誰なんだろうか。まぁ、僕じゃないのは確かだろうけど……。

「ボクは勇者です! だから恋愛なんてものうつつを抜かしている場合ではないんです!」

「おおっ!」

 取材陣が歓喜、そして後ろのファンが涙を流していた。

「でもでも! 今日の妖魔退治はボクだけの力ではどうにもならなかったんです! ボクはこのお人形さんのおかげで救われたんです!」

「ほぉ、そのお人形がお守りになってくれたんですか?」

「そーです! これはボクの大切なお人形さんなんです!」

 そう言って、姫ちゃんは人形のほっぺに祝福のキスをした。

 僕の頬が赤く染まった。


 そんなこんなで。

 取材が終わると姫ちゃんはお人形(僕)をポケットに放り込んで、「門限だからー」とか言い訳して、野次馬の海をかき分け、公衆トイレへと駆け込んだ。

 そして、胸ポケットの僕を降ろす。

「ひ、姫ちゃん……」

 僕のほっぺたに、あの焦げるように熱い感触が残っている。ああ、姫ちゃんのやつ、どういうわけで僕にキスなんか……! 僕が人形と思われていたからよかったものの、まったく姫ちゃんは……

 なんて僕が乙女チックに思っていたら、

「晶くんのバカァアアアアアアアアアアア!」

「ぎゃぁあああああああああああああああ!」

 耳元で叫ばれ、僕の聴覚器官がぶっ飛ぶ。

「な、なにを怒ってるの姫ちゃん……」

 キスをしたり怒ったり、姫ちゃんの言動は意味不明だ。

「晶くん! ボクにナイショで必殺技を編み出していたなんてどういうことなんだよ!」

「あー、そのことね……」

 すっかり忘れていたけれど。

 姫ちゃんがぶっ倒れ、倒したはずの獄卒鬼の一体が起き上がってきたときのこと。僕にはなぜか姫ちゃんが鬼に殺される情景が脳裏に浮かんだんだ。

 そんなのはいやだ――と思ったとき、僕に言いようのない力が宿った。そして、僕は躊躇する真もなく、自身の剣『蔭針』で獄卒鬼の眼を貫いていたんだ。

 どうして僕にそんなことができたのか。正直なところわからない。ただ、火事場の馬鹿力というやつなのだろう、自然に力がみなぎって、気づいた時には体が鮮血に染まっていて、自分の背後に息絶えた獄卒鬼の姿があるだけ――だった。

 姫ちゃんはそれを、どうも僕がナイショで編み出した必殺技と思っているようだけど……。僕自身もよくわからない力のことを説明しろといわれてもどうしようもないわけで。

「もう晶くん! 晶くんはすごいんだから、もっとアピールしなきゃ! ちゃんと僕と一緒にインタビュー受けないと!」

「でもこんな状態の僕を映すわけにもいかないだろう。それに、姫ちゃんのインタビューに水を差しちゃ悪いし……」

「そうやって晶くんはいっつも遠慮して! もうボク知らないよ!」

 そう言った姫ちゃんは、カバンからがさごそと何かを取り出す。

 それは槌。

 「打ち出の小槌」と呼ばれる神器の一つだ。これに叩かれれば僕は矮さな姿から元の姿に戻る。どこかで聞いたことのあるような話。そう、僕の天命は――

 バコン、と矮さな僕は叩かれた。

「ふぅ……」

 僕は元の姿に戻っていた。

「まー、晶くんがどんな方法で鬼を退治したか知らないけど……。でも、ありがとうね、晶くん」

「姫ちゃん……」

「やっぱり、晶くんは最強の勇者さまだね!」

 そんなことを、姫ちゃんはあっさりと言ってのける。

 そんな姫ちゃんに及ばない、似つかない僕。だけど、そんな僕にも、姫ちゃんを救う力というものがあるんだろうか。

 あのとき見えた『未来』って、いったい――

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